彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

ベルンハルト・シュリンク「朗読者」を読んで

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読書には二通りある。娯楽のための読書と生き直すための読書である。前者は多くの人が楽しんでいる普通の読書であるのに対して、後者は読むことが生きることと直結している ことを示している。ちょうど「朗読者」のハンナのように、自分で本が読める喜びは至高の体験となるはず なのである。ハンナは朗読を聞いて文字を覚えるという体験をしている。主人公の「ぼく」が本を朗読した テープをハンナに送る。ハンナはその本を図書館から借りてきて、音声と文字を照らし合わせながらゆっく りと読んでいく。気の遠くなるような作業を通して文字を覚えていくのに、刑務所はハンナのような人には 最適な場所だったかもしれない。最初の読書によって文盲から少しづつ解き放たれていく時、自分の中に世 界が生まれる。現実世界とは違うもう一つの世界に生きることを覚え始める。それは読書によって生き直す ことだ。 しかし文字を覚えて文盲の時と現実世界が違うように見え始める時、逃げる場所がなくなったのではないだ ろうか?ハンナは文字が読めるようになり意味がわかるようになると、周りが自分を圧倒する意味で押しつ ぶされそうになったのではないだろうか?刑務所から刑期を終えて出ることになって、接見の場で唯一の味 方だと信じた「ぼく」に冷たく距離を置かれた時、本当に絶望して自殺したのではないかとぼくには思えた。

 

ぼくらの世代の言葉 1

We were the first working-class singers that stayed working class and pronounced it and didn't try and change our accents, which in England were looked down upon.The only change was our image.     ~Jhon Lennon
同じように村上春樹はWorking-classの小説家であり続け、Working-classのイメージを変えた。

偽りの人生を捨てた男の物語

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この世界では生きていくためには働かなければいけなく、何か職につくか自ら働く場を作り出すかしなくてはならない。アスリートや芸術家のように才能が年少時から認められればプロの道もある。研究者や学者の道もあるが、先生や周りの環境に恵まれている必要がある。自分の才能に気づけず、自信が持てずに周りを見ながら進む道を探していくような凡人には、嫌なことも我慢して好き嫌いなどをいうことは贅沢なこととして生きていくことになる。自分を騙し、周りに気を遣い、仕事では競争に勝つために戦うという人生が待っている。どうしたら多くを稼ぎ出すかを競争する人生だ。

それを偽りの人生とある時、心底感じ取る人間もいる。サマセット・モームが描く「月と六ペンス」の主人公、ストリックランドもその一人だ。

成功した証券マンとして裕福な家庭を築いてきた人生は偽りだと気付いた、その意識の転回点については描かれていない。それは謎としてモーム(と思われる作家)を終始惹きつけている。ただその気づきは妻子を捨てるほどの確然とした決意をもたらせた。恋愛と同じだ。日曜画家でもあったゴーギャンがモデルになっているから、絵画の中の世界に恋してしまったのだ。絵の中に本当があり、生きている世界には偽りしかないと固く信じ込んでしまったのだ。ちょうどジョン・レノンがロックの世界だけがリアルであって、そのほかはすべてノン・リアルだと言い切ったのと同じだ。

ゴーギャンの絵は最初はうまくなく、天才型ではなく、憑かれたように努力するタイプだ。だんだん上手くなっている。タヒチが自分本来の場所だと感じるのは、おそらく父の失業のためペルーに4年間ほど住んでいたことが影響していると思われる。原始的なものが真実と感じられたのだろう。

それにしても彼の家族や彼の才能に心を奪われた同業者のダーク・ストルーヴの家庭は悲惨な目にあうことになる。このダーク・ストルーヴとその妻は実在したのだろうか?脇役ながらドストエフスキーを思わせるような筆致に、ぼくなんかは割と感情が動かされた。

作品とともに作者であるモーム自身にも興味がある。晩年の10年くらいが精神的に悲惨であったようだ。経済的に成功した作家ではあったが、その人生を悔いていたようだった。終わりよければすべてよし、ではなかったらしい、、、

