開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

山本哲士の吉本隆明「日本経済を考える」を<読む>を読む

昨日のブログで、山本哲士氏のページを個人の記録として無断転載した。無断転載しても何の影響もないと思うが、マナーには反することだろう。ただぼくは山本哲士氏の本をまともに読んで理解できる読者ではないし、ことさら連絡をとって転記の許可を申し出るほどでもないだろうと無責任な態度で考えてしまった訳で、申し訳ない気持ちはある。そこでというのも何だが、ぼくの理解の程度を示すことは最低限の応答ではないかと思い、ここで書いてみることにしたい。

1、経済学は、「支配者の学だ」について

これを氏は、はっとさせられた、と正直に述べられている。吉本隆明を誰よりも研究している氏にして、言われてみれば当然と思われることに素直な驚きを感じる感性に、リアルな驚きをぼくは感じる。この一言で言い切る言い方は詩人のものだ。続けて、反体制だろうとそれは支配者の学だという指摘を取り上げる。反体制というのはマルクス主義の経済学のことだ。だからマルクス経済学ではダメで、一般大衆からの経済学という視点から吉本は論じたいと紹介している。それは誰もやったことのないような、魅力的な仕事だとぼくも直感した。そのあとに、氏の独自の方法論が述べられている。『反権力を超える「非権力」の経済理論』をぼくは何となくしか理解できない。おそらく「非権力」の理論は、フーコー研究から得られたのだろうと思う。「経済分析自体が逆転しなければならない」とは、どういうことだろうか?支配者の経済分析をさらに支配する経済を理論化するということだろうか、抽象すぎてよくわからない。

もう一つの方法論が「生活環境の経済理論」だ。吉本との違いは『一般大衆ではなく、「わたし」というプライベートな立場から経済を語る』ことだ。つまりは、一般名称ではなく、この私という主語で語るということで、この転換は流石だと思えた。その具体的な理論展開があれば、おそらくぼくはワクワクして読むことだろう。氏の「ホスピタリティ経済」論は、確かに支配者の経済学に対置しての吉本経済学を超える地平を築くと思われる。

2.3.円高ドル安:グローバル経済における企業と生活者について

この感想は後日に。

どういう小説を読みたいか?

好みの作家があり、純文学に限っても様々な主人公の物語があって、一気に読めるものに出会うことは稀で、途中で投げ出してしまうこともある。今日読んでいたのは小説ではなく、評論だった。武者小路実篤の評論でトルストイからの影響で、華族でありながら自らの階級が虐げられた人の犠牲の上に立っているという引け目を感じて、所属階級からは没落と思われる人生に進んでしまうことになる。母親からは「もう少しましな女がありそうなものじゃないか」と言われてしまう女性を妻に選んだり、空想的な理想郷を求めて実際に村を作る事業に突き進む。当然問題ばかりが起き挫折の人生になるが、多くの小説や戯曲を残していて、大正時代を画する作家として名を残しているから成功はしているのだろう。おそらく実業家から見れば、勿体無い生き方に見えるだろう。価値観の問題だと言ってしまえばそれまでだが、人生は短く、色々違った価値観で生きられるものでなく、やはり振り返ってみればそう生きるしかなかったような、一つの生き方を生きるしかないように思われる。、、、ここまで書いてきて、ぼくは自分がどんな小説を読みたいかが分かったような気がする。色々紆余曲折はあっても、その人に運命付けられたような人生というものがあるはず、という物語が読みたいのだ。

では、ぼくの場合はどんな人生の物語なのだろう?きっと決まっているのだろう、でもどう決まっているというのか?サラリーマンを38年やって、定年退職して7年経った。ここからまだ決まっていない人生が始まるのか?

