開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

読書記録

カフカ「判決」を読んで(つづき)

カフカ「判決」を読んでの疑問にまず2から取り組んでみたい。2.ゲオルグの婚約者が、そんな友人がいるのなら結婚しなければいいとなぜ言ったのか? ここで友人がゲオルグの婚約者との結婚に深く関わっていることが示されるわけだが、どういう関わりか?ゲオ…

カフカ「判決」を読んで

昨日決心してやめたことがある。読んだ本から自分の感想や意見を持つのに、評論家やネットに載っている無名の人の「解説」や「感想」を読むことをである。確かにボキャブラリーが足らない時に、ちょっと心に響いた言葉を他人の文章から得ることはいいかもし…

「ダンス・ダンス・ダンス」を読んで

The Beach Boys - Dance Dance Dance (1964) 数日前に村上春樹の小説を読みたくなった。どうしてかとその時の心境を思い出してみると、どこへも行くあてがないのにどこかへ行きたくなっていたように思う。この何も起こらない現実から逃れて、自己省察の旅に…

自分の幸福と時代を生きること

少しブログへの投稿を休んでいた。自分では書かないが他人のブログはいくつか読んでいた。書くという作業はおしゃべりより面倒くささが伴うので、ブログには書くことがさほど苦痛でない人や自分の立ち位置がしっかりして自分の情報に価値を見出している人が…

小松左京著「日本沈没」を読む

好きな作家や尊敬する思想家の本を自分に取り入れるようにして読むことが多いのだが、たまには思想的には真逆ではないものの違う思考をする作家のものも読む必要があるとして、小松左京の「日本沈没」を読んでみることにした。これまで累計400万部の大ベスト…

「マチネの終わりに」を読んで

平野啓一郎には惹かれるものがあった。スローリーディングに関する新書を読んでいたからだ。作家の読み方を教えてくれるので当然正当性があると思って読んだ。細部というか、クライマックスを導くエピソードのような伏線に注意するといい、と言っていた。「…

「羊と鋼の森」をめぐって

この作品に本屋大賞受賞とか、人気俳優による映画化という話題性から出会ったわけではなかった。野々市市の読書会で課題本に取り上げられて、メンバーから今その小説の映画が上映中だとメールをもらうという、きっかけがなかったらおそらくぼくの読書範囲に…

「風と光と二十の私と・いずこへ」を読んで

今回読書会で取り挙げた坂口安吾の「風と光と二十の私と・いずこへ」はぼくにはとても面白かった。小説ではなくて自伝だから全て本当のことだと思って読んだ。戦前、戦中、戦後を生き抜いた文士というに相応しい生のドキュメントであるが、記録という意識で…

「こころ」を読み終えて

昨日「こころ」を読み終えていた。やはりすごい小説だった。15年ほど前に一度読んでいるはずなのだが、大筋の展開は覚えているもののほとんどを忘れていた。単に名作だったで特にすごいとは感じなかったように思う。今回はKの自殺した部屋に血しぶきが広がっ…

「アサッテの人」を読む

日本の現代作家では大江健三郎や村上春樹や福永武彦や井上光晴や村上龍や野間宏や丸山健二や埴谷雄高や小川国夫や辻邦生や加賀乙彦や真継伸彦や池澤夏樹などの小説を求めて読んできた。女性では石牟礼道子や米谷ふみこや金原ひとみや増田みず子などの小説を…

マイ・リーディング・イヤー

大江健三郎は自分の文学上の導き手の作家の本を集中して3年かけて読む、とどこかで書いていたように思う。おそらく3年かけてその作家の本を全て読むのだろうと思う。あまりぼくは大江健三郎のヘビーな読者ではないが、ウィリアム・ブレークやイエーツはその…

福永武彦「死の島」を読んで

被爆者個人にはどのような生が営まれるかを20世紀小説形式で描き切った「死の島」を2週間弱で読んだ。(図書館の貸出期限は2週間だった)小説中の現在は昭和29年であるが、それを昭和46年に福永武彦は最後の長編としてこれ以上のものは残せないと本人が述…

新書2冊から

今日ほとんど唯一の外出となっている昼食の蕎麦屋のあと、すぐには自宅に戻りたくないので本屋に立ち寄ってふと目に止まった新書を買った。タイトルに「肩書きを捨てたら地獄だった」とあったからだ。数百億円の予算を動かす、元通産省官僚の独立までの赤裸…

加藤周一編「私の昭和史」を読む

戦前、戦中、戦後を生きた普通の人たちの自分史の投稿を加藤周一が編纂したもの。これ一冊だけを読んでいるわけではないが、三日かけて読み終える。15人の私の父に当たる年代の男女の投稿でそれなりの文章力を備えた人で、客観的に自分と世界のつながりの中…

井上光晴著「地の群れ」を読んで

戦前にはプロレタリア文学というのがあり、その代表的作家である小林多喜二の「蟹工船」は2008年に再脚光を浴びて、その年の流行語大賞にノミネートされていたらしい。ぼくにとって小林多喜二は特高から受けた拷問の凄さのイメージが強く、小説はなかなか読…

