開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

ある後悔

止めどない傾斜

思い出の場面が巡り来る

どうしてどうしてどうして

ぼくはそんなことをしてしまったのか

あるいは何もしなかったのか

軽い気持ちで君のこころをもてあそんだ

君の世界に何があったのか

きっとかけがえのないものでいっぱいだったはず

しっかり自分の道を歩いて信じることを知っていて

静かに小さな幸せを暮らしていたのに

どうかぼくの非礼を許してほしい

君はぼくを乙女の頃に知っていたと言う

その時もっと知りたいと言ってくれたらよかったのに

君の気持ちを察して君の友達になって

君を受け止められればよかったのに

要件が済んだように短くさよならを言ってしまった

チャンスは魔法のようにすっと消えてしまった

時間は流れる不可逆的に

誰もたった今訪れている時間の意味を教えてくれない

自分の中の消え入るような小さなVOICEに聞くしかない

どん底に陥る前に

まだ這い上がれる体力が残っている前に

自分の心に起こっている事が

現実なのだよ、、、

定年退職後すぐのころ

六十二にもなって確たる自信もなく
表層をとりあえず渡り歩いてきて
死んでやろうかとも
おっかなくて言えないじぶん

言葉に重みや深みがないことを気にするだけの
知性というものを
誰が褒めてくれるというのか

生きていくのに金や家や女が必要というが
他人をずっと生きてきて
ほんとうはじぶんを見殺しにしてきた
だけじゃないのか

ビジネスには時間がない
等価交換には均一空間が前提とされている
温かみのある礼節などコストだとのたまう

人類は生物と動物の身分を失って
ロボットになろうとしている
うつむきかげんの100円均一の服を着た
老いた使い捨てロボットを大量に生産している

サラリーマンというのはとりあえずの群衆だ
勇気がない自信がない世界がない
個性などというものは
システムにとって有害である

うまく騙して人を出し抜いて
弱い奴らを使い切る処世術を身につけた者が
成功者という称号を得る

関東軍や敗戦を認めない政治家と同じ
部類の人間が違う場所で
生きているだけのこと

じぶんはどういうわけか弱い人間が好きらしい
みんなでいじめるから盾になってやろうと
無邪気に前に出たりする子供だった

まつもとじんしょくと名付けられたきたない
クラスメートを先生以上にかばっていた
きたない服を着てきたない顔をしていても
まじめにおとなしく着席しているじゃないか

じぶんはどうやら一人でいる人間が好きらしい
詩人 作家 哲学者 教師 学者 音楽家
アスリート 職業を別に持つ評論家
ごく少数の政治家など

一人でいる時間が他の人より想像以上に
長く深い人たちだ
彼らは一人になって徹底的に考えているからだ
そこから出てくるものに
じぶんは信用を置いている

今年になって世間から降りることを
許されて無駄な時間を使い放題に使って
ようやく自身を視る知力と体力を取り戻す
ことができるようになった

世界が動いている

これから書くことは全く個人的な世界の見方で、おそらく誤謬に満ち満ちていると思う。誰もこんなことは決して言わないだろうし、誰も信じないし無視されるに違いないことだ。それでもどうしても言いたくて吐き出してしまいたい欲求にかられる。それは、現代史に関わることで、一部の政治党派が主張しているスローガンの一つをぼくは未だに信じているからなのだが、かといってその政治党派とぼくは一切現実的な関係はない。ぼくが19の時にその党派の人たちと行動を共にしたことがわずかにあるに過ぎない。

今香港で繰り広げられているデモや、韓国と北朝鮮の動きに対する中国やロシアの動きなどに、この歴史的「概念」を使って説明しようと誰もしていない。マスコミやネットでも一切出てこない「概念」なのだ。たかだか名も無い素人がいうことに誰も耳を貸さないと思うから、気楽に言えるという面もある。

それは『スターリン主義』である。ロシアはかつてスターリン主義国家だったが、ゴルバチョフによって正常化されたが、その勢いのまま共産党体制が崩れてしまった。だがプーチンの権力支配にはスターリン主義的な強権手法が残っている。現在の中国は紛れもないスターリン主義独裁国家だ。ただし経済は国家独占資本主義をとっている。香港の人々があれほど一致して戦えるのは、スターリン主義の恐怖をイメージできるからだろうと思う。

