彷徨える初期高齢者

こころの中の私という同一性の海の中で、少年から大人に移りゆくまでの自己幻想にふと至ることがあって、ああ、あの感じはなんだっけとその感情に寄り添いながら、激しく回顧したい欲望にとらわれる。 喪失が長く続いた後の面影としてふと現れる、こころの不思議さに探求の理性を発動したくなる。 哲学か文学かは問わず、私という現象に没頭したい。

杉浦康平と稲垣足穂を知る

会社を定年退職してしばらく経って第二の人生を模索していた頃のFBの記事を見つけた。高校時代を回顧することに虚しさを感じ始めて、美大に進んでから杉浦康平稲垣足穂を知ったころにも熱い時間があったことを思い出している。今ならどれだけ時間を使っても構わないのだから、せっかく知った世界を思う存分掘り探っていきたいと思う。

これまで高校時代に帰って青春を再現することでサラリーマン時代に失った自分を取り戻すことをやってきたのですが、昨日それをそろそろやめようと思いました。きっかけは杉浦康平というぼくが美大時代に唯一尊敬できたデザイナーがいて、ネットで彼のエピソードを読んでいました。彼はよく徹夜で仕事をしていてそれについてこれない若者を若いうちは身いっぱい時間を有効に使わないともったいないと叱っていたのが響きました。ぼくは自分では若いと思っていたのですが、徹夜は到底無理と頭にありませんでした。でも徹夜するくらい集中できる仕事(読書も)が昔はあったことを思い出し、その時間が懐かしく感じられました。今はあまりにも規則正しい健康的な時間を過ごしているので(青春状態の)中身が薄くなっていました。杉浦康平に興味を持っていた頃、杉浦康平エディトリアルデザインを担当している雑誌で「遊」というのがあり一時期夢中になって読んでいました。その中で稲垣足穂の世界を紹介していて、独特の夢宇宙にそれまでぼくが触れたことのない世界を感じました。あぁ、大学に入ってからも自分の青春はあったんだとあの頃がよみがえりました。大学の1年間は学生運動に関わったのですが、その他に芸術にふさわしい世界にも触れていたこと改めて認識し直しました。これからは客観的には老年期の前期に入っていくのだろうけれど、稲垣足穂の世界に遊ぶというか研究するというか思う存分浸ってみたいと思います。

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hotepoque.hatenablog.com

 

駄文

古今東西あらゆる世界、歴史に繋がるようになって、人々は自分でものを考え言うことをしなくなった。すでに自分の考えることは誰かが考え尽くしていて同意するか、否定するかしかしなくなった。悲しいかな自分をしっかり大地に立たせることに意欲がなくなって、みんな失敗することを無駄と捉えてしまった。賢くはなっているのだろうが、ロマンがない、悶えるような憧れに遭遇しない。感情も思想もゲームに絡め取られてしまった。昔の女は好きな男に命をくれてやるぐらいの一生にも満足できた(と言っても小説上に登場した女性のことでしかありませんが)のに、自分の魂を感じられなくなってしまった。生活といえば経済と思い、決して殉教者にはならない。物語が作れないのだ、、、

だがしかしこの俺はどこへも行けずに立ち尽くすか、蹲っているだけなのだから大きな顔はできないというものだ。自死へと向かわずにハードボイルドのタフネスにも行き着かず、失意からの再生に賭けるしかないのか、、、

読書は孤独な行為である

昨日のブログで読書は孤独な行為ではないと書いたが、今日は真逆の読書は孤独な行為であるということについて書きたいと思う。なんだか昨日書いたことの中にウソが混じっている気がしたからだ。ウソとは言い過ぎで、あのような場では場を壊したくないという遠慮が働くのが大人だから、話の中では先生格の会長や司会役の人に同調的になるのも致し方ない面はあると思う。しかし話にして外面化しないまでも心にしまっている「未生の」言葉があり、それを「書くこと」で残しておきたいと今日思ったのである。

