彷徨える初期高齢者

結局自分自身についてしか確かなことは言えない。時代とその世界の中で生きて、自分を通してしか知りえないことについて現象学的記述を試みる。

「ダンス・ダンス・ダンス」と「日常生活の冒険」

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ダンス・ダンス・ダンス」には80年代を生きるメッセージが書かれているとどこかに書かれてあったし、村上春樹大江健三郎は同じ場所に立っていると文芸評論家に教えられていた。今日から「ダンス・ダンス・ダンス」を読み始めてその共通点に気づくのは自然なことだった。単行本が泉野図書館にあったので、単行本の40ページにそれはあってぼくの目を留めさせ、ブログにも書いて誰かの同意を得たくなった。

僕をいるかホテルに導いた、あの高級娼婦をしていた女の子に。何故ならキキは今僕にそれを求めているからだ(読者に・彼女は名前を必要としている。たとえそれがとりあえずの名前であったとしてもだ。彼女の名はキキという。片仮名のキキ。僕はその名前を後になって知ることになる。その事情は後で詳述するが、僕はこの段階で彼女にその名前を付与することにする。彼女はキキなのだ。少なくとも、ある奇妙な狭い世界の中で、彼女はそういう名前で呼ばれていた)。

このカッコ内で作家は直接読者に説明している、これは反則のようにぼくには思えたのだが、大江も同じことを「日常生活の冒険」でやっていたのだ。

読者に小説の舞台裏を軽々しく見せてもいいのだろうか?それも当の小説の中で、、、それだけに多くの村上ファンは親しみを覚えるのだろう、多分。

65歳になって振り返ること

人は忘れられぬ景色を

いく度かさまよううちに

後悔しなくなれるの

___________________松任谷由実

 

受け止めるためには君の何倍もの心の深さが必要だと

気づかされた時にはもうぼくの方はボロボロだった

君は自分の無邪気さの、奔放さに無関心だった

可愛いからといってぼくの心を弄ぶのは

ぼくの想像を超えていたのに

ぼくはけなげにもクールに構えすぎていた

 

そんなに強くはなかったことに

君がいなくなって思い知らされた

あれから君以上の人に出会わなかった

みんな慎重だった

無防備に、無鉄砲に自分を投げ出して

受け止めさせるような大胆さを持つ人に

めぐり逢わなかった

 

そこに真逆な人がいたことに気づいたのは

ぼくの心が苦悩の果てに入れ替わったからだ

ぼくの何気につぶやいて本人も忘れているような小さな一言を

何日も後になってぼくに思い出させた

ずっと何も言わずに長いあいだ待ち続ける人を

初めて知って泣いてしまった

ぼくがどんなにしていても待つ人がいることに、救われた

 

65歳になってみて思うこと

100歳になってわかったことというエッセイがよく売れているらしい。佐藤愛子の「90歳何がめでたい」もベストセラーらしい。それぐらいの高齢になってあまりボケないで何かを達観する人の言うことに耳を傾けたいと思うのだろうか?自分が100歳になった時にどうなっているかを知りたいと思うのだろうか?

今自分は65歳だが、若いころ描いていた65歳あたりの老人イメージが今の自分に全くないことに驚く。何か大人でない気がする。経験を積んだところで他人の参考になるはずもなく、人それぞれに生きることしかできないように社会に投げ出されているのだから、いつまでも歳をとらないのが実態ではないのか?