北朝鮮スターリン主義独裁国家であるが、中国と同類のイデオロギーなのにスターリンの歴史的誤謬を目にしてきたために手を組むことができない。だから軍事力に頼るしかないのだ。今の韓国の政権は社会主義を目指しているのだと思う。北朝鮮と一緒になってキューバベトナムのようになりたいのだろう。

このように書いてきてスターリン主義というイデオロギーを使ったが、なぜ使うことができるかといえば、スターリン主義とは別のマルクス主義を信じているからということになる。今時マルクス主義を信じている人間がもういないというだけのことかもしれない、、、(だが考え直してみると、今時マルクス主義を信じている人間がいないのは日本だけのことで、世界全体で見ればマルクス主義を信じている人間は相当数いるはずだ。)

(ちなみに小説にスタリーン主義を話題にする人物が登場するのは、村上春樹ぐらいしか知らない。ということは逆に、村上春樹は誰も書かないことに挑戦する作家だということになる。)

人はなぜ物語を必要とするか

「人」のことは自分をモデルにできるので、実感とか納得感が得られれば普遍的に考えられたことを自分のものにすることができる。「人はなぜ物語を必要とするか」も正解を気にすることなく、まず自分はどうなのかを見てみればいい。(ちなみに世の中には自分で考えずに他人から答えを求める人が多すぎると思っている。)ぼくがまず言えるのは物語には、ひと所に停滞せず移動しているという「流れ」がエネルギーを感じさせ、自分の生存を「仮託」させる働きがあるということだ。物語の中に入ることで日常とは違う世界に生き始めることができる。現実の世界は、支配する人と支配される人に分かれているが、物語の中ではその運命からはひとまず逃れられる。前提がない未来ばかりの冒険で物語は作られるところに、その最大の必要性を感じる。

現実の世界では誰か(システムともいう)の支配下にあって、自分は他動的に時間が流れるが、物語の世界では謎の形ではあるが自分に深く関わって、いわば自立的に時間が流れる(だから物語になる)。自分が動かされているという実感から、自分かもしれない)時間を動かしている実感を持つことができる。これが「人はなぜ物語を必要とするか」のぼくの答えだ。

最悪の事態を想定する

今を知るために、人生の最悪を想定して「孤独死」と検索してみた。

現役世代が離婚やパワハラなどでつまずくと、誰にも気づかれずに、そして誰からも手を差し伸べられることなく孤立し、健康状態の悪化などによって、ひっそりと命を閉じていく、、、

toyokeizai.net

日記は死亡推定日時の4日前で途絶えていた、、、

toyokeizai.net

 

読む書く聞く話す

読書を分析してどんな働きが実際行われているか、考え続けていた。ある読書家は、作者の心境を読むことだと述べていた。作者の心境に至るにはどんなふうに読めばいいかまでは分からないが、相手の心境が分かれば読んだことになる。それは一つの発見だった。するとその自分の発見を誰かに伝えたくなる。実際自分の周りに読書に関心がある人がいれば、話したくなるだろう。いなければこのブログのように誰かに向けて書くことになる。発見が読むから書く、話すに繋がっている。これが、誰かの話している時に聞いて発見があると同じように、応答して相手に話して伝えたり、いい話を聞いたので残しておきたいと思ってブログに書いたりするだろう。つまり、発見が次の行為を生むのだ。

では発見とはどういうことだろうか?意味が分かることではないだろうか?ああ、そういうことなんだと腑に落ちることだろう。そうすると、読書には少なくとも謎解きの要素があることがわかる。謎解きそのものが内容の小説ジャンルは、探偵ものだったりミステリー小説ということになる。人生は謎に満ちている。作り物じゃなくて、自分が送っている人生に似ていて為になる小説を読みたい。ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、、、

本を読んだらどうする

平井啓一郎は「本の読み方_スローリーディングの実践」の中で、読書は、読み終わった時にこそ本当に始まる、と書いている。それはどういうことだろうか?本を読んで自分なりに考え、感じたことをこれからの自分の生活にどう活かして行くかという視点がなければ読書という体験は意味がない、と言っているのだ。

