開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

老いは記憶を変える

Spotfyでどんな曲でも聴けるようになって、子供だった頃によく聴いていたロックやR&Bも聴ける。何と半世紀も前の曲が聴ける、ということはその頃の感じがひと時のことであるが蘇るのである。人生の時を超えて曲の中を彷徨うことができるという楽しみが加わった。

そのことで何とも無鉄砲な欲望が湧いてきている。過去の記憶を作り変えたいという欲望だ。それは押しとどめようがないかもしれない。

それから

過去の自分のブログを読んで、この時の置かれた地点からどう進んだかを反省してみる。

hotepoque.hatenablog.com

青春の頃に帰ってサラリーマン時代にすっかり捨てていた「自己」を取り戻すことに飽きて、次に何をするかを見つける地点に来ていた。今の地点を総合的に記すことは少し面倒を感じるので、何をしたかを書いておきたい。

まず、寄付をした。KATARIBAという団体のサポーターになった。毎月1000円が私の銀行口座からこの団体に振り込まれる。貧困や災害に遭って困っている家庭の高校生に大学受験を勉強ばかりではなく、いろいろなアドバイスもする(ナナメの関係というらしい)大学院の学生の支援活動に寄付することにした。その寄付で、支援先の子供達と繋がれることが今の私には喜びになる。それは自分にとって一歩前進になると思っている。

www.katariba.or.jp

16歳から読む世界文学

定年後の自由な身分になって自分の人生を分析対象に選んで回想を繰り返していると、つくづく内面世界が掛け替えのない貴重なものに思えてくる。私は貧困の家庭には生まれなかったが、経済的に裕福な家庭とは根本的に違う人生訓の中で育てられた。つまり我慢することを教えられて、比較的私は物分かりのいい子供だった。小学生の6年間はずっと級長に選ばれていた。私は先生がクラスのみんなに聞く時にいつも選ばれないように願っていたが、押し切られて仕様がなく受け入れていた。その時の困った感じが今でもかすかに感じられる。小学生の間はあまり本は読まなかった。読んだ本は、宮沢賢治の「風の又三郎」と、リビングストーンの「アフリカ探検記」と、ジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」で、それらは読んだ時の面白かった感じが残っている。つまり冒険の楽しさに何らかのイメージを疑似体験的に持っている。その後中学生になってからは、アメリカンポップスにハマり、ビートルズストーンズだけではなくオーティス・レディングなどのR&Bなども少年の魂に響いた。それらの音楽は内面世界というよりは身についた感じがする。世界ではなく身体性に影響しているように思われる。私の内面世界を作り上げているのは、16歳から読み始めた世界文学にある。なぜ言い切れるかというと66歳の現在の私の内面を覗くと、その世界が他の経験と比較して圧倒的と感じられるからだ。内向的な性格だということもあるのだろうが、外見は平凡で普通でおとなしいけれど、内面は大胆不敵に無限に広がっている。それは静かな自信に繋がっている。必要な時に落ち着いていられるし、逆境に陥っても支えになってくれた。

いじめなどの逆境にどう立ち向かっていくのか

先ごろ来日したローマ教皇は、いじめなどの経験を語った若者3人に対し、逆境にどう立ち向かっていくのかを説いた。以下、スピーチを引用。

president.jp

「ランボー着色版画集私解」

私は今現在66歳で退職してから5年経っている。ブログはもう生活の一部になっている。これまでブログでの呼称は「ぼく」を使ってきた。その方がブログ内で自由でいられると感じてきたからだ。今日から呼称を「私」にする。主観から客観への移行だ。

私の求めている世界は大学時代にピークを迎えている。就職して地元の企業に入る時に一旦全てを終了させた。ピークに至るために読もうとして手をつけていた書物は、本棚奥にしまわれて封印されることになった。マルクストロツキーサルトルランボーボードレールロートレアモン萩原朔太郎埴谷雄高西脇順三郎黒田寛一梯明秀などの本は封印された。現代美術、現代音楽、現代詩の作品は遠ざけられた。思想信条趣味がすっかり変えられた。就職するためにはそうする必要があった。

だが、今はもう自由だ。封印はすでに解かれて数年経っている。人生のピークは遠に過ぎてはいる。これから第二のピークに向けて私は歩いていく。

先ほど、寺田透の「ランボー着色版画集私解」を読み始めてそうしようと思った。

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定年後の研究テーマ

今朝まだ暗いうちの4時半に起き出した。放送大学の放送が始まる6時45分までにはかなり時間がある。今朝はこれにしようと「ヘミングウェイで学ぶ英文法」を持ってリビングに降りていく。この本は、表紙に柴田元幸の「文法をみっちり学ぶことと、小説を楽しむことは、実はひとつである」という一文が帯につけられている。この一文が目に入らなかったら購入しなかった。

