彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

文学趣味の仲間たちへ

f:id:hotepoque:20180320211046j:plain


今読みかけの小説を挙げてみると、玉川図書館から借りた井上光晴「黒い森林」、野々市図書館から借りた福永武彦「死の島」、昔買ってあって書棚に眠っていた野上弥生子「迷路」、高校一年の時に読んで再読したいと思っていたゲーテ「若きウェルテルの悩み」などである。小説以外ではサルトルの「存在と無」をそれこそ2,3ページずつ読み進めている。

それぞれ読みたい理由が存在するのだが、あえて一つの理由に絞るとしたら、自分を緊張状態に置きたい、ということになるだろうか?起きている間中ずっと緊張しているわけにはいかないが、ある時間集中することがないと1日を過ごした気にならない。その小説の世界はどこかに危険や異常なことが潜んでいて、安楽に進むことを許してくれない。脳に刺激になることだけは請け合える。

通訳で名エッセイストの米原万理の書評集のタイトルが「打ちのめされるようなすごい本」というのだが、ぼくはこの打ちのめされる感情体験が文学を支えているものだと思っている。一度体験してしまうと薬物のような作用をすることもあるので注意は必要であるが、、、

ローレンスブロックの小説にはアル中自主治療協会がよく場面に出てくるのだが、それは小説中毒の読者にも癒しを与えるひと時になっている。