「嘔吐」ひと口感想

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今朝サルトルの「嘔吐」をようやく読み終えました。のちに現象学に出会って「嘔吐」のテーマを哲学でやろうとして「存在と無」を書き出すことが予感できる小説でした。サルトルは意識に囚われていて存在にも意識があると感じているので、モノにも意識が取り付いて嘔吐してしまうのですが、それは唯物論に通じるのではないかとぼくは密かに考えています。それを「弁証法的理性批判」で書いて唯物論を擁護していると思っているのですが、本は買ってあってまだ読んでいません。サルトルは恋愛は詩と同じで作り上げるものと言っていました。小説の中ではアニーという恋人に残酷に捨てられています。二人の会話を通じてだけですが、とても厳しい恋でした。

(公論)辺見庸氏へのインタビュー

 

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3年前がどんな政治的状況だったかの記録として転記しておこう。_____3年前の今日の「朝日新聞デジタル」から

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。一方で、国会前を埋めたあの夏の熱気はいまも残っているのだろうか。岐路となりそうな2016年を私たち一人ひとりは、どう生きるべきか。権力と個人の関係を問い続ける作家、辺見庸さんに聞いた。

 ――夏には参院選でログイン前の続きすね。改憲が争点になりそうです。

 「まったく関心がないといったらうそになるけど、どちらかというと悲観的ですね」

 ――と、言いますと?

 「仮に安倍政権に退陣してもらったとしても、そのあとに何かが良くなるというのが見えません。安保法制で次のレールは敷かれてしまった。描いているのは、憲法をもっと融通無碍(ゆうずうむげ)なものにする緊急事態条項ですよね」

 ――大規模災害などに備えるための条項だとしても要らないものでしょうか。

 「ひょっとしたら、いまは安倍政権の退陣を求めているような勢力さえも、そういうレトリックに乗ってしまうんじゃないでしょうか。例えば尖閣諸島、あるいは北朝鮮をめぐる動きしだいでね。全体として翼賛化していくかもしれないと見ています」

 「ぼくは、未来を考えるときは過去に事例を探すんです。むしろ過去のほうに未来があって、未来に過去がある。そういうひっくり返った発想をしてしまう。いまの局面をなぞらえるとしたら、すべてが翼賛化していった1930年代じゃないですか? 南京大虐殺が起きた37年前後のことを調べて、つくづく思いました。人はこうもいとも簡単に考えを変えるのか、こうもいとも簡単に動員されるのか、こうもいとも簡単に戦争は起こるのか――と。現時点で、もう37年と同じような状況に入っているのかもしれません」

 「戦争法(安保法)なんて、突然降ってわいたみたいに思われるけど、長い時間をかけて熟成されたものですよね。A級戦犯容疑の岸信介を祖父に持つ安倍(首相)は、昭和史をいわば身体に刻み込んだ右派政治家として育ってきたわけでしょ。良かれあしかれ、真剣さが違いますよ。死に物狂いでやってきたと言っていい。何というのか、気合の入り方が尋常じゃない。それに対して、野党には『死ぬ覚悟』なんかないですよ。これからもそうでしょう。だから、やすやすとすべてが通っていくに違いない。むっとされるかもしれないけれども、国会前のデモにしても『冗談じゃない、あんなもんかよ』という気がしますね」

     ■     ■

 ――とはいえ、国民の声の大きさは、あなどれないのでは?

 「安保法制なんて、周辺事態法を成立させてしまった1999年から決まりきったことじゃないですか。日本が攻撃を直接受けていなくても、『有事』には米軍に物資輸送などの支援を可能にする法律です。あのときはいまの何倍も『これはやばいな』と焦りました。ぼくらが常識として持っていた戦後の民主主義、あるいは平和的な時間の連続といったものに、はっきりと割れ目が入った。この割れ目は広がるに違いないと直感しました。その後は、もう既定の事実です」

 ――SEALDs(シールズ)のような若者の行動は新鮮に映りましたが。

 「若い人たちが危機感を持つのは理解できます。ただ、あれは『現象』だとは思うけど、ムーブメント(運動)とは考えてません。まだスローガンみたいな言葉しか言えてないじゃないですか。ぼくはそこに何も新しいものを感じない。もっと迂遠(うえん)で深い思想というか、内面の深いところをえぐるような言葉が必要だと思います」

