彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

2年前の誕生日と今日の誕生日と

63歳の誕生日に」

子供のいない、妻と二人の家庭を33年間続けてきて、自分の誕生日に特別な何かお祝いするという習慣がない。今日もお祝いらしきことはないのだが、職というものから離れて気ままに生活を送るようになってからの心境の変化を、63歳の誕生日という区切りで何かを書き残したいという気になった。それは社会とのつながりや責任が軽い状況で過ごせる身分というものが、ぼくには学生時代にもどるような気がするのだが、これは同じ年齢の多くの人たちと共有できるものなのかは分からない。この前大学病院までいく市内バスに乗って、そこで降りて美大に通じる道や天徳院のあたりを散歩して、時間の変化を身に感じながら歩く「快感」を味わてきたが、それは学生気分と似たものであった。 確かに空間は地理的には同じなのに時間が40年も違うというズレの感覚が心地よいのだ。もしかしたら40年前の自分と狭い路地裏で鉢合わせしないかと想像してみるのも一興だと思う。

さてぼくという人間は62年間生きてきた。(今日が63年目ということでよかったのかな?)最近サルトルを読んでいることの影響で、自分の主観性の中の客観視された自分というものに興味が湧いてきている。できるだけ客観的に他人から見た自分というものが今の自分の主観に打撃を与えることの積極性を考えてみたいと思えてきたのだ。それも付き合いといえば付き合いで、他人ではない非社会的な自由な見方ができるような気がする。そこには「身体」や「肩書き」や「地方」のファクターがある。でもそれらは制限ではあっても限界ではないだろう。制限は仕方がないが、限界は考え方や学びでいくらでも遠ざけることができると思う。人生はクレシェンド(段々大きく)である。

 

 65歳の誕生日に」

今日の誕生日を2年前と比べると、幾分孤独な環境からは離れていることによる豊かさの感覚がある。テニス仲間が10人ほど、(仲間とは言えないがテニス教室でのメンバーも同じくらいいる)住民で作っている読書会グループ仲間が10人ほどいるので、会社関連世界から趣味で繋がる世界に移行できている。今日は読書会グループでの文学散歩というイベントに参加してきた。旧松任市にある、聖興寺(千代尼堂)、白山市博物館、中川一政記念美術館、松任ふるさと館、千代女の里俳句館をめぐってそれぞれガイダンスを受けてきたが、その施設の充実ぶりには驚かせられた。地域の文化的資産は想像以上だった。日常何気に通り過ぎているところに歴史への窓が用意されていた。

さて自分史であるが、あえて再就職せず書生のような生活を続けてきて、個人としての自立というような抽象的な課題で自己表現ができるようになってきた感じがする。同世代作家と戦後作家の小説を読んだり、サルトルを読み進めたりして、自分の過去を成長過程として表現する視点を持つことができるようになった気がする。いずれも自分の心に主観的に蓄積するばかりで、気がするとしか言えないのだけれども、、、

自分を媒体にして一つの時代状況を再現するような「無謀な」挑戦にも意欲が湧いてきている。とにかく自分史は遅々として歩みは遅い。それでいいと思っている。