開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

初対面の人と会う

昨日のブログで最近外出が多かったと書いたが、一昨日の日曜日にはテニスのハシゴをすることになったことも付け加えておきたい。午前中はいつもの仲間でプレイしたが、午後3時からは初対面の人とゲームを楽しんだ。当然コートもいつもの野々市のコートではなく、金沢の郊外(城東地区)のコートだった。ぼくと妻の共通の友人からの誘いで、その友人が属するチームの男女二人と、妻のテニス教室仲間の女性一人が初対面だった。テニスをする人は人見知りをする人が多いような気がする。結局ぼくら6人とも人付き合いが苦手で似た者同士だった。プレイの合間は2人は休むことになり(ダブルスは4人でする)その間は何か喋らなければならない。テニスはいつ頃から始められましたか?2、3年でそこまで行くってすごいですね。あ、一緒の赤いシューズですね。レッドシューズ組の勝ちでした〜。妻のテニス 教室仲間のNさんは、いきなりぼくに夫婦喧嘩はしますかと聞いてきて、しょっちゅうですよと答えたぼく。ぼくと妻の共通の友人のKさんはダジャレと自虐ネタで、調子を取っていたようだった。妻は何を喋っていたのか分からなかったが、馴染んでいるようだった。ぼくはKさんのチームの女性のサーブが決まっていて、軽いリスペクトを抱いた。お上手ですねと言ったら照れていた。会話は少し緊張したが、ゲームを重ねると自然に打ち解けるようになるところがテニスのいいところだ。でも2時間のゲームが終わると、淡々とお疲れと言ってそれぞれ車に戻って帰り支度になった。それぞれ元の人見知りする自分に帰って行った。何だか少し寂しい気分になったのはぼくだけだったかもしれない。

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非日常のランチタイムになった

ここ数日来今日まで、外出することが多く、意識が外側に向いていた。これまでの自分には珍しくよく喋っていたと思う。数日来天気が良かったこともある。花見の時期には、野々市高橋川沿いから下って同じ水系の伏見川沿いまで歩いて、満開の桜に寄り添った。やはり満開の時の桜は格別の趣がある。久しぶりの長距離ウォーキングになった。花見からの帰り道、日赤病院の向かいの歩道を歩いていて、とても雰囲気のある小さなイタリアンレストランを見つけた。ウィンドー越しにぼくと同年齢と思われる、カジュアルな紳士風の男性の姿を目撃した。こんな所に隠れるようにしてレストランがあったのかと、家に帰って妻に話した。それから二、三日して妻と歩いてそのレストランに行った。夫婦でやっていてアットホームな感じだったので、料理には特別期待はしてなかった。いい雰囲気ならそれで良かった。パスタランチを頼んで見たら割と本格的だった。30分ほど待たされたが、奥さんが本当に申し訳なさそうに何度も謝るので、温かい感じがして味と合わせて待たされても満足できたのだった。待たされている間、妻と日頃しない会話にも繋がったので、窓から外の風景を眺めたり室内に流れる小さめの音量のジャズを聴きながら、非日常のランチタイムになった。

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定年後の人生がうまく進んでいる

昨年コロナで自粛することになった文学散歩を、今年はどうするかということになって、昨年書いた案内文書を探していて見つからなかった。データもパソコンに残っていなかった。今年は同じ企画でどうかと思って、メンバーの人に相談するのにそれを見せたかったのだが、見つからずガックリした。肝心な記録データを散逸してしまうことが度々ある。どこかでモレてしまう性格に自己嫌悪することが、サラリーマンの時もあった。多くの企業がISO認証を取ることが流行っていた時があって、文書管理は重要な企業活動の一つだった。地方の小さな企業でも記録文書にはうるさいのに、国の行政となると政治が絡んで簡単に廃棄されたりする。それはともかく、書きたかったのは1年前のことがそのことでリアルに思い出せたことだ。昨年の今頃の心の状態がよみがえった。ちょっとした企画でも初めて自分で取りまとめるのに、手をぬきたくなかったので一生懸命になっていた。メンバーに認めてもらいたいという気持ちがあったのだが、逆にいうと心の中では寂しい気分にもなっていたような気がする。あの時はほとんど一人で考えなければならなかった。

今は違う。メンバーには気安くなんでも相談できるようになっている。そのことのゆとりが豊かさを感じさせてくれて、それを書いておきたかった。定年後の人生がうまく進んでいる、という満足感を味わえている。こんな風に人間関係を積み上げていきたい。

若者が勉強しないのは企業が悪い

日本経済が低迷しているのは経団連が悪いと、元大企業創業者の出口治明氏は言う。ぼくはリタイヤする方を選んだが、リタイヤしないで生きるのも悪くないと思った。

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戦争をさせない軍隊を持つ

山本哲士氏の政治的立場が分かった。2015年の安保法制を巡って当時の安倍首相は、個人意志と共同意志の混同という詐術を行った。しかし新たなファシズムを打ち破る萌芽も同時に生まれた。