開いている小部屋

ぼくのブログは2月14日に160アクセスあった他は、1日 4~24の間でアクセス数が推移している。一人の方が複数ページにアクセスする場合もあるし、アクセスしても記事を読んでくれているかどうかもわからないので、多分10人ほどは読んでくれていると思われる。無限大に拡張しているネット世界の中で、わずか10人くらいが訪れる部屋がぼくの発語している空間になるわけだ。そこでどんなことを発信してもいいとなると、わずか10人に聞いてもらえている環境であっても、何かワクワクするものを感じる。こんなことはサラリーマンの時や学生時代ではなかったことだ。高校1年の時、クラス日誌があり担任教師管理のもとで、生徒が順番に日誌をつけていた。基本フォーマットがあってほとんど時間割りが占めていたが、短いコメントを書く欄があった。その頃50人くらい生徒がいただろうか。50人の生徒と担任教諭の間でいわば1日の所感が共有されるのだった。ぼくは現国の時間が好きだった。確か武者小路実篤か、有島武郎か忘れたが白樺派が登場してぼくには新鮮だった。素朴にヒューマニズムと出会っていた。その日その感動を所感に書いたら、翌日担任教諭の数学の時間に、昨日の日誌にメイブンを書いた奴がいたと取り上げた。ぼくは名文だったのかと一瞬得意になりかけたが、迷文の方であって、からかわれたのだった。そんなことがもう半世紀経っていても記憶に残っている。それは確かに迷文だった。誰もヒューマニズムが世界で今一番大切なことだ、なんてコメントしない。あの時は無性に恥ずかしかったが、今思えばヒューマニズムには魂が宿っていて、思想というものに惹かれる自分の性格がそこで芽生えたのだという事実が分かるエピソードだ。今、「白樺派トルストイ」(阿部軍治著)という本を読んでいる。武者小路実篤トルストイの思想に心酔して、新しき村を建設した時代のことを読んだ。関川夏央は「白樺派の大正」で、武者小路実篤をあの時代の革命者の先駆けとして位置付けていた。あの頃は15くらいの少年で何も世界のことはいっさい無知なのだけれど、でも意志のようなものは芽生えると思う。武者小路実篤学習院トルストイの思想に出会って、生涯その影響下にあったらしい。ぼくはからかわれてすぐに白樺派から離れてしまったが、定年後の今、もう一度白樺派を再評価してみたいと考えている。

今日書きたかったことは、そういうことではなかった。あの頃の少年の魂についてだった。日誌に迷文を書くほど人生の何かに悩んでいて、その当時、現国の先生が担当されていた学生課という相談室があって、そこをしばらく通っていたくらいだった。そこでは英文の老女性教師もいて、なんとコーヒーを淹れてくれていた。「もう一杯いかがですか?」と勧められたことを今思い出すと、当時の高校は生徒を大事に扱ってくれたのかと感心する。あそこでの対等に扱われた時間の、いかにも教育的な厳粛な時間がとても貴重なことのように思える。季節は冬でストーブが暖かく、未来には希望があって時間は永遠に流れていくような感じがしていた。

現代の「経済学批判」

マルクスと格闘した吉本隆明の、経済学に対する基本的な考え方が現れている講演記録を記載している、吉本思想を受け継ぐ山本哲士氏のページを見つけた。現在のところぼくの世界観の基盤としたい。(無断転載させていただく___つまり、ぼくの個人的なメモとして)

 

●ここから↓

吉本隆明の講演を抜粋した本『吉本隆明の声と言葉』を購入し、購入者限定でWeb公開されている「日本経済を考える」を聞いて、わたしの感想と思考をここunimallでは公開しておこう。貴重な講演であるものを、ここでは生かしたい。
講演は、1989年ごろであるとおもう。

1.経済学は、「支配者の学だ」

経済学は、所詮「支配者の学だ」という吉本隆明の指摘にはっとさせられた。こういう鋭さが、いつも吉本隆明にはある。反体制だろうとそれは支配者の学だという。そのとおりだ。また、それに対して吉本は、一般大衆からの経済を論じたいという。

ここを、わたしはどうするかというと、二つの道で考えている。
第一は、指導者・支配者の学にたいしてその「客観化をさらに客観化する」という「指導の指導」の観点からかんがえなければならない。指導者を指導することで、支配を逆支配していくことだ。これが、反権力を超える「非権力」の経済理論となる。マネジメント論が実践論になっていくが、経済分析自体が逆転しなければならない。

