彷徨える初期高齢者

結局自分自身についてしか確かなことは言えない。時代とその世界の中で生きて、自分を通してしか知りえないことについて現象学的記述を試みる。

時間を流れさせる音楽

f:id:hotepoque:20180516201112j:plain2015年5月14日のFBから

全く久しぶりにFBに投稿する気持ちになった。会社で毎日働くという環境から脱して毎日何をしてもいいという環境になって、2ヶ月半ほどたった。ぼくが若い頃、哲学がファッションのようだったことがあり、ぼくはサルトルなどが好きだった。確か存在は意識に(実存は本質にの間違い)先んずる、というようなテーゼがあったかと思うが、今のぼくはビジネスマンとしてのあり方から遠ざかっているので、意識はどんどん学生の頃に舞い戻るということが起こっている。少し前までジョン・コルトレーンのCDを部屋で流していたが、すると意識は学生のころの雰囲気が音楽と共に漂いだす、、、、
ぼくは金沢に隣接する野々市市の住宅街に住んでいるが、全く動く人の気配がない空間を、ぼくの部屋から黒人のエネルギーがジャズにのせて塗り替えていくような感じがする。それにぼくの意識がリズムを取りながら動き出す。このようにして意識の場がぼくの中から抜け出し、今ここの空間と融合していく。
退屈したりブルーになったりすると、自分が置き去りにされているような感覚を持つが、音楽はそれを破って動きを作ってくれる。動きがなければ眠くなってしまう。