 「例えば米国や欧州でのサミット(主要国首脳会議)に反対するデモは、資本主義のあり方そのものに反対している。あまりにもむき出しで、びっくりしちゃうんですけどね。日本とは『怒りの強度』が全然違う。なぜ、国会前デモのあとに行儀良く道路の掃除なんかできるんでしょうかね」

 「安倍政権が現状をこれ以上悪くすることへの反発というのはあるでしょう。しかしどこか日本的で、むしろ現状維持を願っているような感じがしますね。例えば、日々食うにも困るような最底辺層の怒りや悲しみを担ってるわけじゃない。なかにはそういう人もいるでしょうけど、全体としては『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッションが見えないんです」

 ――極端に言えば、いまの自分の暮らしが保たれることだけを願っているように見えると?

 「そういうことです。『怒りの芯』がない。それは言葉の芯とともにどこかに消失してしまったんでしょう。この傾向は70年代から幾何級数的に進んできたと思います。市場経済の全面的な爛熟(らんじゅく)って言うんでしょうか、それとともに言葉が収縮し、躍動しなくなったことと関係あるかもしれません」

     ■     ■

 ――市場経済と言葉が、どう関係するのですか。

 「この社会システムが必要なのは購買者・消費者としての人間であって、怒る人間とか変革する人間ではないということだと思うんです。『人間』を締め出していると言うんですかね。疎外ということです。ぼくらは歴史をつくる主体だと教え込まれて生きてきたけど、果たしてそうであったのか。歴史の主体ではなくて、歴史の対象なんじゃないでしょうか」

 「60年代には、抵抗とか反逆は美的にいいことだという価値観がありました。いまの若い人たちは全然違うようですね。表現の仕方は、我々の世代が目を白黒させるようなとっぴなものであっても全然構わない。ただ、それが時代のダイナミズムになっていくとは予感しえないんです。むしろ、悪い方に予感してしまう。何か他国による武力攻撃のようなことがあった場合、新しい国家主義的なものを簡単に受け入れてしまう可能性はありませんか? それに抗するバネがないでしょう。危ういものを感じますね」

     ■     ■

 ――ご自身はファシズムに抗(あらが)えますか。

 「ぼくの父親は1943年から中国に出征しています。法的プロセスによらない中国人の処刑などに、おそらく父親も直接、間接に関係したはずです。それを我々の先祖の時代の愚挙として片づけることはできないんですよ。記憶に新しい父親があそこにいた。そこに仮説として自分を立たせてみて、『じゃあ、自分だったら避けられたか』と問うてみるんです。あれだけ組織的な、誰もが疑わずにいた天皇ファシズム軍国主義のなかで、ぼく一人だけが『やめろ!』と言うことができたか。それは一日考えても二日考えても、到底無理だと言わざるを得ません。そういう局面に自分を追い詰めていく苦痛から再出発する以外にないと思うんです」

 「メディアに携わる人間もまた、よるべなき流砂のなかで手探りするしかありません。個のまなざしを持ちえるかどうか。そこだと思うんですよ。従来型の予定調和の記事を壊していくことじゃないかな」

 ――それは私たちも日々、努めているつもりです。

 「では、これはどうでしょう。昭和天皇が75年10月31日、国内外の記者50人を前に会見をしました。そこで戦争責任について尋ねたのは英紙タイムズの記者です。天皇は『そういう言葉のアヤについては(中略)よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます』と答えた。広島の原爆については地元民放の中国放送の記者の質問に『気の毒であるが、やむを得ないこと』と答えている。朝日や毎日、読売はそんな質問をしていません。むしろ意識的に避けてあげたのでしょうか。しかも天皇の言葉に激しく反応してやしない。別に強制されたのではなく、ぼくたちはそういうことをやってしまうわけです」