今日は「Cat in the Rain」の読みどころを文法を交えて徹底解説してある箇所を精読した。ヘミングウェイは奥さんとうまくいかなかっただろうことがよく窺われる内容だった。

それはさておき今日書きたかったのは、自分自身の研究テーマらしきものが浮かんだことについてだ。定年後の趣味のレベルを超えるものではないのだが、それでも何か研究するものがあると生きがいになると思い続けていたように思う。それは最近加藤典洋の「日本の無思想」を読んだことが影響していると感じる。加藤は日本人のタテマエとホンネという言葉のまやかしについて、独特の感性で追求していた。

ぼくはかねてから、いじめ問題で加害者側の非があまり問われることなく、被害者の対処法の方が問われることに疑問を抱いていた。悪いのは加害者なのに被害者の方が悪いような話の展開に、何か独特の同調圧力のようなものを感じるのはなぜだろうと思っていた。(最近は加害者も問われるようになって来てはいるが)

ともすると弱い者を助けるよりは、強い者の方につく(あるいは下の者を無意識に見下す)傾向が多く感じられる。ぼくは基本的にその空気が我慢ならない。強い者につこうとする弱さや狡さが人間として惨めっぽくて大嫌いなのである。

最近、首相の桜を見る会が追求されているが、追求する野党の方を非難するコメントをたまたまFM神戸の番組のパーソナリティがしていたのを耳にした。悪いのは税金を好きなように使う主催者側なのにどういう仕掛けで逆転するのか、そこに似たような匂いを感じるのである。それは日本人独特なのかもしれないと思って、研究してみたいと思った、ということを忘れないように書き留めておきたい。

小説は親しみを作り出している

今朝、というのは早起きを習慣にしているので7時ちょっと前になるのだが、いつものように早朝の読書をしていて気づいたことがある。ここしばらくは来月読書会の課題本に選んだ「苦海浄土」を読んでいる。それは突然頭に浮かんできたのだが、「苦海浄土」とどう関係したのか分からない。

小説は親しみを作り出している、というものだった。すでに「苦海浄土」を購入して毎日のように読む時間を割いていることは、自分は作者の石牟礼道子さんとその作品にリスペクトを抱いていることを示している。リスペクトからもっと近付きたいと思って相当の時間を費やして「読んでいる」。石牟礼道子さんの水俣病罹患者への愛情ほど強くはないが、その愛情に支えられた文章を読むことでぼくも水俣病罹患者や不知火海や港や近くの山々に親しみを覚えるようになっていく。石牟礼道子さんの自然を描く文章は温かで自然が生きていることを感じさせる、宝のような文章になっている。

改めて漁師さんの至福を羨ましいと気づかせてくれる文章だった。ぼくは多読の方ではないが、これまで相当な時間を本を読むことに費やしてきた。その時間は友情の心を涵養してきたのだと思わせて、しばし心の底に温かいものを感じ続けていた。

これを書いてから、石牟礼道子さんというのは神様みたいな人なのだとこのYoutueで知った。

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11月19日のFTA採決

桜を見る会」で騒いでいる間に、国民生活にとって致命的な採決が国会で通ってしまう。99パーセントの国民が100年の未来に渡って困窮していく道が作られてしまう。

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働かない人は存在していけないか

今日ぼくとしてはこれまでに完全に噛み殺していた、自分を非難する世間の声を久しぶりに自分の内部に聞いてしまった。そう、健康でまだ働けるのに何でお前は何もせず家でぶらぶらしているのかという声だ。近所にNさんという元民生員の人がよくうちの前を歩いて通るのだが、ばったり目があう時以外は挨拶はしない。今日2階の窓から彼女が通るのをチラっとみてしばらくしてから、その声がじわっと湧いてくるのを感じた。

これまで妻や妹から何か仕事をしないのかと言われていてもまるっきり平気で、働かないのは定年退職者の当然の権利のように主張していた。せっかく38年も働いたのだから働かずに食べていける環境を生きるのは、与えられたチャンスで生かさなければもったいないくらいに考えているのである。その強がりが今日崩れかけた。

中島梓の「コミュニケーション不全症候群」という本を最近野々市市図書館から借りて読んだのだが、オタクや拒食症や腐女子の精神構造には共通してコミュニケーション不全症がある、と説いていた。世の中のこうでなければならないという圧力に過剰に適用しようとすることから、コミュニケーション不全症という病気にかかっていて、それは人が思う以上に危険な社会的兆候なのだと警鐘を鳴らしていた。

