彷徨える初期高齢者

こころの中の私という同一性の海の中で、少年から大人に移りゆくまでの自己幻想にふと至ることがあって、ああ、あの感じはなんだっけとその感情に寄り添いながら、激しく回顧したい欲望にとらわれる。 喪失が長く続いた後の面影としてふと現れる、こころの不思議さに探求の理性を発動したくなる。 哲学か文学かは問わず、私という現象に没頭したい。

2015年7月25日の日記から

ついにCDを買う決心をしてCD屋に行くとぼくと女性店員だけだった。しばらく店内を探しても見つからなかったので、その女性店員の方へ行って「アジアンカンフージェネレーションってありますか」と尋ねた。一瞬彼女は思案したがすぐにその場所に案内してくれた。8枚ほどあった中でベストアルバムを選んで彼女のところへ持って行く。幾分嬉しそうな感じが素振りに出ていた。袋にCDを入れる時にフンと笑ったような気がした。ぼくはお金を払い、年甲斐もなくと思われていることに少し動揺したかもしれない。彼女はちょっと弾んだ声でありがとうございますと言い、ぼくもありがとうと返した。
「ループ&ループ」を何度も聴いている。このPVの中学生のように自分の中学生の頃に還っていた。あの頃のぼくは在日米軍向けの短波放送にチューニングしてアメリカのポップスを毎日聴いていた。62歳の自分は方法的に退行することにした。

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