開界録2019

The time I retired from jobs is the period reviewing and comprehending my past life.

セカンドリブを書き始める

今から小説を書き出してみようと思う。正確には人々が小説と認めるような鑑賞に耐えるような文芸作品なのではないから小説とは言えず、でもそう言い張ることによって一つの実験をしてみたいと考えている。自分が書く小説の世界に自分が生きていくようにするという実験なのである。基本的には自分しか生きていない。環境や他人や動物やあらゆる生物は私との関係でしか生きていない。もし自分と全く関係なく生きて活動していたとしても、それは自分以外の何らかの動因によるもので自分にはどうしようもできないことだから、自分との関係が生じた時にだけ小説に登場することにする。ともかくそういう風に進めていく実験をこれからするのである。

定年退職してからごく少数の人に何かのきっかけから、「何をしているんですか」と聞かれて本を読んでいるとか、ぶらぶらしていると答えると怪訝な顔をされるので、「小説を書いてみようかと思っているんです」と答えたことがあったらしい。らしいというのは、そんなことを言った覚えがないのに随分経ってから「小説は書いています?」と聞かれることがあってびっくりしたのだった。車の定期点検で一年ほど前にディーラーの女性マネージャーに喋っていたり、今年来た年賀状の中に「小説は書けましたか」とコメントが書かれてあったりした。

そんなに気安く小説のことを喋っていたのかと思うと、さすがに恥ずかしくなるが、今からやろうとすることはもっと恥ずかしいことになることだろう。自分の近辺のことを書いて自分をその中に生かそうとするのだから、自分を書いて見せびらかそうとするに等しいではないか。それは文学の文脈で言えば私小説というのになりそうだが、ぼくはこれまで読んできた小説からするとあまりにも世界が小さく平板で面白くないジャンルだと思っている。私小説だけは書きたくない、というかそんな世界に自分を生きさせたくない。

ではどんな世界ならいいかと考え始めると、二十歳くらいに返って同棲している彼女がいて、友人たちと住んでいる世界について大いに語り合うような、芸術家の卵のコミュニティがいいと想像する、、、「ユリシーズ」の最初の方の気分のいい1日の始まりのシーンのような感じで始めるかとか想像してみるが、自分にはこれまでの経験が書くエレルギーを提供してくれるかと自問すると、ちょっと準備が足りないような気がする。でも温めがいがあるかもしれない。美大の頃友達の下宿を訪ね歩いていたことを思い出して育てればいいのだ。