 「01年のアフガン空爆のとき、朝日は社説で『限定ならやむを得ない』と書いた。それに抗議の声を上げた記者がいたことを、ぼくは知っています。あれは別に全社挙げての民主的な討論を経て書かれるわけじゃないですよね。しかし、それは違うんじゃないかって執拗(しつよう)に言い張ると『困ったちゃん』みたいに扱われる。場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前での鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」

 「そうしたことを冷笑し、馬鹿扱いすることが、時とともに組織や社会をどれだけ悪くしていくことでしょうか。コンフォーミズム(大勢順応主義)の傾向はますます、きつくなっている。だから場違いなことを試みるってことこそ大事なんじゃないかな。衆議に従って、ではなく緊急動議的に発言していく勇気って言うんでしょうか。勇気なんて、あんまり好きな言葉じゃないけどね。おずおずとした発言でいい。かっこ悪く、ぶつぶつでいい。自分がそういうことに直面したときに、果たしてどれだけ誠実でいられるかという問題だと思うんです」

 (聞き手・磯村健太郎、高重治香)

     *

 へんみよう 44年生まれ。元共同通信記者。「自動起床装置」で芥川賞受賞。近く、日中戦争から今に至る日本の闇をつく「増補版1★9★3★7」刊行。

時代精神というもの

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今からあの頃を振り返ると大学時代というのは無限定で、実際は小さな地方都市に住んでいたのに少しも地方が田舎だという意識がなかった。こんな比較はぼくだけにしか意味がないことだが、あの頃のK市は現在の東京よりも存在感があって、常に何かが起こりそうな予感に包まれていた場所だった。そういえば世界自身が奇妙に同一性を持って現れていて、パリもワシントンも北京も東京もベルリンもプラハもどこでも騒がしかった。別に隠れる必要性があったわけではないけれど、ぼくは自分の部屋に閉じこもってばかりいた。たまにどうしても孤独でいることに耐えられなくなると散歩で行けるほどの友人の下宿部屋を尋ねていくのだった。

ぼくは求道者のようだった。生活の日常のこまごまとしたことには関心がなく、ひたすら自分を鼓舞し導いてくれるものに取り憑かれていた。世界は向こうの方で熱く混乱していた。パリではオペラ座が占拠されて討論集会が行われたりしていた。そんな時に自分だけ将来の進路を考え、実務的な利益を求めるようなことに時間を使うべきではないと感じられていた時期だった。

時代精神というものが確かにあったような気がする。暗くした穴蔵のようなジャズ喫茶で時間を忘れるような大音響の坩堝の中に浸っているとそのような精神を感じているのが分かった。そんな暗い所でバタイユなんかの難しい本を開いて固まっている大学生がいたりした。夢ばかり見ていたのにそれが当たり前のように誰も責めたりしなかった、、、

(世界)資本主義考

以下は御厨鉄という方の「やさしい反資本主義」というブログからの引用である。私自身の学習メモとして転記しておきたい。

(引用元サイト:https://mikuriya-tetsu.com/anarchism/capitalism/839/

 

歴史

資本主義は「自然な」システムとしてあらわれる。人間のコントロールを超越した力によって生まれた山や丘のように形づくられたもの、人間の本質から生まれた経済システムであるように。

しかし資本主義は「自然な力」によってではなく、世界中の激しい膨大な暴力によって確立されたのである。第一に「先進」国においては、エンクロージャー(囲い込み)によって自給自足で暮らす農民を共同体の土地から追いだし、工場で働かせるために都市へ移らせた。すべての抵抗は破壊された。賃金労働の強制に抵抗した人々は、放浪者法vagabond lawsや投獄、拷問、強制送還や処刑の対象となった。イギリスではヘンリー8世の統治時代だけで72000人が放浪により処刑された。

その後の資本主義は西洋帝国主義勢力による侵略と征服によって広まった。共同体が彼らの土地から賃金労働に追いやられることによって、すべての文明が無残にも破壊された。征服を逃れたわずかな国々は――日本のように――国外の帝国勢力に対抗するために自ら資本主義を採用した。

