彷徨える初期高齢者

62歳からの生き方を探し、もがいて苦しむことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

私語する世界(総集編)

ぼくが母親のお腹の中にいたころすべてはまどろみの中にあり、細胞も意識もすべてが未分化だった。ぼくが自意識の静かな成長の中にいたころ、自分の輪郭が周囲の環境に溶け込んでいた。何ものも新しく小さく震えるように生まれてきた。肉体の伸長に心が追いつかず、すでに世界に出てしまっているのに長いあいだ気付かなかった、、、通学は単調ではあってもどこか楽しかった。本が好きだったので途中で立ち寄る書店で、上級生の夢見がちな少女が気付かぬようにぼくの後ろにまわっていた。かがんで書棚の下にある本から目を離して起き上がると、肘に柔らかいものを感じた。雨の日は同じ帰り道だからといって傘に入れてくれて、ほとんど言葉を交わさずに長い道のりを歩いた、その時の感触というか空気が不思議なことに残っている。

食べていくためには身を捨てて見知らぬ世界に繋がれる必要があった。ぼくはそれを認めたがらない子供のこころを封印した。人生が黄昏に近くなってその世界から免除された。あれから何日も経って思い出した、自分にも子供の頃があったことを。ぼくが本当に少年だった頃があるとはなかなか思えなくて、少しは勉強ができる子だったのが内心嬉しかったのか、意外にも父はぼくの部屋を作ってくれた。ちょうど内面というものが生まれ始めていたこともあって、ぼくは部屋に閉じこもって、毎日夢の中にいた。甘くて牧歌的でそれでいて都会的で、妖精に憧れるボヘミアンだった。そのころ男性ファッション誌に載っていたライフスタイルは、ヒッピー族がモデルとなっていた時代だった。ぼくはパープルカラーの花柄のシルクスカーフを首に巻いていたような、フラワーチルドレンの一人だった。

つい今しがた、あの状態が訪れた。遠い記憶が蘇り、包まれたような感じがした。ぼくが十代の半ばの頃、都市を彷徨し居心地のよい疲れのままに、屋根裏部屋に帰って夢想していた頃、ランボーを読んでいた。世の中はサイケデリックな喧騒の中にあった。ぼくの身はミルク色の朝もやに包まれて、まどろみの中に浸っていた、自由だった。時間の観念がなくいつまでも閉じこもっていることができた。おそらく世界も同じように歴史がなく、不思議な共時性に溢れていた。ビートルズがアイドルを捨て、より本来の奔放な世界に入っていった時代。ぼくたちは闘う必要がなく、思うまま自分を表現していればよく、それぞれに軽やかに身を飾ってお互いの眼差しがやさしかった。街に出て大人には出会わなかった。いつも祭りのようであったかもしれない。歩行者天国という非日常が気だるい真夏の午後のあちこちに展開されていた。例えばユーミンの「ひこうき雲」を聴くと、少年のころの自分の孤独なこころに帰ることができる。「雨の街を」や「12月の雨」や「雨のステーション」というように雨をテーマにした曲を聴くと、みずみずしい青葉の萌えるような匂いが一瞬にして湧き上がるのを感じる。不思議なことにもう半世紀にもなろうとする時を隔てても、少女(ぼくの場合は少年だが)の天上への憧れに胸が苦しくなるような情感がよみがえる。あの頃は大人になる前の、突然に広がる自我の世界に何もかもが新しく嬉しくて仕様がなかった。ユーミンもぼくもどうしたわけか幾分悲しかったが、死さえも甘味だった。