読んだだけでは本当は意味がないのだ。自分がなければならない。現実の自分のことは忘れて本の世界に没入する方が、現実逃避かもしれないが十分幸せを味わえるとぼくは思っていた。一冊の本を読んだら次に何を読もうか、あれこれ考える「休息」の時間が楽しかったりする。でもそれは大人の読書ではないかもしれない。厳しい自分の置かれている世界にどう組み入れるか、思索する時間が読書を活かすことになることに注意を向ける必要が本当にあるかもしれない。それは求道的読書だ。昔の市井の、謙虚に生きる人たちが静かに読んでいた態度のことだ。あるいは、現代に生きるアリョーシャのように、、、

(公論)戦争を語ること

Quoraに以下の質問者がいて、対する答えをされた方が具体的でリアルでした。今、日常レベルで戦争を話題にするとこうなるのかなと興味深かったので転記することにしました。(自分自身の考えの検証のために)

 

「日本は武力を放棄すべきだ、侵略された場合は、降伏すればいい。」と主張する人がいます。家族や友人が殺されそうになっても同じ事を言うのでしょうか?

 

●児玉 裕宗 (Kodama Hiromune), 元塾講師 現施工管理

二十年前なら想像もできないような極右の意見が多数出てきていて、戦争体験者が「戦前と空気が似てきた」と憂いているのがよく分かります。戦争にリアリティを感じていない、正に平和ボケと言うべき、大いなる危機です。この傾向が続けば、日本はまた同じ過ちを繰り返すでしょう。即ち戦争をして、そして負けるでしょう。

まず、私のスタンスを書いておきますと、日本は武力を放棄すべきだ、とは思いません。その点では質問の主張とは異なります。しかし、侵略された場合は、降伏すればいい、と思っています。その上で、以下をお聞きください。

①家族や友人が殺されそうになっても同じ事を言うのでしょうか?

世界中で戦争や紛争は起きています。その中で、正に目の前で家族を殺された人は幾らでもいます。かつての日本でも、多く発生しました。代表的には、沖縄戦です。そういう人に対して、この質問は大いに失礼です。その時沖縄には多くの軍隊がいましたが、軍隊は家族を守ってくれませんでした。それどころか、民間人を盾にして生き延びようとした、自らが強姦略奪をした、泣いた赤ん坊を撃ち殺した、自決を強要した等、酷い話が多数残っています。

沖縄戦では、防空壕火炎放射器による掃討がされたのはご存知でしょう。そして、たまたま外に出ていてそれを目撃したとしても、何もできなかったでしょう。自分が出ていけば自分も殺され、やはり家族は焼かれて殺されたに違いありません。そして自分だけが生き残り、罪の意識に苛まれている。自殺しようとも思ったが、そうすれば遺体遺骨を墓に収めることもできないし、家族全ての記憶記録は失われてしまう。後世にこの悲惨さを伝えることもできないので、何とか思いとどまっている。そんな人の横で、「家族を守るためなら戦いますよ」なんていう言葉がいかに軽々しく、虚しく響くか、想像できるでしょうか。

②戦って、かつ負けることを想像できていますか?

勇ましい意見を言う人は、戦争前〜初期に浮かれていた民間人に重なって見えます。当時、戦場は遥か国土から離れた所にあり、初期には連戦連勝でしたが、それにお祭り騒ぎだったそうです。しかし、軍部にも最初から不利を予見していた人はいたし、識者には反対意見もあったのです。その後は御存知の通り。戦争反対をする者は激しく弾圧され、負けがこんでくると今度は情報封鎖。そして特攻、沖縄戦、本土決戦まで考えていた。正に歯止めが効かなくなっていました。

回答の多くが、戦争になって且つ負けたときのことを書いていません。シベリアだの奴隷だのと色々書いていますけど、ではそれは軍隊がいれば無くなるのでしょうか。勝てばそうです。しかし負ければ、最初から降伏するより遥かに酷い仕打ちが待っています。それこそが奴隷やシベリアの話なのです。①の話も同じですよ。沖縄戦も原爆も東京大空襲も、最初から降伏していれば無かったでしょう。

第二次世界大戦における日本人の死者は、260〜300万人程度だったそうです。沖縄戦は19万人、広島で16万人、長崎で7万人、東京大空襲で10万人。一家全滅どころか村ごと全滅、役所も焼けて資料も残っていない、誰が死んだかはおろか、何人死んだかすら分からない。これらはほぼ、最初から降伏していれば死なずに済んだ人です。この人達にとっては、「家族を守るためなら降伏するよ」こそが正しかったのです。

降伏後に財産没収や奴隷化、殺戮などが起こったかも知れませんが、戦争をして負けた時に比べれば遥かに少なかったであろうことは明白です。更に、無条件降伏ではなく、条件を付ける余裕もあったはずです。

③負けるとは限らない?

