開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

書く視点を見つけるまでの意識の流れ

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書く視点を見つけるまでの意識の流れがテーマとなった小説は、世界文学の一つの重要なテーマらしく、あのサルトルの「嘔吐」もそうである。ぼくは退職してから読み通したが、一度20代に買って読んで途中で挫折していた。最近「嘔吐」をかなり深く読み込んでいる人の書評ブログを読んで感心したことがあった。その人にとって「嘔吐」は自分のことのように感じられ、ロカンタンや独学者の生き方にはまり込む読み方をあえてしていた。ここにその一部を引用したい。どうしてかというと、ぼくはそのブログ作成者を自分のことのように感じるからだ。彼はぼくよりあらすじを書くのがうまい。まずそれを引用してみよう。

孤独な独身者ロカンタン。数々の冒険に飽いた彼は、歴史上の謀略家ド・ロルボン侯爵の研究のためにブーヴィルという海辺の町に3年も滞在している。ある日、彼を不意に<何か>が襲う。その<何か>は彼が海辺で水切り遊びをするために小石を手にとった瞬間に訪れたものだった。以後、彼はその<何か>についての不気味な予感につきまとわれる。

彼は彷徨う、ブーヴィルの街を。この街にあふれるブルジョワどもや、この町を支配してきた<ろくでなしども>を軽蔑しながら。そしてこの町での唯一の話相手であった独学者に招かれたレストランでの気まずい会食の最中に強烈な<吐き気>の発作に見舞われてしまう。逃げ延びた公園のマロニエの樹の根を見て全てを理解する。

<吐き気>、それは剥き出しにされた実存そのものの不気味な啓示であり、実存の発作であった。元恋人アニーとの永遠の訣別、書きかけのド・ロルボン侯爵の研究の頓挫、独学者のその性癖ゆえの無惨な敗北・・・・・・。

あらゆる企ての挫折の果てに、彼はこのブーヴィルの町を去る決意をする。そして最後に立ち寄った「鉄道員さんたちの店」で古いジャズのレコードを聴く。彼は思う、異国の地でこの曲を作ったユダヤ人の男と黒人の女を。この曲を聴くことを通して、彼は二人のことを優しく思い、そのことによって彼らは救われたのだと・・・・。

ならば、彼もまた<書く>こと、一冊の本を書きあげることで救われるのではないだろうか・・・・・。ほのかな希望の灯りをもって、この孤独な実存の彷徨の物語は終わる。

どうだろうか、まだ「嘔吐」を読んだことがない人もだいたいどんな小説かはイメージできるのではないだろうか?あらすじが書けるというのは、リーディングリテラシーが高いことを示し、明らかにぼくより読む能力が高いことを示している。長くなるので今日はここまでとするが、彼の書評をこれから追ってみたいと思う。