彷徨える初期高齢者

こころの中の私という同一性の海の中で、少年から大人に移りゆくまでの自己幻想にふと至ることがあって、ああ、あの感じはなんだっけとその感情に寄り添いながら、激しく回顧したい欲望にとらわれる。 喪失が長く続いた後の面影としてふと現れる、こころの不思議さに探求の理性を発動したくなる。 哲学か文学かは問わず、私という現象に没頭したい。

2018-01-24から1日間の記事一覧

芸術が漂いだす日常の割れ目

退職してから1年半の間、ぼくの精神状態は情緒不安定のところがあった。しょっちゅう気が移ろいでいて、落ち着きがないというのではない。どちらかというと一日単位で気が変わるというのか、予定も変わってしまう。職につかず自由時間ばかりという環境で15…

2015年9月のころの日記から

シルバーウィークの街中を見物してみようと、妻と二人でバスに乗って出かけた。半年ぶりで会うテニス仲間の友人とのランチ会が街中に出るきっかけだったが、ちょうど鴨居玲展を観るタイミングにもなった。 没後30年ということは1985年に亡くなられたことにな…