彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

自分にとってなぜそれが問題なのか

他者のブログを読む時いつも感じることなのだが、その記事は他人に伝えなければならないかの理由を述べないで、いきなり書かれている、というものだ。日記なのだから別に構わないのだけれど、その人の関心ごとではあるにしても、なぜそれがブログに書かれなければならないのかと思うことがある。自分にとって切実ではあっても、誰かにとっても切実だとする根拠はどこにあるかとまではその人は考えないのだろう。

ぼくの場合も例外ではない。しかしぼくは、現代の定年退職者はこれまでとは全く違う境遇に遭っていると思っていて、自分の考えていることはその直面を捉えようとしているから、自分の切実と同じような切実を多くの定年退職者が抱えているはずという直感のもとに書いている。一言で言えば、意外に人生は長く、会社を離れてからやることがなく退屈な時間をどう過ごしていいか分からない、というものだ。退屈で退屈で仕方がなく、何事もする気が起きなくて、油断しているとすぐ眠くなってしまう、、、本を読んでもそれだけでは物足りない、、、お金が出ていくだけの生活から抜け出そうとアルバイトや株で稼ごうとするが、稼いでどうするのかがあまり思い浮かばない、、、

人生の目的をあなたは持っているか?ぼくは持っているのか?それが最後には残り続ける。稼がなくても生きていけるとしたら、何を求めるのか?世の中に役に立つことをする?しかしどんなことができるというのか?世の中に役に立とうとすると大概資格がいることが多い。今さら資格を取ってまでもやろうとすることが分からない。本当は救いを必要とする人がいっぱいいるのに、自分はそれに応えられない。あまりにも荷が重すぎて、自分の方がまいってしまう。勇気と希望をぼくが与えられるというのなら、それが知りたい、、、