最近、田中慎弥という芥川作家を知る。大学受験に失敗してから33歳で作家になるまで実家に引きこもっていたという人だ。未だに鉛筆で原稿を書き、携帯(スマホも)、パソコンを持たず、もちろんメールやSNSをしたことがない。それで書きたいことを何でも書き「宰相A」でアベチャンのことを小説にしている。芥川賞受賞式での記者会見では賞をもらうのは当然と突っ張って見せた。

この人を知ってぼくはFacebookをやめることにした。そんなところに自分を出して見せびらかすのが恥ずかしくなった。ただしまだブログは続けるつもりだ。こちらは書くことの練習にはなるからだ。

今日は、年齢に意味がなくなったと書き残しておこう。

夏の日

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暑い日海がうねっていた 潮風が少女の髪をなびかせて 時間が止まっていた 海岸沿いのハイウェイに オープンカーが疾走していった 気だるさと眩しさと汗と 思わせぶりなふとした沈黙のあと ぼくは耐え切れなくなって キスしてくれと言った 君は待っていたように凭れかかってきた 夏の日は思い出の夏になった

高校生のころはプールによく行っていた 何か思いつめて黙っていた君を気づかないふりして 君の横に寝そべって感じていた 何も起こらず過ぎていく夏休み プールの後のイチゴのカキ氷は 君の唇を赤くした

いつまでも続くようにお互いが自己放棄していた 滑り落ちるように夏が過ぎていった 取り返しがつかない、離れていく距離 放っておいてはいけなかった ぼくはもっと君に譲って 自分を捨てるほど君に心を向けていればよかった 大切にされているという感じがしなかったと君は言った その通りだ ぼくは見返りを求め過ぎていた

どこかで諦めていた気もする 信じることができないという不幸をあまり真剣に考えなかった 小さなことが大事だったのだ 心の中の出来事を本当に起こっていることのように思えなかった でも、それこそ自分が直面することだったのだ

再び書くことについて

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自分を題材にして文章を書くことに何かがあると思っていて、それは自分が考え続ける場所というものを作ることのような気がして、そのために書き続ける習慣を持つのがブログを始める動機だった。とにかくある程度のボリュームで書き続けることが必要なのだ。昨日はそれに失敗して途中でどうにも書く力が湧いてこなくなることが起こった。書いた文章に自分の匂いのような感触がなく、書く動作に自分を乗せるというか同期させることができなかった。書くことにもノリが必要なのだ。

昨日、小松左京の「日本沈没」を読書会に採り上げる約束を友人としていてその準備に考えあぐねていた。これも小説でSF小説と言われているけれど、でもそれは文学かと問うてみるとどこに文学としての芸術性があるのかと思うと急に書く気力を失ったのだった。ぼくは結局芸術性という曖昧な、しかし強烈な想像空間がたまらなく好きで、小松左京の「日本沈没」にはそれがなかった。小説という形式にはどんなことでも入れられるので、企業小説や経済小説という分野もあり、小説イコール芸術ではないのだろう。「事実は小説より奇なり」という諺があるように、事実や事件や歴史的な出来事を人に伝え、何か意味深い物語にするというのは小説に古来から求められていたことに気づく。ただ、それは小説とは呼ばずに小話や説話や物語と呼んで区別されているのだろう。そういえば近代的な小説らしい小説は、夏目漱石によって創造されたということをどこかで読んだ。

、、、ここまで書いてきてある程度のボリュームになった。この小さな達成感にいつも安心してしまってここらでブログにアップしようかとなるのだが、今日はもっと粘ってみようと思う。これまでと違って安易な妥協はしないと自分に言いつける。そうすると少しばかり成長するかもしれないと希望が湧いてきて、頑張るのだ。そうやって自分を成長させるのがこの「定年後の文学人生」なのだ。、、、と、オチがつくとまたここらでやめたくなるのだが、それも今日はやめずに書き続けよう。