もうひとつは、一般大衆ではなく、「わたし」というプライベートな立場から経済を語ることだ。これは、消費者として語ることでも、労働者として語ることでもない、「生活者」「暮らす者」として語ることだ。これは、生活環境の経済理論となる。

この二つの観点から経済を語る、この二つをある次元に統合させ、一元化するのだが、そのときいろいろな「非」の経済哲学をはたらかせていかねばならない。これがわたしの「ホスピタリティ経済」論になる。一般大衆から語ることは、同じものの反転にしかならないという認知がわたしにはある。つまり、2極に対立しあうという構造からそれはでていかないからだ。わたしは、別の経済地盤を創造していかねばならないとなる。経済の地盤自体を変えることだ。
吉本隆明の鋭い示唆からは、こういう前進が可能になる。思想的指針を理論的な表出へと深められるのだ。

2.3.円高ドル安:グローバル経済における企業と生活者

円高ドル安は、労働者賃金の上昇、自分の暮らしとどうかかわっているのか、そこが大事で、円高ドル安という事態そのものではない。また、ほんの13%の1部企業が直接かかわっていることで、一般大衆の現実にはかかわりないという。

日本の賃金上昇は、他の先進国にくらべて低い、労働者は耐えるという徳が日本人にはある、これは生活向上に円高が関与していない実例だ。つまり、生活大衆にまで円高は還元されていないということだ。
こういう考え方にはなにが欠けているのか?

円高は、生活者としてどこにかかわっているかというと、海外で暮らしたとき、海外旅行したとき、わたしたちには直接にかかわってみえてくる。1ドルが100円になると、200円のときの半額でモノが買える、暮らせる。わたしのように海外生活を多くしている者には、直接の利益になってくる。
他方、輸出企業にとっては、1万ドル儲けたとすると、その利益は半分に減ってしまう。
こういう、逆転が、実際には、ナショナル経済とグローバル経済との関係でおきている。前者が自分の暮らしのことで、後者は自分の暮らしに関係ない、といえるのだろうか? 日本国内で暮らしている圧倒的多数にはかかわりない、といえるのだろうか?

日本航空が、ブラジルで稼いだ利益を日本へもってくることができない、ということが起きている。これは、いわば低開発国で稼いだはなしだ。USAで稼いだこととどうちがうのか?

ポイントは、海外進出企業のその経営の仕方が、問題であって、その利益を、日本社会へ還元させていくという様式を日本がつくれないで、海外国の法的規制に従属しかしていない、この経営力のなさが問題なのだ。生活者自体に問題があるのではない、グローバル経済経営がなされえていない、戦略がない、ここが問題なのだ。
国家がグローバル・ファイナンスができていない。つまり、国際利益を日本社会へ還元させるという戦略をもちえていない、また、場所企業が輸出している、その場所経済への利益還元をなしえていない、こういうことが「指導の指導」として、根本的な問題なのだ。1部経済企業の収支問題にしかなっていないことが問題なのだ。ただ、輸出して儲けるということしかできていない。

さらに、日本が、海外投資をなしえていない、小金持ちがいるだけで、総体として海外投資経済活動ができていない、ただ少額の株の売り買いしかしえていない、ビジネスを育てるということがなされていない、これが問題なのだ。生活者として消費投資しかできていない、生産・創造投資がなされていない。
円高は、大企業の下請け会社へしわ寄せが自然過程的にくるだけの無策が問題なのだ。ここは、一般大衆の生活にもろにひびいてきている。

グローバル経済は、わたしたちの食品をみてみればいい、海外製品がどれほど卓上にならんでいるかみてみればいい、直接の場になってしまっている。原料までいれれば、深刻な事態にまでなっている、そこを見ないでいるわけにはいくまい。米まで、忍び込んでいる。食糧自給がなされえていない。車のガソリンでさえそうだ。
グローバル経済の観点が吉本には欠落しているが、これは生活者に自覚がないほど、実際には忍び込んでいる、入り込んでいる。
生活者からみて、国民経済とグローバル経済との関係が、既存の在り方においては利益となっていない、こういう組み立てが問題なのだ。