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小説病みの歌

赤裸々な心というと生々しいが、

普段世間体やら役割を気にして隠されている心に、

その壁を破って触れてみたいという欲望がどうしても

しばらくすると芽生えてくる。

ああ、ぼくと似たような考えを持っていると感じたり、

どうしようもない性格に同情してしまったり、

果てしない求道心に癒しを感じたり、

長い夜に当てもない回想に付きあったり、

秘められた恋の行方にいつか来る破綻に心踊らせたり、

心の空洞を埋める彷徨う旅に同行したり、

今を懸命に生きるひたむきな姿勢に元気をもらいたいと思ったり、、、

忘れられたロマンにもう一度浸り込んでみたい。

生活破綻者ギリギリの悪夢のような世界にもう一度、

のたうち回ってみたい。

村上JAMは文化資本だ

コロナ禍の文化資本に、セールスフォースが加わっている。ぼくはこの企業のセールス担当者とサラリーマン時代にあったことがある。今から7年ほど前に、はるばる東京から金沢までセールスに来ていた。

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生活者の経済哲学は可能か?

以前のブログで、山本哲士氏の吉本隆明「日本経済を考える」講演に対する解説を読んで、ぼく自身の感想を書いていた。それは生活者にとっては経済から何を知ればいいのかという問題だった。今ある経済学は支配者の学であり、それを生活者の学にするには、支配を逆支配に転換し反権力を超えて非権力の経済理論を打ち立てる必要があるとされた。また生活者といっても一般大衆ではなく、「わたし」という具体的な立場から語ることが求められた。再度、2.3.円高ドル安:グローバル経済における企業と生活者について山本哲士氏の批判的解説の全文を掲載して、ぼくの感想を述べたい。

 

円高ドル安は、労働者賃金の上昇、自分の暮らしとどうかかわっているのか、そこが大事で、円高ドル安という事態そのものではない。また、ほんの13%の1部企業が直接かかわっていることで、一般大衆の現実にはかかわりないという。

日本の賃金上昇は、他の先進国にくらべて低い、労働者は耐えるという徳が日本人にはある、これは生活向上に円高が関与していない実例だ。つまり、生活大衆にまで円高は還元されていないということだ。
こういう考え方にはなにが欠けているのか?

円高は、生活者としてどこにかかわっているかというと、海外で暮らしたとき、海外旅行したとき、わたしたちには直接にかかわってみえてくる。1ドルが100円になると、200円のときの半額でモノが買える、暮らせる。わたしのように海外生活を多くしている者には、直接の利益になってくる。
他方、輸出企業にとっては、1万ドル儲けたとすると、その利益は半分に減ってしまう。
こういう、逆転が、実際には、ナショナル経済とグローバル経済との関係でおきている。前者が自分の暮らしのことで、後者は自分の暮らしに関係ない、といえるのだろうか? 日本国内で暮らしている圧倒的多数にはかかわりない、といえるのだろうか?

日本航空が、ブラジルで稼いだ利益を日本へもってくることができない、ということが起きている。これは、いわば低開発国で稼いだはなしだ。USAで稼いだこととどうちがうのか?

ポイントは、海外進出企業のその経営の仕方が、問題であって、その利益を、日本社会へ還元させていくという様式を日本がつくれないで、海外国の法的規制に従属しかしていない、この経営力のなさが問題なのだ。生活者自体に問題があるのではない、グローバル経済経営がなされえていない、戦略がない、ここが問題なのだ。
国家がグローバル・ファイナンスができていない。つまり、国際利益を日本社会へ還元させるという戦略をもちえていない、また、場所企業が輸出している、その場所経済への利益還元をなしえていない、こういうことが「指導の指導」として、根本的な問題なのだ。1部経済企業の収支問題にしかなっていないことが問題なのだ。ただ、輸出して儲けるということしかできていない。

さらに、日本が、海外投資をなしえていない、小金持ちがいるだけで、総体として海外投資経済活動ができていない、ただ少額の株の売り買いしかしえていない、ビジネスを育てるということがなされていない、これが問題なのだ。生活者として消費投資しかできていない、生産・創造投資がなされていない。
円高は、大企業の下請け会社へしわ寄せが自然過程的にくるだけの無策が問題なのだ。ここは、一般大衆の生活にもろにひびいてきている。

グローバル経済は、わたしたちの食品をみてみればいい、海外製品がどれほど卓上にならんでいるかみてみればいい、直接の場になってしまっている。原料までいれれば、深刻な事態にまでなっている、そこを見ないでいるわけにはいくまい。米まで、忍び込んでいる。食糧自給がなされえていない。車のガソリンでさえそうだ。
グローバル経済の観点が吉本には欠落しているが、これは生活者に自覚がないほど、実際には忍び込んでいる、入り込んでいる。
生活者からみて、国民経済とグローバル経済との関係が、既存の在り方においては利益となっていない、こういう組み立てが問題なのだ。

ここは、場所経済がグローバル経済との直接性を構築せねばならないという課題としてあることで、ナショナル経済がそれをサポートするという体制になっていかないと成立しない。地銀がまったく機能しえていない、中央銀行の従属代行ファイナンスしかできていないからこうなっている。