さてようやく今日書くことのスタートにつけたような気になった。ぼくは現在65歳だ。石川県の金沢市の隣の野々市市というところに23年前に金沢から転入し、家を建てて住んでいる。3歳下の妻がいて子供はいない。年金生活者だ。ただ多くの年金生活者の同輩とやや違うのは仕事もボランティアも地域活動もせず、本を読むことを日課としてテニスで健康を維持し読書会で地域とつながっている。ここまでを最低限の生活として退職後4年かけて確保してきた。今、築23年の自宅の一部をリニューアルしている。浴室、洗面所、外壁と玄関ドア、屋根を新しくした。1階のリビングにもようやくエアコンを入れて、出窓を普通の窓に戻し機密性を高め、結露対策をした。近所に母が一人で住んでいて、買い物や病院通いに付き合っている。以上がぼくの外的環境だ。これと同時に文学的、というのは内的実存的、環境を記述してみる。まずサラリーマンという非支配関係からは解放されてまるで学生時代に戻ったような自由な気分を取り戻している。自由なということは孤独でもあるし、無名の存在でもあってまだ生涯を掛けるような仕事にも出合っていない、無力感とも戦わなくてはならない。退職後はまず自分と同年代の作家の小説を読むことにした。主に読んだのは村上春樹でぼくの4歳年上になる。同年代を意識した女性作家では桐野夏生(2歳上)がいて「抱く女」と「夜の谷を行く」を読んだ。村上龍の「69」も読んだ。現代史の特異点である1968年からその名残りの1972年あたりがぼくの青春の時期でもあるので、その頃の今からすると奇跡のような「雰囲気」を自分の内面に再現しようとする欲望がある。以上が内的実存的環境だ。

内外の環境はそうだけれど、書くことでこれからぼくに作り出される環境というものについても考えてみる。その環境は拡張か、転移か、交代か、漂流か、進化か、深化か、それとも退却か、縮小か、断絶か?思い描いてみると深化と漂流に気が向くようだ。気ままに暮らしたいがどこかに芯となるところへ向かいたいとも感じる。文学でいうと古典の世界だ。ゲーテの「ファウスト」、ダンテの「神曲」、紫式部の「源氏物語」、、、これらの古典をこれから読むとして書く方は何を書いていくのか?

ぼくはいつ頃からかよくつかめていないが、日本人の一人として原子爆弾による被害をどう受け止めるのかぐらいは義務として自分に課すようになっていた。そういう発想で、戦争そのものや戦争に導かれる状況についての関心や、戦争を起こす国家というものに向き合う個人的立場で何が可能であるかなどに関心がある。書くとしたら個人の可能性ということになるが、具体的にどこに焦点を合わせるかは分からない。

「カフカの始まり」

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小説を面白そうだから時間つぶしに読むのとは違って、自分を精神的にタフにし、生きるエネルギーを来るべきときのために蓄積するように読むことが可能だろうか。「海辺のカフカ」の田村カフカ君はそのような読書を15歳で課せられた。

今日からぼくにとってのカフカ週間が始まる。「審判」を読み、途中まで読んだ「アメリカ」を再開させ、坂内正の「カフカ解読」を読み、確かなカフカ像をぼくの内に作りたい。カフカは何を文学に求めたのかを知りたい。カフカの小説に登場するのはどういう人物かを把握していこうと思う。

もとよりどうしてぼくはカフカを読む対象に選んだのか、自分に訊いてみなくてはならない。シェイクスピアバルザックプルーストを読むのとは違う趣向がある。どこか人間の存在深く切り込んでいく、謎の世界に導かれる展開力は独特のものだ。ドストエフスキーにも強力な推進力があるが、カフカはより孤立していて不安の中にどんどん追い込んでいく推進力だ。気付くのはその推進力にはどちらも幾分ユーモアがあることだ。どうしてだろう?あまりにも救いのない時、笑うしかないからだろうか?いや、どんな時でも笑うことでひとまずは自分に余裕ができるからだと思うことにしよう。

そうしてタフになるのだ、、、多分。

自分の幸福と時代を生きること

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少しブログへの投稿を休んでいた。自分では書かないが他人のブログはいくつか読んでいた。書くという作業はおしゃべりより面倒くささが伴うので、ブログには書くことがさほど苦痛でない人や自分の立ち位置がしっかりして自分の情報に価値を見出している人が集まることになる。ぼくはといえば書くことで自分が今何を考えているかをはっきりさせるという構え方で、ほとんど書く練習をしているようなものだ。そういえば、最近村上春樹がラジオのディスクジョッキーを始めるらしく、金沢では明後日の月曜日夜7時に聴くことができる。文学の話はほんのちょっとは出るのだろうか?

