彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

「デミアン」を読んで

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デミアン」2回目を読了した。2回読むと余裕ができるので読むと同時に味わう感じがあって、やはり1回だけと2回読むのでは体験の質的違いがあった。この小説はこれまでのヘッセ作品とは別格の感じがあって、かなりヘビーな、カミユとかドストエフスキーとはまた違う思想的な作品だった。でもしっかり文学的な文体の香りもあり、世界的な名作であることには違いない。

一言でこの小説の価値を言うとしたら、自我の確立ないし再建というところだと思う。いかに真実の自分になりきれるか、読後しばらく経って漠然と思うのは、ジンクレールがデミアンに到達する物語だったのではないかということだ。デミアンはジンクレールが呼び出した自分の自我だったという解釈が浮かびあがった。読み様によっては第二次大戦の思想的準備をドイツ国民に与えたとも受け取れる部分もかなりあったと思う。

しかしそれは政治的・外面的理解であり、戦争体験が既存ヨーロッパ精神を崩壊させたことの内面化の内面こそ、「体験」とともに理解すべきだと思う。ヘッセは厭世家のイメージがあったが、全く逆で時代と格闘する作家だった。前回読書会で取り上げたサン・テグジュペリや同時代のロマンロランとは違うタイプの大作家と言えるのではないだろうか?