娯楽のための読書と生き直すための読書

前者は多くの人が楽しんでいる普通の読書であるのに対して、後者は読むことが生きることと直結していることを示している。ちょうど「朗読者」のハンナのように、自分で本が読める喜びは至高の体験となるはずなのである。ハンナは朗読を聞いて文字を覚えると…

村上龍と金原ひとみ

1968年はどういう年だったかを自分の記憶にある断片との「接合」をやってみたいと思い、 村上龍の「69」を読むことにしたのだった。この小説を実は長い間シックスナインと呼んでいて読む気にならないできていたが、シクスティナインだった。それはあの1969年…

「稼がない男」を読む

手取り11万円、47歳・フリーター。「金は生きていく上で必要最低限あればいい」他人にも時代にも流されず、“安定の超低空飛行”を続ける男・野口ヨシオ。そんなヨシオとつきあってきた、フリーライター・マキエが描く、ふたりの17年。____という解説から…

小説を読む人

ぼくには非現実を求める病みがたい欲求があると以前のブログに書いたが、それは冒険や恋愛に似ているかもしれない。その場合現実化するにはいろいろと準備したり、ふさわしい相手が必要になる。例えばひとり旅に出るとか、異性と出会う場所を探して行動しな…

「老人と海」を読む

この本を読むのは2回目である。このような有名な小説を1回目読んだのが確か40歳も過ぎての頃だったように思う。本好きな人だったらおそらく中学か高校あたりにまず最初に出会うような本だ。それを中年になって読み、また60歳を過ぎた高齢者の仲間入りをする…

大江健三郎「日常生活の冒険」を読む(続き)

高校時代の同級生Tくんとの読書会の4回目は「日常生活の冒険」である。大江健三郎は1935年生まれでぼくらより18年早く生まれている。この小説の「ぼく」はほぼ大江自身であり、斎木犀吉と最初に出会う時18歳であるから、ぼくらが生まれるか生まれないかの時…

小説の読み方の違い

高校の同級生と始めた読書会でお互いの読書の仕方に「齟齬」が現れてきたのは3回目の時だった。野々市の図書館近くのスローライフのトレードショップal(アル)のバルコニーで行われた。9月半ばの秋風を肌に感じながら、「今日のオススメコーヒー」を注文し…

井伏鱒二「朽助のいる谷間」を読む

野々市公民館の読書会の3回目だったかの時、井伏鱒二の「朽助のいる谷間」という短編をみんなで読んで感想を述べあった。前回の石川淳よりは温かい気持ちになれて、この国民的作家の一人に馴染むことができてよかった。 井伏鱒二は村上春樹と同じように弱者…

公民館の読書会でマルケス

野々市市(ののいちし)の公民館の読書会でぼくが当番になった時、コロンビアのノーベル賞作家ガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」を課題本に取り上げた。果たしてちゃんと読んできてくれるのかそもそも心配だった。これまで海外の小説を取り上げ…

「1Q84」と私の接点

「1Q84」を読んでいた頃の日記から 定年延長の契約を解除し無職となって、一人で自宅に引きこもるようになって半年になる。妻はまだ会社勤めなのでウィークデーは実際一人きりになる。この環境は自ら選んだとはいえ、最初の頃は帯状疱疹になるくらい、思った…

村上春樹とロマンロラン

村上春樹の「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」それと、「風の歌を聴け」をようやく定年後読むことができた。驚いたのは処女作で作家としてのテーマが既にほぼ展開されていたことだ。ほぼ同じテーマでその後の作品を書き続けている、、、、(手法…

サルトル著「自由への道」第一部を読む

かつて有名であったが今どき絶対読まれないだろうという小説をぼくは好んで読むことにしている。野間宏著「青年の環」がそうだったし、ロマンロランの「ジャンクリストフ」がそうだったし、今回のサルトル著「自由への道」もそうだろう。とにかく今どきの人…

サルトル作「悪魔と神」読書会

友人と二人で喫茶「ローレンス」で5回目の読書会をする。選んだ本はこれまで「星の王子さま」「デミアン」「日常生活の冒険」「テンペスト」と続き、今回は「悪魔と神」である。「テンペスト」で初めて戯曲を読み、観客と共有する舞台で演じられることを前…

久しぶりに村上春樹の小説を読んだ

久しぶりに村上春樹の小説を読んでいた。あまり注目されなかった「中間的な」作品の「1973年のピンボール」である。村上春樹については毀誉褒貶相半ばすることがいわれているが、貶す人の中のリアリズムがないという意見には違和感を覚える。そういう人は文…

グレートギャツビーを読んで

今のところ、ぼくたち二人のイベントである読書会も「星の王子さま」「デミアン」に続き、「グレートギャツビー」と並べてみるとそこに何となく何かを感じさせるものがあるのではないだろうか? 今回取り上げる小説の発刊年が1925年で、前2作がそれぞれ1943…