開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

福永武彦「死の島」を読んで

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被爆者個人にはどのような生が営まれるかを20世紀小説形式で描き切った「死の島」を2週間弱で読んだ。(図書館の貸出期限は2週間だった)小説中の現在は昭和29年であるが、それを昭和46年に福永武彦は最後の長編としてこれ以上のものは残せないと本人が述懐したほどの作品を残した。

ぼくは戦前の文学者がおしなべて大政翼賛的に戦争協力した中で、加藤周一中村真一郎福永武彦が世界文学レベルで自らの文学的矜持を失わず戦中を耐え、戦後「1946・文学的考察」をいち早く世に問うた功績を知って、幾分明るい希望を持ったのだった。日本だけが文学的にガラパゴス化したわけではなかった。日本精神なるものにすべて糾合されたわけではなかった。プルーストジョイスカフカにつながる20世紀文学の担い手が、少なくともその水準に自らを維持しえた文学者が日本にもいた事実がぼくには救いだった。「死の島」はそれを証明する作品だと思う。

独身の作家志望の編集者である相馬鼎はプルーストや、ジョイスや、カフカに登場する主人公ほど存在感があるわけではないが、(真実の愛の前にたじろぐ小心者だったり、二人の恋人に公平に接するという観念性など)文学的野心や小説の力に対する信頼には、現代思想に通じるものがあると感じられた。不完全な主人公だからこそリアリズムが保てていると解することもできる。何しろ小説の構造自体は複雑で実験的でもあるので、主人公の不完全さに読者を十分誘い込む必要があったのかもしれない。入り組んではいてもついていくことはできて面白いと感じられるのは、やはり描写が上手いからだろう。深くロマンを堪能できる現代小説は珍しく、この読書体験は人生を豊かにしてくれる。

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