彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

生きる舵取り

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学校、新聞テレビなどの情報・ニュース、お金利殖情報、コマーシャル、恋愛・青春物語、企業の論理、消費行動モード等々にどれだけ影響され、生きることが制約されているか、考えてみたことがおありだろうか?自分で選択していれば制約とは感じないだろうが、選択範囲は制約されうる。(むかし「究極の選択」というゲームが流行ったことがある)

ぼく自身がこれらの制約のもとに、職探しをし、企業に就職し、結婚し、生存競争にさらされ生き延びて、そして定年退職まで来た。自分というものが外からの圧力に動かされ続けて、ほとんどなくなりかけている。自己主張なるものは欧米では当たり前のことでも、日本社会では異なることに薄々気づいていたが、結論を持ち越していた。自分を捨てて仲間のために貢献することが美徳だとされるのは、オリンピックという国際的な戦いを通していつも解説される。いつまでも個人主義は根付かない。組織や国が強く、個人の基本的人権という観念さえ風前の灯のような日本。

このような感慨は企業に長年属して裏側まで体験することがなければ、持つことはないかもしれない。生き延びるためにはわがままは言っていられない、お前の代わりはいくらでもいると言われ続ける世界に居続けてはいけなかったのだと述懐してどれだけ通じるだろうか?しかしともかく、定年まで生き延びてこられたのは目出度いとしよう。哲学と文学とスポーツに生きていても、年金で食べていけるような身になった。

今では「生き延びる」ために舵取りする必要がなくなって、その代わり「生きる」ための舵取りを選択範囲が格段に広がった状況のもとで行うことになった。ぼくはこのブログで哲学に従うと大見得を切ったが、ほんとうは自分の心の小さな声に聞き耳を立てているのが実情なのである。(ランボーは二十歳で詩を捨てて実社会に出て十七年間生き延びたが、元詩人の心ではあまりにも過酷だった)