開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

書くこと

書くことは自分の内的実存環境を作ること

自分を題材にして文章を書くことに何かがあると思っていて、それは自分が考え続ける場所というものを作ることのような気がして、そのために書き続ける習慣を持つのがブログを始める動機だった。とにかくある程度のボリュームで書き続けることが必要なのだ。…

非日常の冒険

ぼくが好きなのは非日常だ。日常の惰性や安定を揺るがすちょっとだけ異常な世界だ。星野リゾートにはそれを提供しようとする姿勢があるから好きなのだ。もちろん小説が一番手頃なツールなのだがその提供者にはいろいろ好みがあったり、読者に厳しいか優しい…

無限知への入り口

書きたい欲望の根拠にあるもの その場所の存在模様 それは、無のような空間でありながら 無限に広がり 結び合っている それは、ブログ空間でもある 愛のエネルギー空間でもあるかもしれない 表現者、芸術家、哲学者、歴史家たちの 知の空間と 繋がっているか…

世界の片すみでぼくは書く

ぼくが小学生だった時に読書感想文を書くのは苦手だったように思う。いやそればかりか、作文そのものがどう書いていいか分からなかった記憶がかすかにある。夏休みの日記なら一日をどう過ごしたかを順番に書くか、一つの出来事について書けば良いのであまり…

再び書くこと

ぼくが書くことに関心があるのは、書くことで自分がはじめて存在できると考えているからだ。書かないうちはただ生きているだけという状態であり、ぼくはその状態のままでいることに耐えられないと思っているからだ。他人のことは本当はわからない。書かない…

書く視点を見つけるまでの意識の流れ(つづき)

「嘔吐」を「社会学的分析」の対象にする読み方や、「嘔吐」作品が成立する様々な条件を「解剖学的読解」で読みとる読み方をこのブログ筆者は退ける。 なぜなら、私にとって自分の方を向いた「嘔吐」こそが問題だからである。自分の人生、自分の経験の中に「…

書く視点を見つけるまでの意識の流れ

書く視点を見つけるまでの意識の流れがテーマとなった小説は、世界文学の一つの重要なテーマらしく、あのサルトルの「嘔吐」もそうである。ぼくは退職してから読み通したが、一度20代に買って読んで途中で挫折していた。最近「嘔吐」をかなり深く読み込んで…

転換し始めた意識3

どうしても飽きがくる時、嫌が応にも前進させられる。あるいは別のどこかへと移らされる。そうしないと活力が失われるように人間の心は出来ている。かつて何回も聴き込んでいた歌をある時ふと耳にして、ああこれはもう自分の中では終わっていると感じられる…

自分はどこから書くか

どこというのは時間と空間の両方から規定できる。いったい時間の流れのうちどこかという問いと、いったい空間の中のどこかという問いがある。いや間違ってしまった。前者は普通「いつ」というのだった。いつというべきを時間でもどこと言ってしまったのは、…

自分を存在させることの難しさ

ぼくのこの「私の定年後文学人生」ブログが最近急に読者が増えてしまった。もちろん嬉しいのだが、ブログ開始当初の「熱い」読者二人くらいだったころの方が読者の方との距離感がリアルに感じられて、書く動機になっていた。単に数的な変化がなんとなくぼく…

自分という存在をどう作るか

企業を定年退職して社会との関わりは圧倒的に小さくなった自分をここで原理的に分析してみたい。 会社の中での役割や肩書きによって、自己と他者の関係が一定の世界内で保たれていた。ぼくなんかは自分を殺して役割に徹していた方で、ほんとうは鬱陶しいはず…

書くということ

文章を書くことでぼくは何かを達成させたいと考えている。ぼくが自由に息をし、考えまたは想像し、記録し論評するような場所を書くことで確保したい。自由にというのは、今という現実の生活とか地位に関係なく遮断されてということだ。ぼくは「そこ」では何…