ここは、場所経済がグローバル経済との直接性を構築せねばならないという課題としてあることで、ナショナル経済がそれをサポートするという体制になっていかないと成立しない。地銀がまったく機能しえていない、中央銀行の従属代行ファイナンスしかできていないからこうなっている。

経済とは、本質的に世界経済でしかない。この世界経済を、産業的な生産様式でやっているだけだからだめなのだ。
グローバル経済が、日々の生活にいかに関与しているか、その現実を認識していくことは必要である。とくに、衣食住において、それはもはや間接的ではない。

生活者が世界に目を閉じていることはもはやできない。世界に目をむけることが、特権階級だなんぞという考え方がもうだめだ。生活者は、国家よりも世界をみていかねばならない、それは、自らの場所経済=地球経済を生活者の生活環境として自覚的に構築していかないとだめだ。

これは、まさに吉本のいう円高ドル安という現象だけのはなしではない、ということなのだが、それをみないということではなく、世界総体をみなければならないという生活者自身の問題であると、開いていかねばならないのだ。それには、労働者生活という領域ではなく、生活者、場所住民=地球住民という観点をいれなければならない。世界経済はどこか天空にある問題ではない、自分の足元の環境の問題である。

4.知ることが大事

吉本隆明は、経済の問題は生活大衆には給与のことでしかなくなる、経済はくらしにとって重要な課題ではないといっている。ここは、プラスとマイナスと注意深く考えていかねばならない。そして、「知る」ということなしに、その課題を克服していくことはできない、知ることは大事だと。

たしかに、経済が経営者にとって利益の問題でしかなく、労働者にとって給料の問題でしかなくなっている、そうさせるのは商品経済、交換経済だからそうなっており、そういう次元である限り重要な問題ではない、そのとおりだ。だが、経済の本質は、交換経済だけではない、商品経済だけではない、それをこえるには「経済とは何であるのか」を「知って」いかねばならない。

経済とは、文化経済であり、環境経済であり、つまるところ生活経済である。生活経済は、場所経済とならない限りリアルなものとはならない。産業国民経済であるかぎり、給与の問題でしかなくなっていく。そして消費者としての物価の問題でしかなくなっていく。これが、問題なのだ。作るということに関与していかなくなっていく。会社人間でさえ、作るということが分からなくなっていく。
そして、商品販売が社会生活でしかないとなっていく。商品の物象化が現実の物象化にまでいたっていく。これは、現実であるが、社会現実であって、生活現実そのものではない、ということを吉本は言っているのだ。
場所経済とならないかぎり、経済はいつまでも自分の問題とはならない。ここを「知る」ことだ。
そうでないと、環境経済とは消費生活における消費財の節約という問題でしかない状態になる。給与と節約としかならない。経済が、創造であること、暮らしを作るものであることが消えてしまったママになる。

5.6.農業問題

ここで、吉本隆明は農業問題にふれる。農業問題が日本経済の根幹であるかのような議論はペテンである、主要問題ではないというのだ。それは、農業人口が圧倒的にサラリーマン農業であって、専業農家は15%に満たない、この少数は、少数において深刻な課題ではあるが、主要な経済問題ではない、米の自由化がなされていけば、一時的な混乱はおきようがある均衡に達するはずだし、農家は必然的に減っていくというのだ。都市部の農業地を住宅地にしていけばいいという経済学者たちの言には一理あり、また、農業問題は自分自身の問題ではないと認識することが大事だと。

ここには、米の自由化というグローバル経済の要素がはいっており、それは必然過程であるかのような言述となっている。
わたしからみて、ここには、場所経済がないことからの時代趨勢にプラスをみる吉本隆明の考えになっている。
場所経済の、主要要素に農業経済ははいる。食糧自給という問題だけではない、環境経済としての農業がはいる。農業と工業との共存は、環境経済の基本になるが、商業化された農業ではない、生活農業である。また、他方、農協という商業<社会>主義は、解体されてしかるべきであり、すでにすすんでいるが、農業法人化という会社経営としての農業は主要な課題となる。食べ物をどうつくるかは、場所住民にとって、漁業とともに重要な生活課題だ。農地を宅地化するという次元のはなしではないし、米の自由化という価格のはなしではない。
何を吉本隆明はいいたいのかというと、現行の農業問題は、支配者のペテンのはなしであって、それにだまされるなということ、これはそうだ。しかし、農業の問題を、生活者の問題として構成しなおさねばならないのは、生活者の生活環境の問題であるということ、そこへきりかえろ、というようにわたしは理解する。
それは、場所経済としての農業の興隆である。農業の文化技術経済開発である。

7.8.

