開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

自分を存在させることの難しさ

ぼくのこの「私の定年後文学人生」ブログが最近急に読者が増えてしまった。もちろん嬉しいのだが、ブログ開始当初の「熱い」読者二人くらいだったころの方が読者の方との距離感がリアルに感じられて、書く動機になっていた。単に数的な変化がなんとなくぼくの書く動機や気持ちに影響することが考えてみると不思議な感じがする。でも本当は影響されてはいけないのかもしれない。ブレるのは自分に自信がない証拠だと言われれば、その通りですと認めてしまう。

でももう少しわずかな変化に注意してみると、読者が増えることはぼくを認知する人がネット上に増えたことになる。自分の存在感がほんのちょっと増したことになると思う。そういえば、この前の「哲学の必要性」で書いたことをTwitterにもアップしたところ9000インプレッションあり、それからリツイートの中になんと宮台真司さん本人が含まれていた。記事の中に、「宮台真司によれば現代の日本に固有のアクチャルな問題(共同体の喪失)でもあるということだった。」と書いたためだった。そんなことが起こり得るのがネット環境なのかと改めて知ったことだった。

ブログを書いている人はいろいろいて、それぞれ固有の動機や企図があるのだろうが、ぼくの場合は「自分を存在させる」ことだ。実際このリアルな世の中に確かに存在しているはずなのに、書くことで存在を確かなものにしたいという欲望を持ってしまった。村上春樹は小説を書くことで、自分を存在させているとどこかで述べていた。

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