彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

竹内芳郎「サルトル哲学序説」より

もしも近代・現代の作家・思想家たちの例の終末観的な時間観念に積極的な意味があるとするならば、まさにこの点_____現在と未来との断絶の強調にある。

というのは、私たちはたいていの場合、未来を前もって決まった形として描き出し、それへの「期待」のうちに生きつつ、現在をそのための手段と化しているようだから。

そうなればもう、一方では未来が既定性を帯びて未来固有の空白さが覆われ、他方では現在の瞬間それ自体のかけがえのなさも失われ、かくして時間は一本の線のようにあらゆる脱自性を欠いて、不安も自由も決意も創造もすっかり見失われてしまうだろう。

あらかじめ決められた超越的目的を未来に指定する目的論のかたちをとった理想主義、一定の価値規準を想定して各時代の発達程度をはかるいわゆる「進歩」の思想、しかじかの社会が必ず到来すると決め込んで安心している歴史的必然観_____これらはみな、空白な未来に面接する実存の不安を糊塗するための組織化された試み以外の何ものでもない。

終末観の教えるところを正しく理解するならば、それは「行動するためには希望する必要がない」ということだ。一切の「期待」をかなぐり捨てて、何の幻想もなく、空白な未来にむけ不安のうちに己れを投企するもの、これこそが自由行為であり、こういう自由行為を可能にするものこそ、真の未来の脱自性なのである。

 

ぼくは、はじめてニーチェや近代のニヒリズムにある作家たちの世界が歴史的な必然性をもって、受け入れ乗り越えられるべき理由が分かった。

 

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