彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

「稼がない男」を読む

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手取り11万円、47歳・フリーター。「金は生きていく上で必要最低限あればいい」他人にも時代にも流されず、“安定の超低空飛行”を続ける男・野口ヨシオ。そんなヨシオとつきあってきた、フリーライター・マキエが描く、ふたりの17年。____という解説から、普段のぼくの読書範囲を離れて読んでみたい誘惑にかられた。もしぼくが就職しない選択をしていたら、こんな風に生きてきたかもしれないという仮説で、追体験してみたかったのである。著者はフリーライターだから文章には素人ではないが、小説家ではもちろんない。小説としての冒険物語を期待したのではなく、あくまで現実生活のリアルさに触れたかったのである。

主人公の野口ヨシオは早稲田の第二文学部を卒業しており、在学中にアメリカの大学に1年留学し絵画制作を学んできている。絵が描け英語もできることから、大手の外資系広告代理店に就職するというコースは、金沢の美大を卒業しているぼくよりエリートコースを歩むことになると思いきや、1年で退社してしまう。多分マーケティング戦略バリバリの儲け主義の環境に耐えられなかったのだろう。文中には、出張で新幹線の切符を買うのに自分だけ行列につき、先輩5人は後から加わるというやり方が嫌だったと、退社理由が書かれてあった。とにかく不正が嫌で、嫌なものはどうしようもなく嫌な自分を悟ったのだと思う。その後会社に就職することを一切止めアルバイトで食いつなくフリーターを中年まで続けることになる。なんともったいないとサラリーマン生活を38年間やってきたぼくなんかは思ってしまう。と同時に自分を大事に考える、度胸の据わった生き方だとも思った。

ぼくの学生時代ではフリーターという言葉はなかったと思う。ドロップアウトという言葉があり、それは大学も含めた既成のブルジョア社会から離脱することで、フリーターの先駆けであったかもしれない。ぼくの場合は、周りがほとんど企業に就職するので、「自分を殺して」企業側の求める社員像に合わせようとばかりしていたと思う。この「自分を殺して」という時に実際に起こっていることは、今から考えるとかなり暴力的で残酷なことなのかもしれないと思う。多分野口ヨシオが嫌でできなかったことは、ぼくは嫌がる自分を押さえつけてやってしまうと思う。ほんの小さな不正に加担してしまうと、もっと大きな不正にも加担して社畜の道を進むことになるだろう。実際のぼくは不正には加担しなかったが、十分社畜にはなっていた。(これを認めたくないばかりに自分のサラリーマン時代のことは思い出したくない)