彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

2000年8月14日付の日記から

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今年の5月から自宅でインターネットを始めている。確かにこれによって私の日常生活に変化をもたらしている。まず本が読めなくなってしまった。振り返ってみると、この本によって私の意識世界に様々な「過去」が形作られてきたのだが、インターネットによって圧倒的多数の「現在」が落ち着いた過去を追い出してしまった。インターネットは道具の存在でしかない。道具は限定して使わなければならない。それにしても本の世界には何か代えがたい力があるような気がする。

それは、私自身と密接につながっている。そこは、無限定・無境界であり、外界と静かに融合している。心理作用として何らかの解放感があるのは、「用」の現実世界から切れてしまう快感があるのかもしれない。私はこれまで巧みにというか、執拗に、現実世界から切れることを実践してきたように思う。孤独を求めるのはそのためだ。