そもそも読書中というのは、意識を小説中の世界に集中しなければならないので必然的に孤独な行為になる、ということを言いたいのではない。孤独にならなければ書けないし、書こうとして現わせる微妙でささやかな心の機微というものがあるし、それを読み落とさない人というのは孤独を知っている人だと思う。昨日の読書会でいうなら、登場するチェロ奏者の若き芸術家を理解するには、プロの音楽演奏家のいわば業界内の厳しい状況を実情に沿って知っている人間の方が優位であるはずだ。読みの先生格の元国語教師にしたって、その道のプロの世界に詳しいわけではない。多くの参加者はそのことよりは、馴染みのある先生の読みに信を置いていたように感じられた。なぜ若きチェロ奏者がチェロを子供の頃に弾いただけの「アメリカ女の指導」になびいてしまうのか、その元国語教師はイマイチわからなかったようだった。ぼくに「そしたら彼はどうして指導をきいたのか」と質問したからだ。ぼくは「彼はその時自分の才能に自信が持てなくなりかけていた」という意味のことを答えたが、納得してもらえなかった、、、

話してみなければ分からない

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読書会に参加し始めて1年半くらい経つが、石川県には読書会連絡協議会というれっきとした団体がある。何と60年以上続いているらしい。今日県の南半分(加賀地区というのだが)の読書会から集まって「本を読む仲間の集い」があり、最初の会長の挨拶でそのことを知った。北陸3県では石川が加賀百万石の文化蓄積もあるのだろうか、ダントツの活動量なのだそうだ。今日カズオ・イシグロの「チェリスト」読書会に参加して、日頃のメンバーとは違う人達の感想を聞いて新たな体験になったと感じている。20名くらいの中で17名が初対面なのだが、司会の方の進行のうまさや元国語教師のアドバイザーも入るということもあり、触発される意見交換が可能になるのは、読書という行為の本質的なコミュニケーション展開力のような働きがあるからであろう。読書は孤独な行為ではない。いろいろな読者が自分の読み取ったことを言葉にして話すことで、始めて自分の読解力(それは現実世界の読解力にも通じる)の水準が客観的にわかるのだと思う。それはスポーツの世界と同じような競技なのかもしれない。

*写真は石川県読書会連絡協議会とは違います。

ディスコミュニケーション

あなたと会わないことにしてから40年近くが過ぎた。

長い刑期のあと辛うじて繋がっていた関係に引き寄せられるようにして会い、

もう済んだこととして、つながりの糸を手繰り寄せた。

最初の出会いの方ではあなたの無邪気な奔放さに惹かれて

振り回される自分の感情の元を奇妙に思えて、それが信じられなくて

感情そのものを疑い、育てることを思いつけなかった、、、

だから、社会性や責任を問われる方へ

いさぎよく進んでいけた過去を思い出していた。

再会のあと、もう一度自分を試す冒険の方へ

歳柄もわきまえず、もう踏み出して月日を重ねている。

もう出航して初めての港に到着しようとしている。

何が見える?

少しは女心がわかるようになって、気づけるようになって

何か気の利いた応答ができるようになっただろうか

自分のままでいること

少し待つこと

求めるものを与えること

悲しみを避けないこと

見つめること

伝えること

あなたに出した手を引っ込めないこと

それらにあの頃は思いつけなかったのは何故だろう、、、

 