円高ドル安、米の自由化と農業問題、こういうことを主要課題だとしていくと、国家主義にしかいきつかない、国家社会主義、一国社会国家主義、つまりスターリニズムにしかならないと、吉本隆明は警告する。そのとおりだ。
だが、国家社会主義は、国家、支配者からうみだされるのではない、そういう次元にもはやない、社会国家主義は、<社会>そのものからうみだされる、社会当事者、つまり一般大衆からうみだされる、この認識がグローバル消費社会が不可避にうみだしている次元である。

すでに、大組織、大企業、大学、官僚行政は、スターリニズム化しているのも、世界大変動への反動として自己組織をまもるために、閉じた<社会>イズムになって、自己組織の全体主義をそのまま<社会>規則化して社会全体主義になっている。生活者になりえていない宙づり状態が、消費者利害をまもるべく社会規則従属のポストモダンファシズムへとはいっている。

吉本隆明は、学生たちに、知ること、理解することの重要性を啓蒙的に語っている。自分の実感を信頼せよ、そのうえで世界を知ることが大事だと。だが、その学生たちは、二〇〇七年の時点で、もはや、知ること理解することを放棄して、「不能化の意思」をもって、学ばない、知ろうとしない、理解しようとしない、という主体性のところまできている、これは支配の結果ではない、自己利益において不能化であることに利があるとふんでいるのだ。実感が、もはや、自分にはなくなっているところまで、社会によって植民地化されている。

生活環境が、場所にないからだ、場所=地球が抽象化され、国民経済がリアルであるという物象化にもうはいってしまっている。国家主義を可能にするもの、それは<社会イズム>である。社会イズムは、一般大衆によって支えられる。自分がいない、社会優先があるのみの生活だ。


わたしは、吉本隆明を批判しているのではない、その思想地平上からひらかれる、次の「知」への次元をひらいている、そうでないと吉本思想は生き得ない。本質は正鵠をえている、状況認知が思想自己表出の鋭さの分、幾分ぶれる、だがそこには新たな理論地平がひらかれていく可能条件があり、そこが開かれていかないと、本質の正当性が指示性をもちえなくなっていく、そこにわたしは世界線の理論水準から思想をいかす次元をひらいている。


追記(※注)

本コメントを書いたのが、8月であった。金融危機がその後、突如として訪れた。
最初の犠牲者が、非正規雇用者たちの契約打ち切りとして直撃した。下請け工場がダメージを受け、またトヨタをはじめ基幹企業は大きな赤字へといたるはめになったが大企業では経営責任がまったく問われていない。無策の結果であることがないがしろにされて、弱者への負荷が押し付けられている。

生活への直撃は、さまざまな形で円高において現れているのも、それは円高という個別の問題ではない、リンクする経済諸関係総体の問題であるからだ。グローバル経済化が、生活の足元にまで及んでいることの実際が出現した。
もはや、「支配の経済学」では、こうした事態に対応はできない。産業商品経済の生産様式自体が破綻したということである。経済基盤の転換のときであるのだが、既存の枠内での対処しかなされようとしていない。給与対策しかとられていない。<賃労働‐資本>関係ではもはや解決ができない閾にはいっているのだ。

経済そのものの転換が要されているのである。吉本思想の自己表出力をふまえた上で、そこにとどまるのではなく、指示表出がグローバル化していることを含んで、その根源的な転換を考えていくことが要されている。

 