侵略とは、相手国にとっては受け身ではなく攻めの戦争です。当然、必ず勝てる算段をしてから攻め込んでくるはずです。もちろん時の運はありますが、戦争が始まった時点で、既に圧倒的に不利な状況にいると考えるのが自然です。

戦術も進歩しているはずです。例えば、揚陸艇を大量に出して海岸を占拠して、…というような古典的なものではなく、インフラを破壊して疲弊するのを待つ、というものになるでしょう。製油所やタンカーを破壊するとか、主要道路と鉄道の要所にミサイルを打ち込む、発電所や送電網の破壊、浄水場を汚染する、といったものです。日本は人口が都市に極端に集中しており、また山がちな国土であることから補給路が少ないため、このようにされると、いきなり数百万人が生命の危機に陥ります。

戦争というと面等向かってドンパチ、と想像しがちですが、これだとテロのようなもので、事が起こった時にはもう犯人は逃げてしまっています。戦おうと拳を振り上げようにも、相手はいないのです。反撃はおろか、防戦すらできません。

④もし目の前の戦争に勝てても、その時点で既に負けている。

それでも勝てるかも知れません。しかしその戦争には勝てても、かつての日本の繁栄はそこで終わるでしょう。あるいは相手国は、そこまで見越して攻めてくるのかも知れません。

その大きな理由は、日本が資源小国、貿易立国である、そして今まで日本は平和だった、それが崩れたという事実、また戦争によって受けたインフラへのダメージが、中期的に日本に大打撃を与えることです。

もう、かつてのように安心して日本にモノを売る、買うことはできないでしょう。今までが良かっただけに、そのイメージダウンの影響は大きいはずです。何かしらの担保や審査を要求され、それがコストに上乗せされ、国際競争力は低下します。また、国力の多くは破壊されたインフラの復活に注がれるでしょう。それはマイナスをゼロにする作業でしかなく、国の繁栄には結びつきません。完全復活には何十年も掛かり、その間、国民の生活レベルは大きく落ちるでしょう。新興国並み、あるいはそれ以下になる可能性は十分にあります。そして当然ですが、死んでしまった人は戻ってきません。

もし、上のようなテロ的攻撃だった場合、相手国に損害賠償を請求できるかどうかも怪しいものです。今のサイバー攻撃などと同じく、国の関与があったかどうかを証明することが困難だからです。もし犯人を逮捕できても、本国へのダメージはほぼありません。

⑤ではどうすべきなのか。

そもそも、現代は戦争をしにくい時代になっています。世界中の国が他の国と貿易をし、その利害関係は複雑に絡み合っているからです。敵対している国同士でさえ、そうなのです。アメリカと中国、日本と韓国と中国、何れにも密接な貿易があります。つまり、複雑な経済活動は、それそのものがお互いへの抑止力になっています。他にも、日本は海外に多くの債権を持っていますね。これも抑止力です。

外交力も立派な抑止力です。かつて、これは日本はあまり優秀とは言えていませんでしたが、これも近年は伸びてきているように思います。そして軍事力です。当然、自衛隊のことを言っています。

日本が優秀なのは、これらの抑止力を決して脅しに使ったりしないことです。アメリカのように直ぐ制裁したり条約破棄したりするような下衆な国ではないのです。経済が抑止力だというと、直ぐに制裁だの輸出規制などという暴力的な思想に走る人がいますが、そうではないのです。たとえ敵対国であろうとも、経済活動における契約は誠実に守る。これが多くの国の信頼を得ている、重大な理由なのです。これこそが、現代の抑止力です。

抑止力というのは、こういうものをミックスして行うものです。そして、軍事力の優先順位は、最下位にすべきです。現代の抑止力の行使にじゃまになるからです。そして、軍事力という選択のギリギリのところまで降りていかないよう、常にアンテナを張り、外交を絶やさず、敵を作らない、平和を保つ努力をすべきなのです。

そしてもし、努力虚しくそこまで降りてきてしまえば、上で言ったように、もう負けです。負ける戦争をするよりも、降伏するのが一番ダメージが少ないはずです。

⑥そこまで分かっているなら、怪しくなってきたら直ちに準備すれば?

