彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

杉浦康平と稲垣足穂を知る

会社を定年退職してしばらく経って第二の人生を模索していた頃のFBの記事を見つけた。高校時代を回顧することに虚しさを感じ始めて、美大に進んでから杉浦康平稲垣足穂を知ったころにも熱い時間があったことを思い出している。今ならどれだけ時間を使っても構わないのだから、せっかく知った世界を思う存分掘り探っていきたいと思う。

これまで高校時代に帰って青春を再現することでサラリーマン時代に失った自分を取り戻すことをやってきたのですが、昨日それをそろそろやめようと思いました。きっかけは杉浦康平というぼくが美大時代に唯一尊敬できたデザイナーがいて、ネットで彼のエピソードを読んでいました。彼はよく徹夜で仕事をしていてそれについてこれない若者を若いうちは身いっぱい時間を有効に使わないともったいないと叱っていたのが今の自分に響きました。ぼくは自分では今でも若いと思っていたのですが、徹夜は到底無理と頭にありませんでした。(徹夜を想定できないほどやはり若くない。)でも徹夜するくらい集中できる仕事(読書も)が昔はあったことを思い出し、その時間が懐かしく感じられました。今はあまりにも規則正しい健康的な時間を過ごしているので(青春状態の)中身が薄くなっていました。杉浦康平に興味を持っていた頃、杉浦康平エディトリアルデザインを担当している雑誌で「遊」というのがあり一時期夢中になって読んでいました。その中で稲垣足穂の世界を紹介していて、独特の夢宇宙にそれまでぼくが触れたことのない世界を感じました。あぁ、大学に入ってからも自分の青春はあったんだとあの頃がよみがえりました。大学の1年間は学生運動に関わったのですが、その他に芸術にふさわしい世界にも触れていたこと改めて認識し直しました。これからは客観的には老年期の前期に入っていくのだろうけれど、稲垣足穂の世界に遊ぶというか研究するというか思う存分浸ってみたいと思います。

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