経済とは、本質的に世界経済でしかない。この世界経済を、産業的な生産様式でやっているだけだからだめなのだ。
グローバル経済が、日々の生活にいかに関与しているか、その現実を認識していくことは必要である。とくに、衣食住において、それはもはや間接的ではない。

生活者が世界に目を閉じていることはもはやできない。世界に目をむけることが、特権階級だなんぞという考え方がもうだめだ。生活者は、国家よりも世界をみていかねばならない、それは、自らの場所経済=地球経済を生活者の生活環境として自覚的に構築していかないとだめだ。

これは、まさに吉本のいう円高ドル安という現象だけのはなしではない、ということなのだが、それをみないということではなく、世界総体をみなければならないという生活者自身の問題であると、開いていかねばならないのだ。それには、労働者生活という領域ではなく、生活者、場所住民=地球住民という観点をいれなければならない。世界経済はどこか天空にある問題ではない、自分の足元の環境の問題である。

 

ここでは、生活者にとっての経済を語る一例として、円高ドル安:グローバル経済における企業と生活者についてが語られている。以下ぼくなりに要約すると、、、

円高ドル安は、労働者の賃金上昇に還元されないのが問題で、日本航空が、ブラジルで稼いだ利益を日本へもってくることができないように、海外進出企業の経営力のなさが問題とされなければならない。労働者の方が被支配を逆転し、理論上はグローバル経済経営の戦略を労働者自らが立て、経営者を指導できるくらいでなければならない。また、国家のグローバル・ファイナンスができていず、国際利益を日本社会へ還元させるという戦略をもちえていないのに対して、国が生活者視点で海外投資をしビジネスを育てなければならない。生活者として消費投資しかできていない、生産・創造投資がなされていない現状からの脱出が構想される必要がある。そもそも、経済とは、本質的に世界経済でしかないから、自らの場所経済=地球経済を生活者の生活環境として自覚的に構築していかないとだめだ。生活者自身が、自分の足元の環境の問題をグローバルに解決する経済学を持たなければならない。

以上、今までの国家観からすると問題もでてくるのかも知れないが、自分の問題として経済を語る視野は大きく開かれる感じがした。自分の足元から厳密に経済を哲学する事に、あなたは希望が湧いてくる気はしないだろうか?

唯川恵と言葉を交わして来た

現役の直木賞作家の唯川恵トーク・ショーに参加してきた。軽井沢から実家のある金沢にきて、金沢の隣の野々市でやる事になって、戸惑っている感じを受けた。田舎に帰ったらいつもの調子と違うものを感じたのではないだろうか?作家という感じは受けず、普通の気さくなマダムといった感じ。気取った感じは一切なく、ジェンダーを主張するようなこだわり女性でもなかった。非常に謙虚であったし、大勢の聴衆の前が苦手な様子は隠しきれなかった。登場するときに案内者がそばにいないと一歩も前に進めないような、痛々しさすら感じられた。ひょっとして作家という人種は、その場の空気に過敏になりすぎて、間に「緩衝材」がないと落ち着かないのかもしれない。ぼくは会場からの質問者の1番手になるように言われていた。「今までの作品からもっとも寄り添いたいと感じた女性は、どういう女性か」に対して、作品を書いてしまえばそれっきりで、冷たいかもしれないと答えられた。書いたら切れてしまって、もう寄り添おうとした感じは忘れてしまうようだった。何か人ごとのように「肩ごしの恋人」のるり子のように生きられればいいけど、書くんだったら「雨心中」の芳子のような女性が好きだ、というあっさりした回答だった。むしろ読者のぼくの方が思い入れが深いのかもしれなかった。小説はもう力技で書ききるものだ、という作家の職業感覚であえて女性の情緒っぽいところを外した感じだった。とにかく、小説のプロと直接言葉を交わした経験は、作家と読者の違いが現れたものだった。大きな違いかもしれないし、意外と小さな違いかもしれない。

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我に帰った時に感じたこと

サラリーマンの時は組織に属しているので、自分のことは後回しにしてみんなの事を考えるのが第一だった。その習性がついているので、定年退職後に自分のアイデンティティを確認するためにもがくことになった。ある意味、社会的な規制がなくなってわがままを押し通すことが許される。好きなだけ自分本位に生きてもよくなったのだが、慣れない環境で改めて子供のように自分探しをすることになる。でも大概のご同輩は、恥ずかしくてそんな青臭いことに退行しない。だから生物的に年老いていくことにまっしぐらとなるのだ。ぼくは自分らしさを青春に退行しながら、取り戻すことができた。それでも油断して周りに合わせるようにしていると、自分を失うことがある。いい人ぶろうと無意識にしてしまうのだ。いわゆる忖度だ。もうそれは、定年退職後の自分の人生ではぼくはとらない事にしたのだ。せっかくの第二の人生なのだから、自分らしく生きる事にする。自分は男だから、男らしくというのももちろん含まれる。男の勇気と品位をこれから再生するのだ。今の世の中、あまりに優しい男が多いように感じる。社会的弱者や性格的に弱さのある女性には優しくするが、わがままの女性には譲ったりしない。要は自分の強さをわきまえて普段はおとなしいが、いつでも奔放な自分に帰る余裕を持っていたい。