彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

(公論)辺見庸氏へのインタビュー

3年前がどんな政治的状況だったかの記録として転記しておこう。_3年前の今日の「朝日新聞デジタル」から 彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。一方で、国会前を埋めたあの夏の熱気はいまも残ってい…

時代精神というもの

今からあの頃を振り返ると大学時代というのは無限定で、実際は小さな地方都市に住んでいたのに少しも地方が田舎だという意識がなかった。こんな比較はぼくだけにしか意味がないことだが、あの頃のK市は現在の東京よりも存在感があって、常に何かが起こりそう…

(世界)資本主義考

以下は御厨鉄という方の「やさしい反資本主義」というブログからの引用である。私自身の学習メモとして転記しておきたい。 (原文サイト:https://mikuriya-tetsu.com/anarchism/capitalism/839/) 歴史 資本主義は「自然な」システムとしてあらわれる。人間…

(公論)中国脅威論に対する疑問

中国脅威論に対する疑問で参考にしたい意見を自分のためにメモしておきます。(経済評論家、三橋貴明氏のメルマガから転記) 中国脅威論に対する疑問, 2015/10/18 By ジェイコプス 「中国・韓国は敵だから嫌いでOK、仲良くする必要はない!」との意見が大半…

居場所がなくては生きられない

哲学書をまともに読み通した事がないことに気づいたと以前ブログに書いているが、今年は兎にも角にも一冊は読み終えようと目標を持つことにした。哲学に関する例えば入門書は竹田青嗣や「ソフィーの世界」のヨースタイン・ゴンデルは読み通している。中島義…

駄洒落かユーモアか

カズオ・イシグロの「日の名残り」を読み終わって、最後がユーモアの勧めで終わっているのが感慨深かったと昨年の暮れに友人にメールした。友人もユーモアについて感慨深いと返信してきて、それからしばらくユーモアがぼくの頭に残り続けることになった。そ…

年の瀬にというわけではないが

しばらくブログから遠ざかっていた。きままに思うことを書き綴るという趣味から離れていた。一つにはiMacが動かなくなって、何とか自力で回復を試みた結果諦めざるを得ず、AppleStoreに修理に出すことになったからだ。今はsonyのvaioでwindows os のお世話に…

「笹まくら」を読んで

丸谷才一の名著とされている「笹まくら」を読んでから二、三日が経っている。いつもだったら読後すぐに感想を書いてこのブログに記録することにしているのだが、ただぼうっとして衝撃が冷めるのを待っていた。つくづく思うのは、主人公の浜田庄吉(徴兵忌避…

リブ フォー ユー

誰かのために何かをしなければ 誰からも相手にされないだろう お前の名前は誰からも呼ばれることはないだろう お前の姿は誰の頭の中にもない 噂になったり話題にされることはないだろう みんなお前とは無関係に暮らしている、、、、 誰かでなくていい、お前…

自分にとってなぜそれが問題なのか

他者のブログを読む時いつも感じることなのだが、その記事は他人に伝えなければならないかの理由を述べないで、いきなり書かれている、というものだ。日記なのだから別に構わないのだけれど、その人の関心ごとではあるにしても、なぜそれがブログに書かれな…

今日を生きたか?

今日という区切られた偶然の1日をどう生きたか、という問題を設定してみたいと思う。何も特別なことがなく、目的からの1段階としてノルマ的な実施項目というものもなく、ただあったことだけは確かな、ごく普通の1日というものを考えてみたい。もしぼくの生…

再出発

ブログ1年分の量を基礎として新たな出発を計る。生き方の師である先輩や同世代の歩いた道を辿ってきた1年。青春の時期に知った自由の空気を体内の記憶に呼び起こしながら、挫折の構造と意味を少しは学びとれたと思う。何はともあれ定年退職後4年にして立つこ…

読むことと書くこと(総集編)

「利口そうなおしゃべりなんて、ぜんぜん価値がない。 ぜんぜんないね。自分というものから離れてゆくばかりだ。 分を離れてしまうというのは、罪悪だよ。 ぼくたちは、自分の中へかめのこみたいに、 すっかりもぐり込むことができなけりゃだめだ。」 ______…

読書記録(総集編)

どんな名作と言われている小説であっても、自分が読むことで感じたり考えたりしたことのほうが意味があり、その小説で受けた影響に正直になることをぼくは読書の第一義に置いている。その影響を語り合うのが読書会の実質であり、自ら語ることで自分の考えを…

私語する世界(総集編)

ぼくが母親のお腹の中にいたころすべてはまどろみの中にあり、細胞も意識もすべてが未分化だった。ぼくが自意識の静かな成長の中にいたころ、自分の輪郭が周囲の環境に溶け込んでいた。何ものも新しく小さく震えるように生まれてきた。肉体の伸長に心が追い…