最後になりますけど、もし日本を侵略しようとする国があるとすれば、中国とアメリカしか考えられません。日本より有意に軍事力が強く(戦って勝てる自信があり)、且つ各々日本を攻める理由がある国です。それ以外のいかなる国も、小競り合いはともかく、侵略戦争になるということは考えられません。

この二国に対して軍事的に勝てるように準備する、そんなのできると思いますか?

よしもとばななの言葉

自分では読んでないが、よしもとばななのエッセイ「人生のこつあれこれ2013」の中の一節が目に止まった。復讐のしかたについて激しく共感した。お父さんの思想が実現されていると感じた。この一節に出会わせてくれたブログは、これ↓

lifeofdij.hatenablog.com

『楽で幸せな人なんかひとりもいない。だからこそ楽で幸せそうに、そう見せようとむりしないでもそう見えちゃうような生き方がさわやかだと思う。前にも書いたが、それがすべての理不尽なものに対しての、結局は最高の復讐なのだ。』

内部体験1970-1972

地元の進学高校に進んでから両親、親戚からの受ける印象が変わったことに少し得意になっていたかもしれない。本格的な大学受験準備に入るまでの猶予期間に、ぼくは世界文学全集を読み始めた。その時内部世界が作られ始めた。ぼくの中に「内面」という誰も侵すことのできない世界があるのに気づいた、それが嬉しかった。あの頃いつものように鞄の中から分厚い世界文学全集の一冊を取り出して、生物や地学などの授業で机に広げて読みふけっていた。ぼくの座席は1年次はずっと一番後ろの座席で、先生からは気づかれずに済んだ。気づかれていたかもしれないが黙認されていたというのが真相だったかもしれない。三島事件というのはその年、休み時間の教室で誰かからともなく聞かされた。市ヶ谷駐屯地での自決という言葉を聞いた時、腹を切って吹き出る血のイメージが頭の中で浮かび上がった。今考えるに、ぼくに出来上がったばかりの内面の想像力が敏感に反応したのだろうと思う。

同じような衝撃は卒業式があった日に、連合赤軍浅間山荘事件が起きたことだった。今度はテレビの映像に釘付けになった。ドストエフスキーの「悪霊」を読んでいたので、革命思想に取り憑かれた者の異常な行動に全く免疫がなかった訳ではなかった。彼らを幾分同情の目で見ていたかもしれない。あるいは哀れみの目だったかもしれない。とにかくこの事件でもぼくの内面は強く反応したのだった。

この二つの事件はあの時代を画するものとして、定年退職後よく振り返ることとなった、、、

今更ショーロホフ?

先ほど近くに一人で住んでいる母のところに行ってきた。父が死んで来月で8年目になる。この前の敬老の日に石川県から90歳のお祝いとしてタオルが送られてきたと、さほど嬉しそうでもなくそれを見せてくれた。タオルはいっぱいあって、あんた使わんかとぼくに渡そうとしたが、せっかく祝ってくれたのだからもらっといたらと断った。実家の2階は結婚前のぼくの部屋がそのまま残っていて、壁に作り付けの本棚がある。村上春樹が中学2年の時に初めて長編小説を読み始めたのが、ショーロホフの「静かなドン」だという事が「考える人」(2010年夏号)に書かれてあって、岩波文庫版の「静かなドン」を取りに上がった。確か八冊くらいあったはずだが、四冊しか見つからなかった。1976年で23歳の時にいつか読もうと買った事が一冊目の最後のページにメモされてあったが、未だに読まないままにきている。今更ショーロホフ?とずっと思っていたが、村上春樹は面白くで3回も読んだと記されていた。(流石にインタビュアーはあんなに長いのに3回もですか、と聞き返していた。)

