彷徨える初期高齢者

苦しみもがいて、62歳からの生き方を探すことに必死になる。誰でもない自分の人生として。

年の瀬にというわけではないが

しばらくブログから遠ざかっていた。きままに思うことを書き綴るという趣味から離れていた。一つにはiMacが動かなくなって、何とか自力で回復を試みた結果諦めざるを得ず、AppleStoreに修理に出すことになったからだ。今はsonyvaiowindows os のお世話になっている。サラリーマンの時macだけではいろいろとコミュニケーション上不都合があって両方使うことになっていた。好きなのはもちろんmacである。
ところで無職の生活では、決まった仕事がないことから毎日が日曜日状態なわけであるが、3年間その状態で馴れてくると書くことが仕事みたいな感覚というか、時間的に座業の職業人のような状態に似てきて、単なる年金生活者なのについライターみたいに錯覚してしまいそうになる。あくまで素人であることの現実感覚を忘れないようにしないといい気になったりしそうで、何でもいい方に取るおめでたい自分に気を付けていようと思う。
さて、ブログで過去の自分を振り返って自分とはこんな人間かと見極めようとしたが、厳しさが足りなかったりあいまいさが付きまとったりでうまくいかなかったようだ。ただ、おそらくだけれど少し多くの同年配の定年退職者と違う所があるとしたら、客観的に見て倫理性ではないかと思う。
自分はどうしようもない堅物で不器用で奥手で、つきあいが下手なシャイな男といったところだろうと思う。それを倫理性というのは格好つけてるのだろうが、その言葉が性格的に一番しっくりする。だからこれから倫理的に深めていくのが自然なのだろうと見通しをもっている。