彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

ブログタイトル更新について

このブログタイトルを「1953年生まれの自分史」から「定年後の文学人生」に更新した。変更でなく更新なのは、ブログと自分の内面が同期して深まりか広がりを増すように意図しているからだ。必ずしもそれは成長ではなく、はたまた上昇でもないからだ。とにかく移動による変化を続けるに相応しいよう、現在は自分史ではなく、現在を書く(いくぶん文学的に生きる)意欲に変化してきている。自分史がタイトルの時は、過去に帰って昔の自分に再会して、原因と結果を結びつけることが主眼だった。今自分がこうなのは過去のこういう出来事に原因があったのかと納得することで、自分史としての形成の根拠を求めるものだった。出発点は高校1年次の世界文学全集の乱読にあり、虚構と現実の区別がつかなくなって不登校と鬱を引き寄せ、それを美大受験によって克服するが、居場所がなく学生運動に近づきマルクス主義の洗礼を受け、一年留年して自分の思想構築に挑むも、卒業して地元で就職し38年間サラリーマン生活を送る。そして現在の年金生活までの平凡な個人史が綴られてきたはずだ。もっとも38年間のサラリーマン生活は、強制収容所にいたごとく考えられるのでまだ書く心境には至ってないのだが、、、

さて、自分史から「定年後の文学人生」に更新したのは新しい自分を模索しようと思ったからだ。基本的に未来に投企している。これまでの自分と一旦断絶させ、あるべき自己を求めて試行錯誤を繰り返し、目指すところを練り直す作業を数年間かけて行いたいと思っている。目指すところを決めなければどこへも行き着かず、同じところを回っているだけになる。老境には至らず、一個人の魂の構築を目指す修行時代として、今日から5年間を充てる。