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自我がつくる内面世界

今日「大阪」を読んでいて、作者の柴崎友香の中学から高校時代の自分を回顧する場面が詳細に綴られているのを、やっぱり都会の女子だなと感じた。流石に作家の記憶は鮮明で具体的だった。漫画やテレビ漬けの小学校時代だったのはぼくと同じ環境と思えるが、彼女ほどのめり込まなかった。エレファントカシマシやBAKUTIKUなどのファンだったらしいが、ぼくの時代は洋楽をラジオで聴くだけで、ライブなどに出かけたりというほど都会ではなかった。それだけ直接生で触れる機会がないので、Music Lifeなどの雑誌からイメージを膨らませ、そのイメージを自分の部屋に閉じこもって想像していた。中学から閉じこもりを覚えて、高校でゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読んで、婚約者のいるシャルロッテのような年上の女性を想像することに発展していった。高校生で世界文学を読むと当然自分より年上の女性ばかりが登場人物になる。スタンダールの「赤と黒」でも上流階級の夫人が恋愛対象なので、当然女性崇拝的な憧れを育てることになったと思われる。今から思うとどこかに現実離れした女性への思慕の念が、その時に植えつけられたかもしれない。フランソワーズ・サガンの不倫小説などにパリの空気とともに、うっとりしていた雰囲気が今でも心の底に沈殿しているような気がする。ところで最近その頃の疼くような感覚が急に懐かしくなって、どうしてもその正体をつかみたい衝動を覚えるのである。想像上の恋人を迎えようとする初老の自分がいる。その恋する感覚は世界を小さくして、余計なものが目に入らなくさせる効果がある。自分一人ぼっちの世界ではあるが、孤独ではない。それは自我に芽生え始めた頃の雰囲気に似ている気がする。

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1985年

この前、柴崎友香「春の庭」を読んで面白かったので、図書館に同じ著者(岸政彦という社会学者との共著)の「大阪」を予約していた。二、三日前から読んでいて大阪の移り変わりを懐かしんでる文章に、時代を描写する面白いエッセイを見つけた感じがした。その中で、「なげやり倶楽部」というテレビ番組のことが出てきて、深夜番組の内容のものがそのまま土曜の夕方にやっていたらしい。Googleで検索してみると、番組の動画が出てきた。1985年の風俗がよく分かる。出演者は今ではメジャーになっているが、そこに写っているそのころの若者は今どうしているのだろうか?1985年ごろの時代感性はもうどこにもなくなっている。あの頃のコマーシャルは、今では考えられないほど自由だった。2021年の今は、とにかく自由がない。

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近況報告、みたいな

いつもこのブログに向かう時は、何か書きたい気分がふっと湧いたりしているのだが、今日は特別何か書きたいという衝動がない。日常はコロナ下という状況に慣れ、特に不便もなく穏やかに過ぎていく。もともと引きこもり体質であるのと、テニス教室や読書会仲間との交流もあって、外出も適度に出来ている。一昨日は、源氏物語の読書会を公民館内の和室でやり、今日は泉野体育館で週2のテニス教室のうちの1日だった。明後日は野々市スポーツランドコートで、仲間とテニスゲームを行う。唯川恵トークショーは1週間後となり、会場設営のお手伝いに呼ばれている。

特に読書会仲間とのお付き合いの中で、お互いを思いやる温かい人間関係が出来ているのがありがたい。短いメールのやりとりで、ちょっとした気遣いを感じることがあって癒されている。それは小説読みの中で培われた、相手の心の内を「読む」訓練ができることと無関係ではないと思っている。小説は、心の内で繰り広げられる日常や事件や生活や葛藤などである。泉野体育館でのテニス教室のメンバーとも以前より親しくなっている。メンバーの一人の女性から、上のクラスへも参加してみないかと誘われてから、仲間意識が出来た感じだ。

こういう穏やかな日常を送れるようになったのは、最近になってからのように思える。心が通じ合うということのじわっとした温かみというのは、歳を幾分か多くとった者にとっては貴重な精神的財産とも思える。これからも大事にしたい。

源氏物語から何を吸収できるか?