未だ見ぬ場所を求めていたころ

あなたとぼくがどこかですれ違ってから

時の流れがそれぞれ押しとどめようもなく

人の世を彷徨いつづけ、

とうとう秋の夕暮れを迎えようとするころになって

急激な接近を仕掛けたのがもう、信じられないまでになった。

だがそれはあの頃未だ訪れていなかったのだ。

それぞれの日常がそれぞれに動いて微動だにしなかった、、、

ただ心の奥深くでかすかにうずくまっていた何かが

確かにあったのを今でも感じることはできる。

その夢の中にしか愛はなく、

いつ息吹くのか明らかにされず

どのように再生するかの、未生の偶然を

謎の中に閉じ込めたままになっていた。

信じることで未だ見ぬ場所を二人で作っていた、、、

「あなたが書くという目的は何なの」

「それを書くことで見つけようと思うんだ」

新しい言葉を求めて

ぼく自身の幻想の湿地に分け入っていこうと考え始めた。このまま過ごしても何も変わらない環境だから、社会の出口に来て青春を後ろから辿ってみようと思いついた。おそらくあらゆる主義者は歴史に登場して、あまりにも精神を行き過ぎて走らせてしまったのだ。ぼくは1845年頃から立て直すべきだと思う、世界精神をだ。思想の坩堝から改めて啓蒙家が詩人と組んで、永遠の魅力と道理を作りださねばならない。急ぎすぎて暴力にとりつかれずに済む、人間らしい魅力で、魂の底から転倒する道理を考え出さなければならない。だから現在の時代状況から足を洗うことにする。ゲーテヘルマン・ヘッセゴッホセザンヌゴーギャンロートレックが生きて表現していた工房をぼくの湿地に建設したい。前とは違った方法で青春を後ろから進んでいって、たっぷり芸術家の存在様式に浸かり込んでから、新しい言葉を紡ぎ出してみようと企む。沈黙の力を借りながら、、、

これはとても個人的な事情なのだけど

ぼくの生きている時代にとって二人の人物が大きな影響力を持っているのだが、それは個人的な事情なのでほとんどの人にとってはスルーされて当然のことになる。それでも書くのはその二人の人物が現代においてとても大きな影響力を示していて、同じように影響下にある人の興味を少しは示すかもしれないと感じたからだ。

その人物とは、村上春樹松岡正剛だ。今では読書家を自認する人は必ずといっていい程参照すると思われる「先夜千冊」サイトの作成者である松岡正剛が、あの「ライ麦」を取り上げて、

大のサリンジャー派の村上春樹は、コールフィールドはメルヴィルの『白鯨』フィッツジェラルドの『偉大なるギャツビー』の主人公たちに続くアンチヒーローで、そこには「志は高くて、行動は滑稽になる」という共通の特徴があると言っていたものだが、この大袈裟な指摘もまったく当たっていない。

と、書いているのに出くわしてしまったのである。ぼくの青春もライ麦」に自分を見る方なのだが、松岡正剛にこう書かれてしまっては、村上春樹をとるか松岡正剛をとるか、どちらかに決めなくてはならなくなった。「ライ麦」の主人公コールフィールドがアンチヒーローだとして、村上春樹の指摘が全く当たらないと批判されている。おそらく作家と批評家の立場の違いがあるからだと思うが、ぼくは村上春樹がコールフィールドに共感する方に文学と生きる価値を見出す。愛すべきコールフィールドと同じ立場に立って寄り添う方にぼくは自分を賭ける。松岡正剛は別の高みに生きていると思う。文学や思想を生きてはいるのだろうが、ぼくにはヘーゲル主義のように感じられる。

