彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

1968年は中学生だった

自我が芽生える頃がほとんど中学の頃と重なるように思えるのは、多分中学に入って環境が変わり、小学校の時とは全く違うタイプの同級生との接触が自分に向き合うきっかけを作るからだではないだろうか。小学校の同級生は同じような仲間だったのに、中学では日常的に違いに気づかされたり、場合によっては圧倒されたりする。ぼくの時代の中学にはいわゆるガキ大将がいた。ケンカに強く大柄であったり、体格は普通でも骨っぽくガッチリしていた。ぼくは小学校では女の子と自然に溶け合って遊ぶような優しい男子だったが、どういうわけか彼らのような不良男子に親近感を覚えた。幾分虚勢も張っていて今から思うと、強いものにすり寄っていたのかもしれない。「デミアン」に出てくる、年上の不良に盗みを強要させられるようなことまでは流石になかったが、同級生には家がヤクザ関係者だったり、ケンカがあると呼ばれて出て行くような舎弟まがいの少年もいた。いわゆる施設から来た野生の少年もいて、ぼくはどうしてなのかわからないが、その施設に遊びに行ったような記憶がある。強い者に取り入ろうとするばかりではなく、ひどく変わった所をもつ者に魅かれる性格がぼくにあったものと思われる。でもそういう少し危険な同級生や同窓生に近づくことはあっても友達にはならなかった。彼らの方もぼくのような「堅気」の少年には違和感があったのだろう。ただ親が学校の先生をしている不良の一人とは仲が良くなった。ケンカに出かけてはいくが、ウケ狙いをするオチャメなところもあってそれがどことなく安心感を与えたのだろう。彼とはその後ぼくが結婚するまでは付き合いが細く続いていた。

 

さてここでこの文章を書こうと思った動機に帰って、自我というものに考察を加えてみたい。自我とは何か、それはどういう働きをして自分の個性を形作ることになるのか、理性や感情や欲望とどう関係しているのかなどを考えてみたい。それは自分の人生の歩みの原因の多くを占めていそうな気がする。

 

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