さて、このブログに書くことはラジオではないが自分で情報発信というステーションを持つと捉えることも可能で、むしろ媒体の機能を意識してマーケティング発想も取り入れるとプロ意識も生まれるのかもしれない。作家やミュージシャンといえども今では何らかのマーケティングをしていることに気づくことがある。ユーミンはもともとマーケティング志向だと思っていたが、平野啓一郎も自分のサイトから「マチネの終わりに」の感想を求めていて、そこに掲載された著名人の感想を本の帯に採用するということをやっていた。

マーケティングとは商人的態度になることだが、つながりを作る技術と思えばやりすぎない程度に取り入れることは良しとしよう。

さて、今ぼくの頭にあるのは「羊と鋼の森」という小説をめぐって、自分の幸せに忠実になることの是非みたいなことを考えてみたいと思ったのだった。「羊と鋼の森」はピアノの調律師の物語だ。こんな幸せな職業が現代にあることに驚いたのだが、まさにニッチをうまく小説の題材に取り上げている。ピアノの音を相手にしていればよく、世の中の雑音は必然的に消される。ピアノを調律する基本となるのが「ラ」の音で、400デシベルぐらいに音叉を使って共振させるのだが、それを哲学科出身のこの作家は、「世界」に漂う潜在的な音ならぬ音と「つなぐ」作業だと表現する。「世界って何だよう」と、主人公の弟に叫ばせているように、ぼくにもこの「世界」という言葉に飛躍を感じた。それにしても随所に成長するには何を学んでいけばいいのかが親切に展開されていて、特に職業選択に直面する学生には最適の小説になっていると思った。ところでぼくには、ピアノ以外の雑音の世界にやはり止まるのが自分の務めだと思ったのである。自分の幸せのためなら自分の見たいものだけを見て、見たくないものは見ないことにして自分の決めた目標に進むことが許されるのか、という問題を考えてみたのだった。そういう人生は確かに幸福かもしれないが、時代(歴史)とともに生きたことにはならないとぼくは思った。

、、、しかしそうはいっても、結局は思い通りの人生など送れるはずもないのだから、小説の中ぐらいは自分の見たいものだけで生きても許されると結論しておこう。

私とは何か

意識の中に「私」はいない。「私とは一人の他人である。」

そして、意識は、「内部」や「内容」をもたず、

それ自体が「絶対的内面性」である、

サルトルは言う。

 

意識と「私」という自意識を区別している。意識をそれ自体として私から切り離して分析すると、「絶対的内面性」であり、私はむしろ意識上は他人であると言っている。ここで取り上げられている意識はデカルトからフッサールに至る哲学が問題にしている意識だろうと思われる。哲学には容易に私などという主観が入ってはいけないのだ。

いや、そうではないかもしれない。主観、客観の二元論を誤りとするところにフッサール現象学があったはずなので、主観が主観のまま客観と一致する方法が現象学だとしたら、私は他人と同じになるのだろうか?

サルトルはむしろ私は他人と同じで分かりようがないと言っているような気がする。私は即自存在であり永遠に意識が到達できない存在なのだ。そういえば、実存は本質に先立つというのは、私の存在性のことを言っていて、自分で自分のやっていることの意味がわかる前に存在させられているものだ、と言っているのかもしれない。

そうだとしたら、私とは何かを問うことは、いつも私の過去についてだけ確かなことが分かり、未来については「無垢」であるしかない人間の真実を知ることになる、と言えそうである。