465夜『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー|松岡正剛の千夜千冊

10月初旬の爽やかな空気に

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10月初旬の爽やかな空気は同じ皮膚の体温が

ぼくの連続した過去の同じころの生活感を甦らせてくれる。

あらゆる生物にとって温度というのは決定的な環境要素だと思われる。

例えば海温が1度違えば海中の生物にとって危機的な異変と感じるはずだ。

今日は秋晴れで仲間とテニスをしていてとても気持ちが良かった。

秋晴れの日の夕方も夕餉を準備する街の空気がいつもより、生き生きと感じられる。

そしてこの街の夕暮れ時の満たされた空気が、ぼくの一番自由だった19のころの

精神状態にしばし連れ戻したのだった。

ぼくは自宅の離れに部屋を与えられていた。それは台地の端に作られているので

部屋の西側は崖になっていて、窓からはセントヴィクトワール山のような

なだらかな斜面を見ることができる。

夏の夜は、支流を流れる川沿いで行われる花火大会の特等席にもなる。

連れ戻されたのは、美大に幸いにも受かって最初の年だった。

試しに初めてキャンバス8号に油絵を描いてみた。

李麗仙の肖像画を燃えるような暗い赤の下地に浮かび上がらせたが

のめり込むほど熱中はしなかった。

具象よりもその頃注目されていた、アメリカのミニマルアートに

霊感を感じて、自分でも黄色とブルーの棒グラフのような図をポスターB全に描いて

部屋に貼って眺めていたこともあった。

そんな時期があったことが不思議に思える、ぼくにもアートの入り口が

開いていたこともあったのだ。ただ何となく自分が心血をそそぐ世界のようには

思えなかった。19のころは、人生で精神のままに居られる若さの気配を

確実に作っていたのではないだろうか。

島津有理子アナの目標

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NHK島津有理子アナが退局、医師目指す意向というニュースが目に止まった。44歳で医師を目指して大学で勉強するという。遅すぎることはないのだ。きっと彼女には自分が死を迎える時、現役の医師でいたいと考えたのだろう。彼女がキャスターを務める、100分de名著は気になる作家の時何回か見ていて、好感を持っていたのだった。番組からの学びも受けて退局後の進路を決めていたのだろうと思う。

さてぼくの場合はどうなのか?島津有理子アナのように明確な形の目標はない。どうしても未だに作れないでいる。このまま目標のないままに人生が終わりそうに感じられる。みんなそうだよと言われても自分は納得できない。単に好きなように生きればいい、とは心から思えないのだ。将来の明確な目標がなければ、現在は曖昧なまま永遠に中途半端に過ぎていく。これは変えようのない真実である。

だがしかし、これと真逆の生き方もある。今この時を充実して生きる生き方である。今がすでに到達点であるように生きるのだ。すでに到達しているということは、後は維持するだけということになるし、現状維持は得てして後退を意味する。今をずっと最高の状態で維持することは不可能であろう。むしろ充実とは何もないことではないのだろうか?何もないことは無ではないはずだ。無は死でしかないからだ。いよいよ哲学的になってくるが、ここで思い出すのは、ハイデガーの死を先駆けて生きる生き方だ。これは村上春樹の死を生と同列に置いて生きることに通じる。島津有理子アナの目標からここまで考えてきたが、この展開に背理はないのだろうか?今日はここまでしか考えられない。

少年のころ芽生え始めた恋ごころ

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例えばユーミンの「ひこうき雲」を聴くと、少年のころの自分の孤独なこころに帰ることができる。「雨の街を」や「12月の雨」や「雨のステーション」というように雨をテーマにした曲を聴くと、みずみずしい青葉の萌えるような匂いが一瞬にして湧き上がるのを感じる。不思議なことにもう半世紀にもなろうとする時を隔てても、少女(ぼくの場合は少年だが)の天上への憧れに胸が苦しくなるような情感がよみがえる。あの頃は大人になる前の、突然に広がる自我の世界に何もかもが新しく嬉しくて仕様がなかった。ユーミンもぼくもどうしたわけか幾分悲しかったが、死さえも甘味だった。

今の時代の少年少女はどうなのだろうか?ミルク色の夜明けに、めくるめくような今日の始まりに神さまに感謝するような敬虔さは、芽生えもしないのだろうか?それは大人の恋とは全く別種のもので、おそらく性さえもないユニセックスの世界のように思える。それは恋に恋する、憧れだけの、到達不可能な、形而上の、かけがえのない、ほとんど人生の中の2年くらいしか存在できない幸福な期間のように思える。

村上春樹だったか誰かは忘れたが、男が女に導かれることのないのはその2年間ぐらいしかないというような事を言っていた。)

読む生活感をとりもどす

サマセット・モーム「月と6ペンス」を読み始める。最初の方は主人公というか話手が作家なので、イギリスの文芸事情とか業界的な話が幾分気取った文体で書かれていて、とっつきが悪かった。今朝ようやくゴーギャンモデルのストリックランドとパリの場末のバーで、話し合う場面までこぎつけた。ぼくのこのブログもしばらく書けなかったのが今書いてぼくにとっての現実感覚を取り戻せた。

今日しばらく前まで、久しぶりに憂鬱というか被害者意識に囚われていた。こんなところでくすぶり続けてみたいな感覚だ。ここは自分の居場所ではなく、少しも知的な刺激がない田舎だという、外部環境を現実と思ってしまう状態に落ち込んでいた。とにかくそういう時は何でもいいから書かなければならないのだ。石牟礼道子さんが鬼のように書くことに執念を燃やし続けていたことをちょっと思い出した。