暑い日海がうねっていた。潮風が少女の髪をなびかせて、時間が止まっていた。海岸沿いのハイウェイに、オープンカーが疾走していった。気だるさと眩しさと汗と、思わせぶりなふとした沈黙のあと、ぼくは耐え切れなくなって、キスしてくれと言った。君は待っていたように凭れかかってきた。夏の日は思い出の夏になった。高校生のころはプールによく行っていた。何か思いつめて黙っていた君を気づかないふりして、君の横に寝そべって感じていた。何も起こらず過ぎていく夏休み。プールの後のイチゴのカキ氷は、君の唇を赤くした。いつまでも続くようにお互いが自己放棄していた。滑り落ちるように夏が過ぎていった。取り返しがつかない、離れていく距離。放っておいてはいけなかった。ぼくはもっと君に譲って、自分を捨てるほど君に心を向けていればよかった。大切にされているという感じがしなかったと君は言った。その通りだ。ぼくは見返りを求め過ぎていた。どこかで諦めていた気もする、信じることができないという不幸をあまり真剣に考えなかった。小さなことが大事だったのだ。心の中の出来事を本当に起こっていることのように思えなかった。でも、それこそ自分が直面することだったのだ。

あなたと会わないことにしてから40年近くが過ぎた。長い刑期のあと辛うじて繋がっていた関係に引き寄せられるようにして会い、もう済んだこととして、つながりの糸を手繰り寄せた。最初の出会いの方ではあなたの無邪気な奔放さに惹かれて、振り回される自分の感情の元を奇妙に思えて、それが信じられなくて、感情そのものを疑い、育てることを思いつけなかった、、、。だから、社会性や責任を問われる方へいさぎよく進んでいけた過去を思い出していた。再会のあと、もう一度自分を試す冒険の方へ、歳柄もわきまえず、もう踏み出して月日を重ねている。もう出航して初めての港に到着しようとしている。何が見える?少しは女心がわかるようになって、気づけるようになって、何か気の利いた応答ができるようになっただろうか、、、自分のままでいること。少し待つこと。求めるものを与えること。悲しみを避けないこと。見つめること。伝えること。あなたに出した手を引っ込めないこと。それらにあの頃は思いつけなかったのは何故だろう、、、

年齢を重ねるごとにナイーヴな心情をかけ替えのないものとして慈しむ気持ちが成長してきているそれはあの時代に青春を過ごしたからこそであると失われた時代を慈しむことと重なることになった。今はぼくより数年下の世代にはもとより通じないが、不思議なことに40年もすると珍しがられるぼくたちにとって、どの時代にもない独特の乾いたにじみ出るような存在の心地よさがあった。

狭い日常生活の範囲内で幸福でいられる心の状態には、愛に包まれている感覚がある。ぼくがトルストイを読んでいた間はたしかにそんな感じがしていた。仏教を唯識から学んでいた時には、無限の広がりのなかで落ち着いていられたが愛の感覚はなかった。仏教では孤独でありながら心は充実していた。トルストイ白樺派の文学には、キリスト教の影響なのかは確信はないが、自分が包まれているような感覚があって一人なのに孤独ではなかった。自分が内面で充実しているというより、やはり周りが充実しているのだ。共同体の中にいる安心感に近いのかもしれないが、もっと甘味なものが漂っている。もし本当に白樺派の文学がぼくにそういうチカラを与えてくれるのなら、退ける理由はないのではないだろうか?

たしかにモダニズムやその極致であるデカダンシュールレアリスムはないかもしれないが、自然の大地にしっかり足を踏ん張り、ミレーが描いたように感謝の祈りを捧げる農夫の幸福は手に入るかもしれない。ただ、ぼくの生きている時代は近代をくぐってきており、二つの世界大戦でのおびただしい死者を忘れることはできないと気むずかしく考えないなら、それもOKなのだが、、、

 

人は老年になって自分が積み重ねてきた人生をある完成に向けて、ちょうど画家が一人の肖像画を描くように、残りの人生を生きて行くというイメージがある。ぼくが高校生だった頃、白樺派という文学集団を現国の先生から教えられ、しばらくはトルストイ武者小路実篤の小説の世界に住んでいたことがある。とても牧歌的で夢心地で人の一生は意味にあふれていた。半年ばかり楽天的に過ごしたと思う。思い出すとひたむきながらどこか甘味な、包み込むような雰囲気が現れてきてあの頃に戻りたい衝動にかられる。しかし、今更あの世界に還ることができるのだろうか?それは人生の明るい面だけを見て自分をごまかすことではないのか、という声が聞こえる。