「故郷化」して世界内存在として自立する

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ぼくが何かを書くとしたら、現在の場所を「故郷化」して世界内存在として自立する、それは資本主義的生との対決の場になる、というようなエッセイとなるだろうと以前ブログに書いた。「故郷化」については何の説明も加えなかったが、「故郷化」の故郷は、ぼくの幼年時代の金沢の庶民的な生活環境が原型となっている。それはサラリーマンになって故郷を喪失した時に面影として求められるものになった。昔の人(ぼくの親世代の人々)なら共通して持っていた心の内風景といったもので、挨拶やいたわりや気遣いの時にそれぞれが共有するに至る感情なのである。「袖振り合うも他生の縁」という仏教語が生きていた時代があり、街に住む他人は縁を共通にすることが暗黙のうちに了解されていたのだった。それは鬱陶しいものではなくて、愛情というほどではなくて、温情というか当たり前感というような感情だった。欧米人と同じ合理的価値観を持つ現代人には、初めからないものかもしれない。金沢という街にはその片鱗が感じられるので、観光客が惹きつけられるのかもしれない、、、

しかし、「故郷化」とは一旦失ったものを再生させる方法についてその原理を明らかにしようとするもので、観光という商業では一時的に過ぎない再生をいつでも再生可能な、書かれたものにしなければならない。それはぼくの心深くに降りていかなければならないし、追体験が可能なほどに普遍的でなければならない。ぼくの心深くに何があるのだろうか?

小説の中の死とは

さっき今日の買い物でイオンに行って帰ってきた

妻が夕飯のための買い物をしている間

日陰の駐車場の車の中で、いつものようにお気に入りの

録音した昔の曲を聴いていた

 

クインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ

ホリーズの「バスストップ」

宇多田ヒカルの「オートマチック」

ローリング・ストーンズの「ラストタイム」

坂本龍一の「戦場のメリークリスマス

、、、、、、、、

 

どれもよく聴いていた頃を思い出す

何回聴いたかわからない

ぼくにとっては永遠の今だ

少しも色あせず時が止まって、今を生きている

 

しばらくして、村上春樹の小説に死者が多いことの

理由について考えていることに気づいた

死者にとっては死んだ瞬間に時が止まる

彼は時を止めたいために死者を作り出しているのではないかと

ふと閃いた

ジェイ・ギャツビーにとってはディジー との再会から始まる

時間だけが意味のある時間だったように自分の死を受け入れたことに

あれほどまでに、あの小説に深い共感を得たのではないだろうか

 

小説の中では死を書くことができるという発見が

村上春樹を小説家に向かわせたのではないだろうか?

それは、1968年を止めることができると、、、

 

もとよりそんなことがどうしてぼくに問題になるのか

誰も気にしないとは思うが

突然問題が降ってくるというのはぼくにとって

真実に近いことなのだろうと思う

 

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書いたものの中で生きること

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これはカフカをめぐる自分の中のつぶやきにすぎないので、誰かが読んでも何の参考にもならないことをお断りしておく。、、、などと偉そうなことを言って自分にとってしか意味のないことを書き付ける場というものをありがたく思う。来月ぼくの住んでいる野々市市という金沢の隣の街の公民館活動の一環で、合同読書会がありぼくが課題本を選んで司会をすることになった。課題本はカフカの短編「判決」なのであるが、どうして選んだかというと「短い」からが第一の理由になるというお粗末なことであるが、何しろ26部を参加者のために自分でコピーしなければならないから短くなければ大変なのである。

さて自分が司会となると少なくともカフカを自分なりに解説しなくてはと思う生真面目さがぼくにはある。カフカと自分を何かで関係付ける必要があると思い込んでかれこれ1ヶ月ほど経ったことになる。カフカ入門的な本があり、坂内正の「カフカ解読」という新潮選書を若い頃買ってあった。その時はよく読めず挫折していたのを読み返したのと、村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだ経験から何か自分でも言えることがあるような気がしていたのだった。

