彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

戦争を追体験する意志

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現在のぼくが第二の人生を始めるといいながら、どう生きるのか明確でなく具体的でなく自信がなかった。それは生き方の軸が26歳の頃からまだ変革されずに来ていることを意味していた。本を読んだり小説を書くと言ってみても、目的を訊かれると抽象的にしか答えられなかった。学生の頃ぶつかった問題を深く掘っていくことは退職して2年間やってきたと思うが、これからも自分がどういう立場に立つかを決められずにいた。スターリン主義に抗してマルクス個人の立場に立つといっても心情を保つ程度のことだし、T君のような市民活動に参加することも乗り気になれなかった。読書会は楽しみの一つではあるが、テニスをするのとそんなに代わり映えしない。何かが心の底で空虚だった。

ぼくにとって先の戦争に至る状況は暗黒の中の幻想のようにもやもやとしていた。これまでの読書体験から戦前の事実に触れるとき、昔とはいえ精神がとても20世紀とは思えない古めかしさを感じていた。知的な文学者や画家が大政翼賛的になってとても近代的な芸術家と思えないのがずっと不思議だった。ヨーロッパの同時代の芸術家と比べようもなく、古びて見えた。、、、それが初めてヨーロッパと時間的に通じている文学者を知ることになった。中村眞一郎福永武彦加藤周一だ。彼らは「マチネ・ポエティク」という同人誌で活動していた。 福永武彦は結婚後生活が苦しく奥さんと分かれ一時生活保護を受けるくらい貧乏だったが、志は高く胸を打つものがあった。彼らの博識は驚異的で反軍国主義は左翼以上のラジカリズムがあった。ぼくが予想した通り終戦直後の解放された自由さが「1946・文学的考察」にみなぎっていた。それを受け継ぐ(と言って作家になるというのではなく)ことを自分の立場と考えることで初めて精神的な安堵感が得られた。これでぼくの中で先の戦争に対して自分がどこに身を入れて追体験していくかがつかめ、これから何を残していくかも見出していけそうだった。

ぼくにとってこういうことで生きる自信につながることが誰かに理解してもらえるかというと、ほとんど自信を失う。でも、そこに止まりそれがどういうことかを解明し続けていれば、少しは意味のある定年退職後を送れるかもしれない。