資本主義が発展したところのどこでも、農民と初期労働者たちは抵抗した。しかし、最終的には巨大な恐怖と暴力に屈服した。

資本主義は人間の本性から生じる一連の自然法から生じたのではなかった。エリートによる組織暴力によって広まったのである。土地と生産手段の私有という概念は現在では自然な道理と思われているが、私たちはそれが征服によって強制された人工の概念であることを思いださなければならない。

同様に、労働力以外に売るものをもたない階級の人々はつねに存在したのではない――共有されていた土地が強制的に押収され、飢餓または処刑の恐怖の下で賃金のために働くことを強制されたのである。

資本が拡大するにつれ、資本は搾取しまた依存するところの、世界人口の大多数からなるグローバルな労働者階級を作り上げた。

(公論)中国脅威論に対する疑問

中国脅威論に対する疑問で参考にしたい意見を自分のためにメモしておきます。(経済評論家、三橋貴明氏のメルマガから転記) 中国脅威論に対する疑問, 2015/10/18 By ジェイコプス

「中国・韓国は敵だから嫌いでOK、仲良くする必要はない!」
との意見が大半で少し恐いです。

領土問題は全ての国にあり、その大半は起爆剤として仕組まれた場合が多いことを理解しておく必要があると思います。

三橋さんはことさら中国脅威論を煽るように聞こえて仕方ないのですが、私はいくつかの点で否定的です。

まず、洗国という言葉が度々出てきますが、満州族ウイグル族、そしてヒマラヤのチベット族といった民族を分断と血縁によって、統治する。この事実自体は否定しませんし、それが現中国共産党の戦略なのだろうと思います。
しかし、この統治方法は、広大な支那地域にあって、必然として発生した統治方法であり、中国独自でもなければ、中国発でもありません。
ユーラシア大陸を見渡せば、いくつも事例があるし、支那地域においては鮮卑による隋王朝がわかりやすい例で、その後モンゴル族の元、満州族による清でも、他民族による漢民族への洗国行為が仕掛けられています。結果として、純粋な漢民族など存在しません。
何が言いたいかと言うと、中国という国は他国に民族を送り込んで、種をまき散らし、その文化や言語・習慣を中華色に塗り替えてしまう特別な習性を持つ、極めておかしな国なので、警戒して排除すべき!と思い込まない方がいいということ。それは中国の持つ特殊性ではなく、支那地域という場所柄の必然性です。日本が洗国されるなら、朝鮮半島はとっくに洗国されています。

また、件のウイグル、ヒマラヤなど、中国共産党愛国主義戦略の結果、国内に火種を抱え、またロシア、インド、東南アジア諸国など、日本以外の広範なエリアに敵国を持ち、アメリカの様子もうかがわねばならない中国の軍事力が全て日本に向けられているかのように見てはいけない点。攻めたら勝てるかもしれないが、なんだかんだ世界4位の軍事力を持っていて、サプライチェーンで密接に結びついている日本に戦争をけしかけるメリットは常識的に考えて皆無です。
北朝鮮も韓国も然り。同様の理由で脅威とは思えません。震災後、北朝鮮も中国も国家財政から考えると親日的とも思える額を義援金として送ってくれています。それでも敵にしたい理由は、中国側にあるのではなく、国内の米軍基地を維持する日本側の事情とアメリカの要求でしょう。

逆に、ずっと単一民族国家だと言い張り、アイヌ琉球王朝を支配して洗国してきた日本という国は、韓国併合により韓国をも洗国しようと試みたが、失敗し、その反動で70年経ってもその恨みを買い続けているという見方もできます。もともとの日本人=縄文人単一国家でもありませんし、祖先は半島の血と中国の血に染まりまくっているのに。
自分たちが思うように、相手からも思われる。同じ土俵に立てば、喧嘩=戦争するより他ないことになりかねません。どこかでプチ戦争でも起こって、デフレを脱却しないといけない、そのために武器が売れる死の商人になりたい、そんな国になってるし思われてますよ。

