彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

村上春樹の母校の図書館から

さすがというべきか、早稲田大学中央図書館。 www.waseda.jp

予感の正しさ

頭で色々考えても自分のしたいことに繋がらなければ、それで終わりだ。結局実行されずに終わる。自分がこれから死ぬまでに為すことは、今の心に小さくポっと生まれ出るような蠢きとか、憧れのような動きに左右されると思う。ここのところ、テニスをめぐって…

ぼくは吉本隆明の罵倒を信用しない

高名な左翼文化人として一般に定着している彼のイメージとは逆に、ぼくはこの人の彼に対する言葉に真を置きたい。以下、ネットで竹内芳郎氏を師と仰ぐ方のブログから引用する。 2011-05-14 16:15:14 2.1.4 吉本隆明への公開状(全文) テーマ:竹内芳郎…

サルトル読解のために

「存在と無」理解の一助にするために、日本サルトル学会から以下を引用する。「形而上学」の独自の使い方に興味を持った。 第42回研究例会日時:2018年12月8日(土) 14 :15~場所:立教大学 5号館5209教室研究発表赤阪辰太郎(大阪大学)「『存在と無』にお…

「荒野のおおかみ」を読んだ

自分の分をわきまえて生きることが真実の生き方だと思う。昨日ヘルマン・ヘッセの「荒野のおおかみ」を読了した。あまりにも自分を偉大なものとしすぎて、狂気の自由に生きようとしたと、今なら落ち着いていうことができる。作家は自分の経験と精神を使って…

3年前の今日の日記から

次回読書会のための友人への手紙 返事が遅れてしまいました。読書会の課題本を何にするか、またその選定理由は何かを考えていて遅れました。課題本はほぼ「デミアン」でいいだろうと思うのですが、理由はなかなかうまく言い当てることができません。漠然と思…

2年前の今日の日記から

次回の読書会の課題本をシェイクスピアの「テンペスト」にしようと思う。世界文学でこれまでの読書会でどうして取り上げなかったのか、ぼくの中でなんとなく疎遠な感じがしていたのだと思われる。 小学校低学年で演劇の授業があって、クラスだったか全学年だ…

存在から詩が生まれる

どうしたら気力がみなぎっている状態になれるかを考えて、その状態にいつでもなれるようにしたいと、これまで何度も試みているがうまくいかない。少し前、ああ今は体に気力がしっかりついているな、と感じていた。そして、今その状態を書き留めようとして書…

1968年を思い起こさせるもの

サイケデリックなイラスト 歩行者天国(これは1969年からかもしれない) ハイレッドセンター 直接行動という芸術 劇団 黒テント www.youtube.com

1968年の思い出

1968年を知る人のブログを見つけた。勝手にリンクさせていただく。 www.asahi-net.or.jp

友人を失ったかもしれない

文学、といっても小説のことをどう捉えるかで、ぼくと彼は違っていた。その違いはこれまで何ら問題とはならなかった。それがつい最近お互いがもう受け入れがたいほどまでに距離を置くことになるとは全く想像していなかった。最初は小さなほんとに趣味の違い…

Love minus zoro

ボブ・ディランの歌詞に初めて出会う。こんなにも闘う詩人だったとは、今更に気づく自分が情けなくもある。ぼくの気づきでは、最後の方のカラスは「カフカ」のような存在で、それは「海辺のカフカ」に出てくるカラスに通じている、、、 My love she speaks l…

国民と国家

しばらくこの写真が目に焼き付いて離れないことになった。ついに国民が国家と一体になり始めた、、、

(公論)憲法を変えて、制服組幹部を国家機構の中枢に位置付ける

以下、2016年3月26日付けの「リテラ」より転記。 安倍首相が防衛大卒業式で自衛隊を「私兵」扱い…裏では任官拒否者の隠蔽工作や自衛隊“皇軍化”も進行中 そこで安倍はとんでもない計画を進行させている。それはズバリ「自衛隊の皇軍化」だ。これはどういうこ…

マルクスとシュンペーター

知性や想像力が生み出すものは、たいてい時とともに空しく消え去る。宴が終わって1時間もすれば、世代が変われば、消えてなくなる。だが、中にはそうでないものもある。輝きは失うが、また蘇ってくるのだ。しかも、文化遺産の目に見えない要素としてではな…

丸山健二の言葉から

精神的無力どころか経済的無力に突き落とされ、それでもなおもの言う術を知らぬ者たちは、お上の統制下にあってささやかな幸福を不断に求めてやまない自分から離れて、一個の独立した存在をめざすための第二の生を付与しようとはせず、相変わらず強者にその…