ぼくのような定年後何もしない初期高齢者もこの病気の予備軍になりかねないと思った。働かない人は存在していけないというプレッシャーを感じても、過剰に適用しようと考えてはいけない。このプレッシャーを何かで返す、自分なりの「仕事」をしようと思っている、、、まだはっきりはしないが。

誰かのためのビジネスから、自分のための人生へ

以下はぼくがブログを書き始めた時の出発点について書いている。改めて読み直してみてほとんど忘れていたことに気づかされた。なので、もう一度再掲載して再出発しよう。

ぼくがサラリーマンだった頃、会社のために働くのではなく自分のために働けと言われた。ぼくはサラリーマンをやめたら、起業家になることを目指していた。起業家は自分のためではなく、他人のためにサービスすることが正しいとされた。 メッセージは自分が言いたいことを言っていては通じず、相手の身になって相手が知りたいと思うことを言わなければならないとされた。お客がいるからお客に合わせる必要がある。お客とは自分以外の誰かだ。ぼくはお客のニーズを知ろうとして、ひたすら誰かのために役立つことを自分に課した。自分の好きな事はお客にとって役立つことの中になければならなかった、、、、 そういうことを考えているといつか自分がなくなっていた。自分をマーケットという小さな世界にしばりつけていた。 今自分の人生を取りもどそうと、自分の感じたことに集中しようとしている。誰かのためなんていう欺瞞から自分を解放させる術を身に付けたいと考えている。それを教えてくれるのが哲学と文学である。もう一度自分が命がけでもがいていた青春に帰って、自分のための人生をスタートさせようと思う。

「失われた時を求めて」を読む理由

『優雅な生活が最高の復讐である』と題されたブログサイトからの引用。

tomkins.exblog.jp

私はパリの上流社会を描いて高踏的で享楽的と考えられがちなこの小説を読み解くことが、極限的な生活を送る捕虜たちの精神にとって死活的な意味をもったことに深い感銘を覚えた。

つまり、21世紀に生きる現代人の存在論的回復のために読む必要がある、ということ。

想い出のシャコンヌ

生のクラシックコンサートに行けるような身分ではもちろんなかった。道端に置いてあった森永アイスクリームのベンチを勝手に拝借して、アイの所は「愛」に塗り替えて置いてあるような薄汚い美大生の下宿部屋で、バッハのシャコンヌが鳴り響いていたのは割と立派なオーディオ装置からだった。壁には「パリコミューン100周年政治集会」のポスターが貼られていて、そのタイトルはランボーの詩から引用された語句で飾られていた。パリコミューンのキナ臭い噴煙の上がる蜂起空間とバッハの無伴奏パルティータは、モノクロ映画のワンシーンのように「似合って」いた。その下宿部屋は小さな祝祭空間だった。それはぼくの心に重くて内臓的な疼きを沈殿させた。もう45年以上経っても忘れられない想い出になっている。

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定年退職者の手記について

過去のぼくのブログにこのようなことが書かれている。今読み返してみて「すべての人間関係が希薄」だったという部分に少し注目してみたい気になった。

サラリーマンだった38年間は、他者の生き方をなぞって生きてきた。生きてきたとも言えないかもしれない、押し流されるように周りから外れないように圧力を感じながらずっときたのだ。経済的安定と引き換えに、自分を捨てて生きてきたのだ。自分を殺してきたから、本当の自分の感情が分からなかった、というよりすべての人間関係が希薄でよそよそしかった。父とは心から通じあうということがなかった。母とは距離をとって他人行儀だった。祖父の期待を受け止める感受性がなかった。兄弟とサラリーマンになってからまともな話をした記憶がない、、、

この希薄感というのは実際に自分の過去の人間関係が事実として希薄だったのだろうか?それは自分の過去を振り返るということ自体があまりなかったということではないのか、と思うのである。つまり、過去を思い起こす回想という想像行為の方が希薄なのではないかと考えてみると、そのように思えるのだ。

小学校の時の同窓会で、当時のことをよく覚えている同級生がいて、彼がありありと当時を再現するように話すのに驚いたという話をどこかで聞いたことがある。それはその彼が普通の人より何倍も昔を回想していたことが原因だったと述べられていて、なるほどと感心した記憶がある。ちょうどそのように「後付け」で何回も思い出が加えられることで、過去が豊かになる作用がぼくの場合にも考えられるのではないだろうか?

本当は過去のぼくの人間関係は希薄ではなかったかもしれない。何度も何度も思い返しているうちに少しづつ豊かになって行くかもしれない、、、