こういうことを書くと左翼扱いを受けますが、日本の未来を真剣に考えた場合、過去から現代に遡って、いびつなもの、おかしなこと、なぜなぜなぜ?を突き詰めて勉強していくと、旧来の右とか左とか保守とかリベラルとか、ではわけられない考えに落ち着きます。
もちろん、三橋さんのおっしゃるように、財政出動して公共事業を増やす、移民を受け入れない、外資規制をする、と言う三橋三本の矢を実行し、日本国と日本国民が幸せになって欲しいと思っていますし、アメリカから真の意味で独立するために、国家予算20兆円を防衛費に当てて、日米安保地位協定のバランスを対等にしていくことも無理かどうかではなく、進むべき未来像だと思います。

昔の人はバカで情報弱者ばかりで、現代はネットもあるし間違いは起こさない、なんて思っていても、日本のメディアは世界で60位台の隠蔽体質で、この講座を聞いていない人の大半は、日本が財政破綻すると思っている。時代が経っても、ネットがあっても、この程度の民族だと自覚して、傲慢にならないよう注意すべきだと思いました。

 

居場所がなくては生きられない

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哲学書をまともに読み通した事がないことに気づいたと以前ブログに書いているが、今年は兎にも角にも一冊は読み終えようと目標を持つことにした。哲学に関する例えば入門書は竹田青嗣や「ソフィーの世界」のヨースタイン・ゴンデルは読み通している。中島義道のカント研究書や池田晶子の哲学エッセイもいくつかはともかく最後まで読んでいる。しかし、哲学書そのもの、例えば「精神現象学」や「純粋理性批判」や「存在と無」や「善の研究」や「ツァラトゥストラはこう言った」は、はじめの数十ページくらいでいずれも挫折している。やはり理解ができないのが読み通せない原因であるには違いない。理解できていれば次に読み進められるからだ。解説書にはわかりやすく書いてあるので入門書では読めるのだが、何としても入門書は哲学ではない。哲学の文脈で書かれてはいないからだ。

ここに哲学者自身の哲学入門書がある。マルチン・ハイデガーの「『ヒューマニズム』について」である。これはジャン・ボーフレというフランスの哲学教師に当てた書簡を綴ったものだ。これを今日読み始めて哲学者同士のやりとりを理解できている感じがしている。つまりこの本は読み通せる感じがする。ハイデガー本人が自分の哲学を解説しているので、評論家や研究者の解説ではなくれっきとした哲学の文脈なのである。

存在と存在者の関係とか、形而上学批判の意味がわかる気がする。(これが心底わかるというレベルにはまだ行っていない)なぜぼくが哲学に引かれるかというと、人間は存在を問わずにいられないからだ。というより、存在からぼくに問いが要請されるといった言い方が正確だ。日常の世界のどこかに居場所を得て満足することが出来ない者は、存在を問うて居場所を得るしか道がないからだ。宗教は何と言っても信じることであって、考えて真理に至る方法ではないからだ。

駄洒落かユーモアか

カズオ・イシグロの「日の名残り」を読み終わって、最後がユーモアの勧めで終わっているのが感慨深かったと昨年の暮れに友人にメールした。友人もユーモアについて感慨深いと返信してきて、それからしばらくユーモアがぼくの頭に残り続けることになった。そういえば村上春樹の「1973年のピンボール」を読んでいて、トロツキーがシベリアを4頭のトナカイで脱走した時、革命を誓ったとされ、それで赤の広場には今も4頭のトナカイの像が立っていると書いてあるが、それは「真っ赤な」嘘だったというのもユーモアなのかと思ったりした。