あれはロシア革命が成功して歴史上初めての労働者国家ができてからの事が書かれているはずだ、と興味が湧いてきた。もちろん政権批判はできないだろうから、政権に不利なことは隠されているだろうと承知しているが、村上春樹に面白いと言われるとそうでもないのかなと思ってしまう。多分今でなければ読めないだろうから、読むとするか、、、

My 19 age's days

金沢の市立美術学校に入学した年は、終戦後間も無く陸軍兵器庫だったレンガ造りの建物を改造して建てられた旧校舎の方に半年だけ在籍できた、珍しい年だった。中は薄暗い所もあったが、何しろ造りが堅牢で重々しかった。伝統を感じられ自由な雰囲気に溢れていて芸術を気取るにはもってこいの環境だった。半年しか居られなかったが、ぼくは移転先の金大医学部近くの校舎より好きだった。その時ぼくは19歳になったばかりだった。その頃の学生気質というのは、大学はレジャーランドであって学問の府ではないという、今から思えばとんでもない勘違い学生が主流であった。日本の高度成長期が続いた幸せな時代に遭遇していた。経済がまあまあだと気分が明るくなるし、テレビも型破り番組が多かった。ぼくは特別絵が上手かった訳ではなく、美大の自由な芸術家仲間に入りたかっただけだった。

(公論)3.11以後起きていること

今起こっていることは「集団化」である。長い動画であるが、今の時代を掴んでいる人から教えられることが多かったので、自分のブログに記録しておきたい。(つまり後から再視聴したいと感じたということ。)

www.youtube.com

4年前の今日の日記から

今、竹田青嗣の「ニーチェ入門」を読み終える。マルクス主義没落後、現代思想としてもてはやされたポストモダニズムの源流がニーチェであることは知っていたが、この本でその内実をつかめたばかりではない。竹田青嗣という、ぼくが苦境の時に出会った哲学解説者(「自分を知るための哲学入門」の著者)によるニーチェ解説が、定年後の生き方を模索する現在の自分にも道標になった。最後の西洋哲学者、つまり哲学においては現代人の魂を救う原理を宗教によらず提出できるのは、ニーチェ以外にはいないということだ。ナチスを生む思想の原因ともなる優生学とか、戦争を肯定しかねない程の危険性をも含む(もちろん誤読によるものだが)、人類問題にも突き進む力への考察があり、一筋縄ではいかない深さに付き合わされる。しかし、徹底したニヒリズムの果てにルーザロメとの恋愛を通じて人格化された「超人」のモデルが、キリストを凌駕するツァラトゥストラによる福音の書に描かれることとなった。これほどの知の巨人を理解することは、自分を幾分でも高めてくれる。きわめて生きにくい現代を苦悩とともにタフに生きる術を教えてくれる。

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原田マハについて

原田マハの芸術観(美術鑑識)については、昨日のブログで評価を改めると書いたが、小説家としての評価については判断できないでいた。その評価というのはあくまで個人的な基準であって、ぼくの中で読むに値するかどうかを決めるものに過ぎない。何しろ読むべき小説は古今東西無限と言ってもよく、人生は有限だからだ。原田マハの小説は「ジヴェルニーの食卓」と「中断された展覧会の記憶」と「暗幕のゲルニカ」を読んだに過ぎない。この3作で評価を決めるのは早計かもしれない。ただ客観的な評価は評論家でもないのだから必要ない。ぼくが文学に対して与えている評価基準に照らして、それはつまり「生きる糧になるかどうか」というものだが、この3作でぼくはその手応えを感じることができなかった。1番の問題点は彼女が美術の学芸員という職業的観点から小説を書いていることだ。職業が前提になっている世界から現実を描こうとしていることだ。それは小説家という立脚点ではないことだ。原田マハ学芸員としては本物だが、小説家としては疑問符がつく。

文学の支え手は、どちらかというと職業に自分を100%同一化できずに自分が何者かに悩み続ける「不適合者」か、職業につくことすら馴染めない生きづらさを抱える人たちだと思う。職業にうまく自分を適合させて世間的にも成功している人は、そもそも文学には向かわないと思う。

さて、村上春樹には「職業としての小説家」という本がある。彼は小説家を職業として見ているのだろうか?村上春樹については確かに生きる糧を与えてくれるが、小説家を職業として考えているとしたら、カフカ賞は獲れてもノーベル賞は獲れない遠因になっているかもしれない。