(公論)日本とドイツの戦後復興の違い

1951年9月27日、アデナウアーは連邦議会で、のちに「歴史的」と形容される演説を行った。西ドイツ首相が、「ドイツ民族の名において」犯された「言語を絶する犯罪」を認め、反ユダヤ主義的煽動に対しては刑事訴追で厳しく戦うという保証と、ユダヤ人に対する…

問うこと

昨日のブログでぼくはこのように書いていた。 平凡で退屈なこともある日常の、現前しない環境の中に、かけがえのないものが潜在しているのを感じる想像力を磨き続けること。 しかし、どうやってそれを実行するのかが書かれていない。何事も実行されなければ…

転換し始めた意識(総集編)

これまで書く動機を支えていた主体形成の始源への回想がしぼんでしまった。それは定年後の自分の否定から遡って原因を探るものだったが、現在を肯定してもいいのではないかと考え始めたことと軌を一にしている。またそれは学生運動から切れることはあっても…

「カフカコネクション」

平野啓一郎の「本の読み方」を再読していて、カフカの「橋」の読み方のページに大いに賛同できるくだりがあった。、、、カフカ文学とは、後世に書かれた注釈や研究書などを全て含めた現象の総体だ、というのである。どうだろうか。文学は作者と読者の共同作…

役に立つということ

昨年11月4日の記事だからもう随分経過しているのに、今日このことを思い出した。 「役に立つなら」村上春樹さん自筆原稿、早大に寄贈 気になったのは「役に立つ」という言葉だ。自分の資料の散逸を心配して母校の早稲田大学に寄付するというのであるが、そろ…

ブログを書いて教養を身につける

2000年8月14日付の日記からというタイトルで昨年ブログを書いていて、その年の5月からインターネットを始めたと記している。2000年の5月からインターネットを始めて19年弱が経っているわけだ。改めて数字にしてその時間をどう考えるかが問いに登るわけだから…

部屋の中の熱情

美大受験の高校3年の冬に部屋にこもって、(冬になると少年のぼくは冬眠していた)図書館から借りてきたユトリロ画集から気に入った絵を模写していた、、、、。あの頃の雰囲気が心に湧いてきた。それは現実の空虚をあこがれの風景と物だけで埋めてしまうとい…

戦争なんて考えずに引退したい

また考えるためにこれを書き始める。本当の引退を考えてみる。一昔前だったら65歳という年齢は引退していい時期だった。人生の秋のイメージがふさわしい。ところが意地を張って若い頃に返ってセカンド・リブという生き直しを仕掛けている。当然いつかは無理…

居場所を複数の存在開示でつくる

定年退職のあと居場所がなくて息苦しかったのがここ数ヶ月で和らいできている。やはり妻とできるだけ調子を合わせるようにしてきたことが大きいのだろうが、それは愛ということよりも理解によって深められていく認識とした方が実情に沿っている。調子を合わ…

存在を問う小説とは?

あなたが小説を書けるとして、描いた小説の中に生きたいと思うか、現実の今のままの世界に生きたいと思うか、選べるとしたらどうなるだろうか?精一杯の理想の状態を小説に書いてその中に生きたいという生き方を選ぶか、あまりぱっとしないけれど、夢みたい…

夢想が続けばどんなにいいだろう

ぼくは間違っているかもしれないと呟いていた。こんな風に何もしないで考え込んでばかりいてはいずれ頭がおかしくなって、日常生活がまともに送れなくなるんじゃないかという気がふとする。昨夜はバッハのシャコンヌをヒラリー・ハーンの演奏で聴いていて、…

未来に何が待っているか

あと2ヶ月余りで66歳の誕生日を迎えることになっている。生物的活動というのは不可逆で使わなければ衰える一方なのだが、使っていれば鍛えられてあまり古くはならないみたいだ。週2回以上はテニスをしているので体力的には維持できていると思う。頭も脳は…

立ち止まり続けることはできない

昨日この小説の先行きが全く見通せなくなって軌道修正せざるを得なくなったと書いたが、そもそも筋書きはないわけだからそしてあえて筋書きを作らず書き続けるのだから、暗中模索なのは当たり前なのであった。ただゴールだけははっきりしている。自分の分身…

2年前の今日

今日は県立図書館で本谷有希子の講演を聞いてなるほどと思ったが、しばらくして自分のことに意識が戻り始めた。彼女のようにはいかないし、すべきではない。書くときは最初はやはり自分を素材にするのかと思った。それぞれの生き方があってそれに賭けるしか…