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年の瀬にというわけではないが

しばらくブログから遠ざかっていた。きままに思うことを書き綴るという趣味から離れていた。一つにはiMacが動かなくなって、何とか自力で回復を試みた結果諦めざるを得ず、AppleStoreに修理に出すことになったからだ。今はsonyvaiowindows os のお世話になっている。サラリーマンの時macだけではいろいろとコミュニケーション上不都合があって両方使うことになっていた。好きなのはもちろんmacである。
ところで無職の生活では、決まった仕事がないことから毎日が日曜日状態なわけであるが、3年間その状態で馴れてくると書くことが仕事みたいな感覚というか、時間的に座業の職業人のような状態に似てきて、単なる年金生活者なのについライターみたいに錯覚してしまいそうになる。あくまで素人であることの現実感覚を忘れないようにしないといい気になったりしそうで、何でもいい方に取るおめでたい自分に気を付けていようと思う。
さて、ブログで過去の自分を振り返って自分とはこんな人間かと見極めようとしたが、厳しさが足りなかったりあいまいさが付きまとったりでうまくいかなかったようだ。ただ、おそらくだけれど少し多くの同年配の定年退職者と違う所があるとしたら、客観的に見て倫理性ではないかと思う。
自分はどうしようもない堅物で不器用で奥手で、つきあいが下手なシャイな男といったところだろうと思う。それを倫理性というのは格好つけてるのだろうが、その言葉が性格的に一番しっくりする。だからこれから倫理的に深めていくのが自然なのだろうと見通しをもっている。

「笹まくら」を読んで

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丸谷才一の名著とされている「笹まくら」を読んでから二、三日が経っている。いつもだったら読後すぐに感想を書いてこのブログに記録することにしているのだが、ただぼうっとして衝撃が冷めるのを待っていた。つくづく思うのは、主人公の浜田庄吉(徴兵忌避逃亡中は杉浦健次)の時代に生きることがなくて本当に良かった、ということだ。ぼくは一番日本人が生きるのが過酷であった時代が子供の頃から恐ろしく、確か「黒い雨」を読んだ頃だったからもう30代後半くらいだろうか、それまでずっと(過酷な時代のことを)知るのを避けてきていた。日本人の一番悲惨なことが原爆でそれに立ち向かうために「黒い雨」を読んでその事実を身に引き受ける事が出来てから、次の「課題」は赤紙が来ることの恐怖をどう乗りこえるかだったが、そのために「笹まくら」を読んだのだった。全くぼく個人の偏った読み方だがそれでなくては体験というほどにならないと思っている。文学者を通じての体験にすぎないが、身内からは全体的な過酷さは知り得なかったので、知りうるには小説が手短かであり、読み方がしっかりしていればフィルター越しであっても真実はつかめると思っている。

さて、浜田庄吉の逃亡は5年間に及んだ。本人ばかりではなく両親の苦しみ、姉と弟が受ける苦しみもある。逃亡の旅先で出逢う恋人と恋人の実家の母親の受ける「共謀罪」の恐怖。執拗に迫る特高職務質問をかわす必死の機転の良さは医者の息子である主人公ならでこそと思わせる。インテリでありながら砂絵屋という香具師もこなしきるキャラクターの幅の広さ。とにかくなんとか逃亡は成功する。戦後がやってくるが生活の平和は20年後に奪われる。戦前と戦後は徐々に近似性を帯びてくる。そして今は、丸谷才一も死んでもう一つの戦前を迎えようとしているかに見える、、、

リブ フォー ユー

誰かのために何かをしなければ

誰からも相手にされないだろう

お前の名前は誰からも呼ばれることはないだろう

お前の姿は誰の頭の中にもない

噂になったり話題にされることはないだろう

みんなお前とは無関係に暮らしている、、、、

誰かでなくていい、お前の側にいる君にこそ 君のために

お前ができることをすればいい

でも何ができるのだろう

長いあいだ自分のことしか考えてこなかったから

君の気持ちや考えていることが

本当のようにリアルに感じることができない

お前が珍しく心配して尋ねたりすると

気を悪くされることが多かった

言葉がストレートすぎて心配りができない人と言われたりしたものだ

せっかく君のことが心配で訊いたのに

心配するんじゃなかったと思って

お前はまた一人に閉じこもっていた

会社では存在感の薄い奴と言われてきた

会社のために自分から手を挙げることをしなかったからだろう

お前はそれが何か見苦しいことのように思えたのだ

何か卑屈になるような気がしたし

仲間を出し抜くことのように思えたのだった

 

でも今はようやく

お前は君のために何かしたいと思っている

ずっと何もしてやれなくて

今さらと思うけれど

絶対にこのままではいけない

このまま何もしないで死ぬことはできない

と思っている

 