昨日の夜、試しにカントの「純粋理性批判」の序の部分を読んでみた。カントが読者に話しかけていた。本題に入る前の呼びかけのようなカントの肉声が聞こえてくるような部分だ。哲学という学と単なる思い付きに終わる頭の働かせ方の違いについて述べていた。ぼくは先日の池田晶子からのメッセージを受けて、自分で考えることを身につけようと思った。カントは自分で考えることを教えてくれそうだと感じている。今、序に過ぎないがその感じにリアルさを感じている。

哲学書は夜読むのがいいみたいだ。夜は外界が消えて内面に入りやすい、、、

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山本有三著「真実一路」を読んで

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今月の野々市町公民館による読書会で山本有三の「真実一路」を取り上げる。10人のメンバーで当番制で課題図書を選んでいくのだが、今月は古株でどちらかというとリーダー格のNさんが選んだ。先月はぼくが選んだカフカの「審判」でNさんは、実存主義の文学という知識があってそういう目から作品を見たので、ぼくは「審判」のどこにそれを感じたかと質問した。彼女はその場でうまく答えられなかったのが悔しかったらしく、解散後しばらくしてから回答をメールで送ってきた。「(主人公が)金持ちの婚約者と結婚せず家も継がなかった、つまり既存のものを捨てたところ」というものだった。ぼくは「父が主人公の欺瞞を嘘と見破って死を言い渡すところ」と自分の見解も言わないとフェアじゃないと思い、返信した。つまりそれぐらいの熱心さでこの読書会は毎月運営されている。幾分Nさんの見解が社会的な見方をするのに対して、ぼくは個人の考えに主軸を置く見方をする。そのNさんが「真実一路」を選んできた。おそらく彼女の人生観がその選択に反映していると感じられる。

ところでこのいかにも時代を感じさせる「真実一路」という小説は、この読書会で取り上げられなかったら一生読む機会のなかったような、ぼくにとって全く死角にあるものだ。さて長編にもかかわらずスラスラ読めて感想は面白かったのである。戦前の平均的な(やや上のクラスかもしれない)日本人の人生が一つの物語として全体的につかめた感じがした。ちょうど「細雪」が関西の上方文化と一体となった人生物語を見せてくれたように、「真実一路」はシリアスな知識人的でない普通の人の生き方を見せてくれた。

日常の中の普通でいられる存在感覚

表題のようにちょっと難しい表現になってしまうのだが、先ほど午後4時頃にいつもの昼寝から目が覚めて、冷蔵庫から冷えた缶コーヒーをゆっくり飲んでいると、部屋の様子は置かれているものの配置などそのまま変わっていないのに空間感覚が変わっていた。自分が空間と同じ温度で包まれているようで、隔たりがなく、自分の心に少しのこわばりもないことに気づいた。満たされているという感じでもなく、シーンとして静かなのでもなく、全く何かに追い立てられている感じがせず、過去の幸福なシーンの既視感でもなく、時間が止まっている感じでもなく、不思議なことは一切ないごく普通の状態の中にいた。この感じを言葉で再現してみたくなったのだった。時間は止まっていないが今65歳であるという年齢については、全く意識しないでいられる。いやひょっとするとこれから老齢になっていくと、こんな感じを度々味わうことになるような予感がする。あえて言うなら、自分自身で自足し、サルトルのいう「即自存在」を実感できたと思う。ぼくの周りの空間がぼく自身の中に転位されていて自在感があった。

ちょっとだけ少し前を思い出して、その原因らしきことに思いを致してみると、午前中仲間とやったテニスの調子がすこぶる悪く、久しぶりに不甲斐ない自分を責めていたことに何かそれらしいものを感じるのである。つまり、自分のテニスはそこそこだと思っていた自己イメージを消して、謙虚なこころの状態になったのが良かったのじゃないかと思われた。あれは存在を更新できたのかもしれないと、大袈裟に考える癖のあるぼくは一人心地た、、、