開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

自分史

これがぼくの現実

多分坂口安吾を読んで影響されたからだと思うが、自分のこれまでの書き方を変えてもっと自由に自分の今を語ってみたくなった。真実や本当のことというのは何かに隠れていて、滅多に明かさないもののように暗黙の了解がある。ぼくも少しはそんな話がある。そ…

2年前の誕生日と今日の誕生日と

「63歳の誕生日に」 子供のいない、妻と二人の家庭を33年間続けてきて、自分の誕生日に特別な何かお祝いするという習慣がない。今日もお祝いらしきことはないのだが、職というものから離れて気ままに生活を送るようになってからの心境の変化を、63歳の誕生日…

自分史3

高校3年の同級生 Aとは東京と金沢で進路が分かれて離れ離れとなったわけだが、金沢で最後のきちんとした別れ方をしなかったこともあってしばらくして手紙をもらうことになる。その日、自宅から歩いて通える美大から夕方帰宅する時に、なんとなく手紙が来る…

自分史2

ぼくは大学3年次を留年している。とても傲慢に聞こえるかもしれないが、その時これまでずっとまあまあ順調に来ていたので1年ぐらい猶予期間をもらってもいいのじゃないかと考えて、本当に自分の支えになる世界観を築こうと自主留年したのだった。作家の三…

自分史1

中学3年の夏休み、地方都市にいて遊ぶことを知らずに職人の家庭で育ったぼくは、不良仲間の誘いにはのらず、ストイックに勉強する習慣の中で過ごすしかなかった。親は日曜もなく働きづめだったので、結果的な放任主義に任せられた。たしか主要5教科の夏休み…

夏とカオスに触れていたころ

ぼくが美大を受験する前の年は、県内でも進学校として知られる高校にもかかわらず美大に入学した先輩が14,5人いた時代だった。ほとんどがインダストリアルやコマーシャルデザインの方で、油や日本画や工芸の方には進まなかったように思う。(途中で転校した…

運命を感じる感性

自分の運命を自分で、自由を確保しながら拓いていく、ということが果たしてできるものなのか?先のブログにも書いたが、運命という状況をまず認識できなければお話にならない。その状況が何で構成され、そのうち具体的で目に見えるものがあれば、それを感じ…

書く視点の座標を求めて

どこに位置を占めれば時代を見渡せるように書くことができるようになるかを、一応の目論見として書いてきたが、あまり成功したとは思えない。志望大学を間違えたという気づきの後、なし崩し的に美大に籍を置くことになって、どこにも自分の居場所が見つけら…

人は才能などなくても生きられる

人は才能などなくても生きられる。別にロマンのない平坦な人生でも、何も起こらない人生でも生きるに値しないことはないはずだ。誰かに自慢する必要もないし、陰口を叩かれるようなことがあったところで気にしなければいいだけのことだ。学生運動にかかわっ…

自分には才能らしきものがあったか

それにしてもどうしてぼくらは、あらかじめ青春を失っていたのだろうか?失われていたのは、破壊されていたからだろうか?きっと大学という場のどうしようもない自由さが、虚しさを作り出していたのかもしれない。ぼくの入った美大では、みんな絵描きやデザ…

転換し始めた意識4

そうだ、この流れ(書く視点を見つけるまでの意識の流れ)を忠実に辿り続けていけば「オリジナルの世界を作る」壁は越えられそうだ。 叫ぶのは中にあるものを吐き出す方法がそれ以外にないからだ。青春のあの頃ぼくの中には何があったのだろうか?むしろ何も…

ある帰還者の街ブラ

40年近く居た街のはずれの工業団地にある「収容所」から出て帰ってきてみると、街はそのままあって何が変わっているかすぐには気づかなかった。風景はそんなに違ってない気がしたが、しばらくすると確かにバージョンアップされていることが分かる。ただ街は…

生きる舵取り

学校、新聞テレビなどの情報・ニュース、お金利殖情報、コマーシャル、恋愛・青春物語、企業の論理、消費行動モード等々にどれだけ影響され、生きることが制約されているか、考えてみたことがおありだろうか?自分で選択していれば制約とは感じないだろうが…

内面の自由を耕す(続き)

唯識を学ぶことによって、自分のこころがいわば緊急の避難所になった。とりあえず自分のこころに引きこもっていれば安心できたので、会社からの帰り道の書店で、今度は哲学関係の本を見つけることになる。もともと考えるのが好きな性格なのと、哲学には原理…

内面の自由を耕す

社長のひと言によって人格が否定された時鬱になったと書いたが、実際には医学的な鬱にはならなかった。つまり医者に行かなかったので病気として認定されたわけではなかった。でも慢性的にひどく気持ちが沈んだ状態であり、元気を出そうと思えば元気にもなれ…

白樺派の人生

人は老年になって自分が積み重ねてきた人生をある完成に向けて、ちょうど画家が一人の肖像画を描くように、残りの人生を生きて行くというイメージがある。ぼくが高校生だった頃、白樺派という文学集団を現国の先生から教えられ、しばらくはトルストイや武者…

疎外感の時代 1

もう稼がなくてもなんとか生きていける定年退職者の身分になって、働いて生活していく人生が終わってみると人生が終わりに向かうには早すぎて、身軽になっている現在が漂っている場を作っている感じがする。定年後の生活イメージが定着しないのである。一つ…

自分の原点を高校時代に見る

自分の定年後の生活をイメージする時にまず出てくるのが「読書」である。何故「読書」がでてきたのかというのは、定年にならないと本が思いっきり読めないという思いがあるからだ。いわゆる読書三昧が許されるのは会社を離れてでないと無理だという実感があ…

1968年は中学生だった

自我が芽生える頃がほとんど中学の頃と重なるように思えるのは、多分中学に入って環境が変わり、小学校の時とは全く違うタイプの同級生との接触が自分に向き合うきっかけを作るからだではないだろうか。小学校の同級生は同じような仲間だったのに、中学では…