自分にとってなぜそれが問題なのか

他者のブログを読む時いつも感じることなのだが、その記事は他人に伝えなければならないかの理由を述べないで、いきなり書かれている、というものだ。日記なのだから別に構わないのだけれど、その人の関心ごとではあるにしても、なぜそれがブログに書かれなければならないのかと思うことがある。自分にとって切実ではあっても、誰かにとっても切実だとする根拠はどこにあるかとまではその人は考えないのだろう。

ぼくの場合も例外ではない。しかしぼくは、現代の定年退職者はこれまでとは全く違う境遇に遭っていると思っていて、自分の考えていることはその直面を捉えようとしているから、自分の切実と同じような切実を多くの定年退職者が抱えているはずという直感のもとに書いている。一言で言えば、意外に人生は長く、会社を離れてからやることがなく退屈な時間をどう過ごしていいか分からない、というものだ。退屈で退屈で仕方がなく、何事もする気が起きなくて、油断しているとすぐ眠くなってしまう、、、本を読んでもそれだけでは物足りない、、、お金が出ていくだけの生活から抜け出そうとアルバイトや株で稼ごうとするが、稼いでどうするのかがあまり思い浮かばない、、、

人生の目的をあなたは持っているか?ぼくは持っているのか?それが最後には残り続ける。稼がなくても生きていけるとしたら、何を求めるのか?世の中に役に立つことをする?しかしどんなことができるというのか?世の中に役に立とうとすると大概資格がいることが多い。今さら資格を取ってまでもやろうとすることが分からない。本当は救いを必要とする人がいっぱいいるのに、自分はそれに応えられない。あまりにも荷が重すぎて、自分の方がまいってしまう。勇気と希望をぼくが与えられるというのなら、それが知りたい、、、

今日を生きたか?

今日という区切られた偶然の1日をどう生きたか、という問題を設定してみたいと思う。何も特別なことがなく、目的からの1段階としてノルマ的な実施項目というものもなく、ただあったことだけは確かな、ごく普通の1日というものを考えてみたい。もしぼくの生命が限られてあることが痛切に感じられる客観的事実があれば、その1日はかけがえのないものになるはずだ。ぼくはとりあえずいつ死ぬかは意識しないで過ごせている。しかしこの一日を特別な1日という意図を持って書くという行為をやろうと試みた小説家の作品が存在することで、限りなく意識を働かせば特別な1日が存在したかもしれないという了解がある。ただぼくはジョイスのような能力がないというだけだ。だけどその知識があることで、今日という1日の可能的存在性がぼくには何となくわかるというアドバンテイジがある。

さてその1日は、どのように描きうるか。今日は12月11日だった。一昨日は晴れてこの日を外すとタイヤ交換がしにくくなると思って妻と2台分1時間半ぐらいかけて、二人でやった。昨日は午後テニス教室に行き、夕方に井上ひさし原作の「マンザナ、我が町」という劇を鑑賞した。今日は丸谷才一の「笹まくら」を少し読み進め、自分のサラリーマン時代のあるシーンが思い出されて嫌になりやめた。今日特筆すべきはこのことかもしれない。「笹まくら」は徴兵忌避した人の逃亡的な生活を描いたもので、負い目を抱える人の抑圧的な心に感染したのかもしれなかった。こんな読書に実はかなり考え込んでしまい、もう小説読みはしばらく中止しようと思ったくらいだった。負い目があると自信を失い、マイナス志向になってどんどん落ち込むのが、ぼくのような性向をもつ人間の自然な流れだ。何でも村上春樹を持ち出すのもどうかと思うが、彼の小説を読んでも落ち込まずどちらかというと読後元気になる。否定的に書くか、肯定的に書くかの違いなのだろうか?

その後全く久しぶりにサルトルの「存在と無」を少し読む。ややこしい「ある」と意識の厳密な分析についていくと、気分が晴れていくのを感じた。小説で汚された意識が綺麗に洗い流されたような感じがした。文学か哲学か、今日はそんな他愛もない選択を考えて、哲学書をとにかく一冊読み終えるというかつての目標を実行しようと決意した日だった。

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