ぼくはカフカ村上春樹の共通性は何かと考えていたようだ。カフカ村上春樹を同列に置けないから、村上春樹カフカから学んだ最大なことは何かと言い直さなければならないが、それはカフカは自分の小説の中で生きることに賭けた人生を送った人で、その生き方を村上春樹は1968年を生きてからの人生を送るのに学んだのだとぼくは思う。小説家になることを商業的な成功の一つとして目指さないのはもちろんなのだが、虚構の方に人生の主軸を置き自分で自分の人生をつくる(=書くこと)という「受難」を選んだことが共通しているのではないかと思った。もとより小説家という人種はそのような生き方を選んでいて、作家なら誰でもそうなのかもしれないが、自分とは別の世界を描く作家もいるからそういう作家と二人は明らかに違う生き方をしていると思う。むしろ自分であり続けるために作家になっているし、具体的な書き方もカフカが拓いた方法があり、詳しくはぼくは書けないが小説世界を成り立たせる文体(実人生の小説への取り込み方)が独特なのだろうと思う。

とにかく合同読書会では、カフカ文学の文学に対する愛を感じて欲しいとコメントしようと思う。

あの時代を生きた世代

年齢を重ねるごとにナイーヴな心情をかけ替えのないものとして
慈しむ気持ちが成長してきている
それはあの時代に青春を過ごしたからこそであると
失われた時代を慈しむことと重なることになった

今はぼくより数年下の世代にはもとより通じないが
不思議なことに40年もすると珍しがられる
ぼくたちにとって、どの時代にもない独特の乾いた
にじみ出るような存在の心地よさがあった

エロスに知的なエレガントが加わる風情には
東から吹いてくる風がどことなくオリエントを感じさせ
ぼくたちは無国籍な潮流で日本の伝統に
新しい優しさを重ねようと、不遜にも挑戦したのだった

吉田拓郎アジテーションのように歌った
泉谷しげるは情念の解放区を歌った
ユーミンは無国籍の女神だった
村上春樹はキザな語り口を発明していた
村上龍は暴力とセックスを想像力に閉じ込めた
大江健三郎はいつもそばにいてくれた
サルトルは状況を語りどちらの立場をとるか迫った
埴谷雄高は文学の力を信じさせた

乾いた夏の、都市の蜃気楼のような
時間のない形而上的な永遠に育てられた世代だった

www.youtube.com

芸術家のミューズ

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片思いの女の子を想いながら

その子の家の近くまで歩いていた小学校のころ

かすかな純情の破片が今もこころのどこかに残っている

思い出すという奇跡に驚き、時間が一瞬で遡る

果たして恋心などというものは成長するものだろうか

真実を知るたびに憎しみが生まれてくるような

孤独と悲しみなどでもう無くなってしまったと

とっくに忘れていた感情がある音楽とともに甦る

 

田舎から都会に出てきて出会うセンシティブな爽やかさにも

慣れてきた青春のころ

自由と少しばかりの放縦と夜の果てしなさを知って

偶然の出会いに立ち止まり

立ち去らないまま見つめ合うことにした日もあった

「あなたは私に似ていると言われた」と

ぼくを見た彼女の友人が言ったことを話した時

ぼくは彼女のものになって結婚していたら

どんな人生が始まっていたことだろう

 

永遠だと思われた無為の日々が

なぜかわからぬままに失われようとは

あまりにも大切なものに気づくのがいつも遅すぎる

こころには沈殿して決して死んでいるわけではない

芸術家のミューズが実在のように甦らす

悲しみを帯びた旋律を思いがけなく奏でる

そんな幸福がどれだけあるだろう

歳をとることは若返ることだ、、、

 

小松左京著「日本沈没」を読む

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好きな作家や尊敬する思想家の本を自分に取り入れるようにして読むことが多いのだが、たまには思想的には真逆ではないものの違う思考をする作家のものも読む必要があるとして、小松左京の「日本沈没」を読んでみることにした。これまで累計400万部の大ベストセラー本であるので、影響力のある小説ではある。SFに分類されるようだが真実から遠いわけではなく、3.11を経験し首都圏大地震も想定されている現在からすると、むしろ最悪をシュミレーションする科学的で想像的な思考実験のように受け止めるべきかもしれない。