実際高校の時はお目出度い若年寄りみたいな自分が嫌になって、真逆の不条理な世界観に落ちることになった。この時ぼくは自覚的に「落ち」てやろうと思った記憶がある。キルケゴールの「死に至る病」を読み、小説はカミユを読んだ。それにしてもどうしてあの頃の自分はそんなに潔癖になろうとしたのか、合理的な理由は考えられない。あえて推測すると何にも世界が見えてない自分がバカみたいに思え、間違った自分を傷つけなければ済まない感情が、ちょうど手首を切ることで自分を保つ少年少女のように激しかったのだろうか?第二の人生を始めようとする(本当の年寄りに近くなっている)今、正直に言うと少しばかり身を危険にさらしてみたい気がしている。もう一度今の時点であの激しい自己嫌悪の状態に「落ちて」みたいのだ。僅か一瞬の青春のぼくの内面には一体何が起こっていたのか、今だったら言葉にできるかもしれない。それはぼくのこれまで身についた思想らしきものを一度かなぐり捨てて、果して裸の自分は何を感じ、世界をどのように掴もうとしていたのかを確かめることだ。今、白樺派の人生にぼくは何を見るだろうか。

昨日、ある文芸評論家の出ているYoutubeを見ていてふとビジョンが浮かんだ。気だけは若いと思っている自分が、年相応に、或るおさまり方をするような気がしたのだ。年齢を重ねて人となりが、落ち着いた自信が身につくように完成していくイメージをこれまでどうしても持てなかったが、そのビジョンによってうまくできそうな気がした。そのビジョンとは自分の心の中にある「神」を存在させるということだ。決してキリスト教の神やましてや神道の神ではなく、あえて言うならマイスウィートロードなのである。多分白樺派が懐かしく感じられたことの延長線上にあり、トルストイが信じた民衆とともにある神に繋がっていそうな気がする。

これまで別にサルトルに学んだわけではなく無神論を当たり前のように受け入れていて、自分の心の中には自分しかいなかった。でも自分の心の中にマイスウィートロードがいると感じたら、ぼくは絶対的な孤独から解放されるかもしれないし、永遠の相談相手を持つことになると思われた。そうだ、絶対者として神がぼくの心の中に君臨するのではなく、「感じる」神なのだ。トルストイを読んでいた頃はその感じる神と一緒に過ごしていて、ぼくはアリョーシャのようだったことを思い出した。(ドストエフスキートルストイをごっちゃにしていると言わないでほしい)宗教というものを信仰と同じと考えるのが常識と思うが、神を信じるというよりも神を感じるという方法の方がぴったりする。とにかくぼくの心の中に、ぼくとぼくの他者である神がいることになる。これは無限の安心感を与える。昨日からゲーテの「ファウスト」を読み始めた。ゲーテの心の中の神との対話が戯曲形式で展開されている。

 

10月初旬の爽やかな空気は同じ皮膚の体温が、ぼくの連続した過去の同じころの生活感を甦らせてくれる。あらゆる生物にとって温度というのは決定的な環境要素だと思われる。例えば海温が1度違えば海中の生物にとって危機的な異変と感じるはずだ。今日は秋晴れで仲間とテニスをしていてとても気持ちが良かった。秋晴れの日の夕方も夕餉を準備する街の空気がいつもより、生き生きと感じられる。そしてこの街の夕暮れ時の満たされた空気が、ぼくの一番自由だった19のころの、精神状態にしばし連れ戻したのだった。ぼくは自宅の離れに部屋を与えられていた。それは台地の端に作られているので、部屋の西側は崖になっていて、窓からはセントヴィクトワール山のような、なだらかな斜面を見ることができる。夏の夜は、支流を流れる川沿いで行われる花火大会の特等席にもなる。連れ戻されたのは、美大に幸いにも受かって最初の年だった。試しに初めてキャンバス8号に油絵を描いてみた。李麗仙の肖像画を燃えるような暗い赤の下地に浮かび上がらせたが、のめり込むほど熱中はしなかった。具象よりもその頃注目されていた、アメリカのミニマルアートに、霊感を感じて、自分でも黄色とブルーの棒グラフのような図をポスターB全に描いて、部屋に貼って眺めていたこともあった。そんな時期があったことが不思議に思える、ぼくにもアートの入り口が開いていたこともあったのだ。ただ何となく自分が心血をそそぐ世界のようには思えなかった。19のころは、人生で精神のままに居られる若さの気配を確実に作っていたのではないだろうか。

