彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

想像界と現実界の存在往復感覚

想像界現実界の存在往復感覚」とやたら漢字の多いタイトルになってしまったが、芸術家的存在論というものを生身の人間が実行する時の現前する様子を描いてみたいと思った。どうしてそう思ったかというと最近ユーミンがぼくと同い歳だと知ったことがある。何か世代的な共通点があると思って、ユーミンの生き方に興味を持ち始めていた。彼女の生き方とかセンスには多少俗っぽく計算高く振舞ってはいても芸術家の魂があり、それを言語化してみたくなった。

昔の「笑っていいとも」に出演してたyoutubeを見て、タモリと丁々発止の会話の中で彼女が自身の特技として、自分を消して現実のあるシチュエーションを「取材」する様子を語っているのだが、ぼくはその時の感じがよくわかったのだった。透明人間のように周囲を観察する時に想像界から現実界に漂い出てくるような、あるいはじっと立ち聞きしているようなふわふわした感覚があって心地いいのと、その感覚が表現する存在には欠かせないものじゃないかという発見があった。ユーミンにはその時の現実感覚をあとで音楽で再現する才能があるわけだが、表現手段は違っていても素材とモチーフとなる現実感覚は小説家にも詩人にもあるはずだと思う。ぼくにはまだ表現技術を開発する経験が少ないので作品化はできないのだけれど、その現実感覚自体は感じられる。

おそらくその感覚というのは誰にもあって、ただ普通に生活して楽しみがそこそこにあれば芸術に出会うまでもなく言葉にしないだけだと思う。でも言葉にするからその感覚もあるとわかる。おそらくその感覚を磨き続けると芸術家になれるのではないだろうか。