定年退職者の手記(総集編)

定年後をどう生きるかみたいな本がよく売れていて自分もその渦中にいるのだから、定年後の居場所がないことを認めてもおかしくはない。でもそれは敗北感がともなう。スタバは第三のプレイスがコンセプトで、自宅と会社または学校とスタバの三つの場が必要で…

自立とは

自分のブログを再読していくつかの記事が意欲的で、今の自分を鼓舞するところがあった。「1968年の観念」や「故郷化して世界内存在として自立する」などがそうである。今からすると、その頃が既に過去化されて現在とは繋がっていないことが分かる。その頃の…

サヨナラアイシテタヒト

もう全ては終わっているのに 君が誰かに抱かれた時に、ぼくの吐いた言葉がよみがえったと 明かしてくれたことが信じられない奇跡のよう それは長いメールの中に書かれていた すべてが終わったから、真実が知らされるのか 決してぼくを前にして話されはしなか…

生きがいを求めて

何が一番つらいかといえば、生きる目標がないことだ。38年間サラリーマンとして生きてきて最低限文化的に生きるだけの蓄えと自宅を持つことができた。そのあとを何を目標にして生きていけばいいのか、答えは簡単に見つからない。退職して4年過ぎたが、未だに…

村上春樹と福永武彦

引きつけられるようにして今日、「ノルウェイの森」を手にとって再読を始めてみた。 直子は最初から自分が死から逃れられないと決意している事がなんとなく分かり、ワタナベ君との接し方は誰かと似ているとふと感じられた。ああ、誰だろう、、、ぼくの記憶の…

考える方法

昨日のブログの続きで、考える方法を50通り考えてみた。やってみて考えるのが楽しいことがわかった。 1. 自問自答する 2. 自己同一を見る 3. 自己との差異を見る 4. 相手の考えを推測する 5, 最後まで徹底する 6. リアルかどうかで他者を判断する 7. 起承転…

欠けたものからではなく、在るものから出発する

欠けたものからではなく、在るものから出発する____それは否定からではなく、肯定から始める、と言い換えることもできる。村上春樹の文学は「気持ちよくて何が悪い?」から始めている。日本の近代文学あるいは村上春樹以前の文学のほとんどが否定から始…

定年後の路地散歩

文章を書く動機のひとつとして、心地よく時間が流れてから普通の時間に戻った時に、もう一度その時間を文章の中に取り戻したいという気の起こることが挙げられる。今日の午後ふと思いついて、妻と二人で金沢の弥生地区の裏道を散歩(自宅のある野々市から金…

何を読むのかについて

先に読むことについて書いたが、読むという行為の本質を微妙に外していたように思った。読むことについては何を読んだかを経験として分析しないことには、読む行為を説明したことにならない。単に小説を読む場合だけでなく、例えば政治情勢や相手の心を読む…

読むことについて

ぼくがサラリーマンだった頃の上司の一人に、よく本を読んでいる人がいて割と話が合う方なので相談などもしていたのだが、文章を書くのは全くダメということであった。ぼくにとっては本をたくさん読んでいれば語彙が豊かになって、書くのにも困らないと思っ…

「村上春樹はむずかしい」

あえて文学的出発点という言い方で書いてみるが、言葉で自分をとらえて生きる時空間を作り出す最初の契機に、このところ関心が湧いてきている。村上春樹を定年退職後にふと気づいて読み始めたのは、同じ時代を生きて世界文学に通じる小説家をとりあえず読書…

福永武彦「ゴーギャンの世界」を読んで

次第に主題が形づくられてきている感触がある。「ゴーギャンの世界」を読み始めて感じた違和感を育ててみる方向の中で生まれつつある主題だ。福永武彦はゴーギャンの精神を捉えようとしているが、ゴーギャンその人の中に入っていこうとはしていない。おそら…

愛のある社会とは

現代社会では、企業の経営陣と商業的政治家によって運営されており、人びとは大衆操作によって操られている。人びとの目的は、もっと多く生産し、もっと多く消費することだ。それが生きる目的になってしまっている。いまや人間はロボットである。(中略)人…

「私の人生」という素材

、、、、そこにはぼんやりと「私の人生」という素材がころがっている。、、、、これまで現に私が体験してきたことを意味づけることは、じつは私にとって自明なことでも容易なことでもなく、一つの探求すべき大きな課題なのです。 ______中島義道「人生…

たった一つのことをやり遂げる

人生は短い。何かものになることを天才でもない限り、多くはできない。自分の好きなことを思いついて次々にやっていても、ものになることはないだろう。周りがやっているから自分も同じことをやろうとする人は、何もものにならずに一生を終えるだろう。自分…