彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

自立とは

自分のブログを再読していくつかの記事が意欲的で、今の自分を鼓舞するところがあった。「1968年の観念」や「故郷化して世界内存在として自立する」などがそうである。今からすると、その頃が既に過去化されて現在とは繋がっていないことが分かる。その頃のぼくは立場を明確にして自立しようとする意志が持続していた気がする。自立であって、職業や肩書きに依存する思考法は取らないという矜持があった。

主宰しようとする立場まではないが、自分が引き受けるべき場所を作ろうとする意欲は読んでいて感じられる。一度踏み込んだ場所は形跡が残っており、そこに立ち続けて土地を耕すようにしたいと再び思う。

やはり小説は生きた経験(虚構を見抜く必要はあるが)に触れる手段であり、作者との対話をしている、あるいは学ばせてもらっていると捉えるべきだと思う。その上で自立を考えている。