彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

定年後の居場所がない

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定年後をどう生きるかみたいな本がよく売れていて自分もその渦中にいるのだから、タイトルに定年後の居場所という言葉を使ってしまってもおかしくはない。でもそれは敗北感がともなう。まだ自分の中に自分のものになっていない、他人がよく使う言葉で書こうとしているからだ。ぼくの心の奥深い所にはまだ言葉にできない人生の経験が、出番を待つように眠っているはずでそれを書かなくてはならないと思っている。

ぼくの定年は2014年の誕生日でその年の228日で会社を辞め自ら定年延長という道を断ち、独立しようと考えていた。定年の2年前から独立するための準備をいろいろ考え、神田昌典の教材を買って勉強していた。しかしどう考えても自分にやってみようとする、ニッチな市場は見つからなかった。

ぼくはもともと器用な方ではない。のろまで若い奴らのようなすばっしこさがない、おまけに図太くなく変にプライドが高いので、負けることが分かっていることに自然とやる気がおきない。そうこうしてるうちに失業保険の給付が切れて晴れて年金生活者になった。といっても生活保護を受けるぐらいのお金しかもらえない。もし妻がいなかったら、妻の給料がなかったら文化的な生活はできないだろう。

文化的な生活とは雨風をしのげる家があり、電気ガス水道等のインフラ料金を払うことができ、税金や保険料を収めることができ、TVニュースや新聞、インターネットからの情報を読み解くリテラシーを持つこと、趣味に時間をさけることといったところだろうか。

贅沢はできないのと妻が働いているので旅行などは今のところできない。毎週日曜日に仲間と2時間テニスをするぐらいがストレス発散になっている。

このように書いてくるとぼくと妻の生活に何の問題もなく、年金生活者の自分もある人たちからは仕事もしないで何を贅沢言っているのだと叱られるかもしれない。ところが人間は衣食住が最低限保障されても精神面があるから、精神的安定性も保障される必要がどうしてもある。要は人とのつながり感である。共同体の一員として認められているという安心感を失ってしまうと、鬱になってしまうのだ。ぼくは高校2年の時に軽度の鬱になって一週間ほど登校拒否していた経験があるので、その辺のことはよく分かる。

スタバは第三のプレイスがコンセプトで、自宅と会社または学校とスタバの三つの場が必要ですよと言っているが、ぼくには会社がなくなったのでそれに代わる場所がほしいと会社をやめてからずっと思っていた。ぼくはスタバには馴染めなかったので二つの場所がいることになるが、一つは図書館でこれは年金生活者には一番利用しやすい公共施設になっている。ぼくは主に泉野図書館と白山市図書館を利用するが、玉川図書館や海みらい図書館にもたまに行く。

自宅と図書館ともう一つのサードプレイスがなかなか見つからない。フェイスブックやブログはどうしても場所にはなりにくい。何といっても仮想空間なので。

会社に代わるプレイスは他人とのコミュニケーションが可能なシステムが必要である。その場所をどうやって見つけるかが意外と難しい。そこで思いついたのが読書会という場所であり、まずは身近なところからということで、高校の同級生とわが町の公民館のサークルで始めることにした。