登場人物は日本からの脱出を指揮しなければならないから当然現体制側のエリートたちになるが、海底探索や地震、気象予想などの学者や技術者も登場する。高校の授業に地学があったが、この学科が地球を科学的に分析しリアルな結果を出して現代人の自然認識を深めるものであることなど、受験科目でなかったこともあって全く思いもよらぬことであった。小説を読むことで地球が生きていることに気づかされるのだ。これも小説を読む効用の一つだと今更ながら思う。

地上のことしか見えないから普段関心が及ばないが、地下には地上の高さの数十倍(何と曖昧な言い方で申し訳ないが)の鉱物やマントル層があり、それはそれ自身の時間で動いているのである。マントルは気象予報のように低気圧と高気圧の相対的な動きとパターン的に類推することができるみたいなことも書かれてあった。日本海の地下にある海溝付近でマントルが動いて日本列島が沈没する想定らしかった。ぼくの科学的知識が乏しいので怪しい理解になって漠然としか書けないのだが、小説ではもちろんリアリズムを保つための専門的な知識に裏付けられている。(竹内均の監修下にあり)

不思議なのは原発の破壊状況は描かれておらず、わずかに海底に沈む前にシールドされた原水炉の放射能漏れを海底で調査することが申し訳程度に書かれてあっただけだった。原発に関する専門知識が弱かったのだろうか?SFであっても原発に関する専門的知識がなければ書けないのだろうと思われる。逆に専門的知識と想像力があれば、3.11の原発事故は小説によって防げたかもしれない。それだけの力が小説にあるとしたら、文学はもっと国民的な教養になるだろう。

「マチネの終わりに」を読んで

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平野啓一郎には惹かれるものがあった。スローリーディングに関する新書を読んでいたからだ。作家の読み方を教えてくれるので当然正当性があると思って読んだ。細部というか、クライマックスを導くエピソードのような伏線に注意するといい、と言っていた。「マチネの終わりに」は人気小説で、金沢市の図書館に予約待ちのまま半年ぐらいかかって通知が来た。本格的な恋愛小説に浸かってみるのもいいかと自分に許可を与えていた。ちなみに本格的な恋愛小説はバルザックの「谷間の百合」やフローベールの「ボヴァリー夫人」、現代小説ではベルンハルト・シュリンク「朗読者」を読んでいて、日本のものでは山本周五郎の「柳橋物語」を芝居で鑑賞している。

そのような「経歴」からすると、「マチネの終わりに」は程よい恋愛(悲恋)物語としてその恋愛感情を受容することができた。過剰なものはなく、どんでん返しもそんなほどではなかった。主人公が天才的なギタリストでヒロインがリベラルなジャーナリストという設定で、芸術と国際的な政治状況が破綻なく展開されていてこの作者の音楽の造詣の深さと現代認識は確かなものだった。小説の中で登場人物が会話したり議論する場面でのリアリズムには、作家の現実認識が当然反映する。ヒロインがアメリカ人の夫を、新自由主義者と呼んでいることが分かるようになっている。おそらくこの本の読者の多くはヒロインの味方をするだろうから、1%の超富裕層対99%のその他という格差図式のもとにリベラルなOccupy Wall Street運動に理解を示すはずだ。その他ヒロインの父はユーゴスラビア紛争を映画化して民族派から命を狙われるような社会派の映画監督であり、東欧の現代史にも読者を誘っている。フセイン後のイラク取材中に自爆テロに遭って、PTSDを患うヘヴィーな体験も盛り込んでいるから、かなりアクチャルな現代が背景にある小説でもある。だからメロドラマ的ロマンスばかりの恋愛小説ではない。

そういう背景だとしても、恋愛には幾つかの偶然が重なり、微妙なすれ違いや価値観の違う女同士の戦いなど恋に欠かせない仕組みもふんだんに仕掛けられている。19世紀や20世紀の恋愛小説にはない、21世紀の美のロマンティズムを堪能できる作品と言えるかもしれない。林真理子は「今世紀読んだ最高の恋愛小説」と評していた。