エロスに知的なエレガントが加わる風情には東から吹いてくる風がどことなくオリエントを感じさせぼくたちは無国籍な潮流で日本の伝統に新しい優しさを重ねようと、不遜にも挑戦したのだった。吉田拓郎アジテーションのように歌った泉谷しげるは情念の解放区を歌ったユーミンは無国籍の女神だった村上春樹はキザな語り口を発明していた村上龍は暴力とセックスを想像力によって解放した大江健三郎はいつもそばにいてくれたサルトルは状況を語りどちらの立場をとるか迫った埴谷雄高は文学の力を信じさせた。乾いた夏の、都市の蜃気楼のような時間のない形而上的な永遠に育てられた世代だった。

どこに行ったら君に逢えるのだろう。いつか時代が過ぎて、過ぎゆきて  どこにも君の面影を見つけられなくなった。こんなにも変わってしまうなんて  楽観的なボクには想像できなかったよ。敗北を重ねてみんな散っていったから  共通する求心力を失ってしまったから。 反撥や引き合う心が存在して  身振りや眼差しに現れて、表して、無為に歩いて永遠の交差を  愛おしむ人たちで街が溢れていた。そうだ、ボクたちは目で分かり合っていた。あの頃は敵がはっきりしていたんだ。だからみんな仲間だと見ず知らずの人にも  馴れ馴れしくしていた。セントラルパークに ダウンタウン・ストリートに 地下鉄に。ファイティングマンが、命知らずのリーダーが  たくさん立っていた。

土曜の午後には何かがある。いつもと違う気分がふと訪れる。静かなワクワク感があり、子どもの頃デパートに連れて行ってもらった記憶の断片が脳のどこかを刺激するのかもしれない。街角に一瞬立ち止まり、爽やかな5月の風を感じる。晴れた住宅街の坂道を田舎道を歩くように軽やかに昇っていく。何かが起こって出会いがありそうな予感がする。実際は何もなく坂道を降りてくるけれど、心のどこかが満たされている。遠くの方でピーッ、ピーッと調子を取っている笛の音がする。旅人やよそ者や大学生が夢見るように歩いていた。時代は自分自身に躊躇して彷徨っていた。誰かが移行期だと言った。どこからどこへの移行なのか、未だにわからない。恋人と別れた原因がわからないのと同じように。

 

古今東西あらゆる世界、歴史に繋がるようになって、人々は自分でものを考え、言うことをしなくなった。すでに自分の考えることは誰かが考え尽くしていて同意するか、否定するかしかしなくなった。悲しいかな自分をしっかり大地に立たせることに意欲がなくなって、みんな失敗することを無駄と捉えてしまった。賢くはなっているのだろうが、ロマンがない、悶えるような憧れに遭遇しない。感情も思想もゲームに絡め取られてしまった。昔の女は惚れた男に命をくれてやるぐらいの一生にも満足できたのに、自分の魂を感じられなくなってしまった。生活といえば経済と思い、決して殉教者にはならない。物語が作れないのだ、、、

だがしかしこの俺はどこへも行けずに立ち尽くすか、蹲っているだけなのだから大きな顔はできないというものだ。自死へと向かわずにハードボイルドのタフネスにも行き着かず、失意からの再生に賭けるしかないのか、、、