我が国には源氏物語という、世界最古の小説が残されていてそれを元にいくつかの有名作家による現代語訳があり、読むことができる。英語にも翻訳されているので世界文学として、世界に日本文化のコンテンツが共有されている。この内容を源氏物語を読んで知っておくことは、日本人として限りない自尊心を持つことを可能にする。、、、という風に大げさに考えてしまうのが、ぼくの悪い癖なのだが、それでも地元の文学仲間と源氏物語を読む会を持てるのは、生きている意味があることだと感じている。(実際感謝もされている)

さて、読む会を作ったといっても専門家や研究者はいないのだから、様々なネット上の解説や図書館から研究書を借りて少しずつ読み進めていくだけの読み取りなのだ。それでも優雅な言葉の使用法や和歌のやりとりから日本人の心の源泉に触れたり、細やかな貴族たちの気遣いにそこまで書き込むかというほど詳細だったり、当時の教養の主流やトレンドなどを知ることになる。今やっと「帚木」(2帖め)を読み終えただけなのだが、古風な和文の宝庫にいかにも現代との文化格差のようなものを実感する。三島由紀夫が懸念した現代の殺風景な文化状態が、改めてどういうものかを知ることになる。やはり意味が分かるとその中に入ることができるので、ゆっくり丹念に意味を確認しながら、書かれてある場所や状況を具体的に掴む必要があると感じた。何よりも文中に流れている時間を感じ取ることで、時間に浸る古典ならでは読書の至福を持つことができる。

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新しいブログに向けて

先日書いたブログで、すでに人生の目的が自分や自分の家族のために生きることでなくなったと書いた。ということは、過去に自分のための人生を充実させることを目的にしていたことがあるということだ。そう、サラリーマン時代はずっと自分のことが最優先にあった。競争環境にずっと置かれていたからだ。人生の敗者にならないように自分に力をつける必要があったからだ。今は退職して、その競争環境からは逃れられている。定年という制度をありがたいと実感している。今は自分を優先に考えなくても済むので、精神的にはこんなに楽で、開放感を味わっている。すでに十分充実した生活を送っている。明日は天気が良さそうなので、テニスを仲間で楽しむ予定である。自分が楽しいだけじゃなく、みんなで楽しむことができる。昔はぼくの家に呼んで、ささやかな忘年会もやったこともあって、その時の雰囲気は今でも思い出して心底癒される時間だったと思える。

先日のブログでは、真実に生きることをこれからの自分の目的にしたいと書いた。真実の目からみると、サラリーマン時代は自分を失い社畜として働いていたと思える。社長からのパワハラや、年下の上司からのマウンティングなどの屈辱に耐えなければならなかった。退職してからはその企業での常識を根本的に疑って、負の体験を自由な個人の物語として乗り越える、表現活動に転化しようと考えている。それは自分のためでもあり、今社畜に置かれている人たちのためでもある、と思っている。表現というのは必ずしも、小説などの表現ということではない。企業で働く自分の姿から、徹底した深掘りをするということである。また、自分を失っていたということは、妻との家庭生活においても負の環境が心身ともにあった、ということでもある。今思い返すと、共働きの私たち夫婦は同志だったと思える。そのことも表現してみたいと思う。時間はこれからもたっぷりあるのだから、苦しいことも予想されるが頑張って書いていきたい。

便利さは墓穴を掘らないか?

何らかの制限が必要と感じ始めている。現代社会はネット環境やコンビニなど便利になって、簡単に情報が手に入ったり簡単に物が買える、ということに注意を向けたいと思う。例えが変かもしれないが、テニスでスキルの知識は簡単に手に入るが、そのスキルを身につけるには繰り返して自分の体に覚え込ませる必要がある。それは実際やってみると簡単ではない。哲学や歴史や文学や思想という人文系の知識も、分かりやすい入門が用意されていて、解説の本や動画がすぐに手に入る。高価な本も図書館で簡単に手に入る。便利で何でも手に入ることは一見いいことのように思える。しかし、これも読むという行為は時間がかかって、簡単に済むわけではない。1回読んでも分からないことも、人文系の学問には多い。小説の場合、自分の読解力に応じた本が市場で有り余るほど提供されているので、「自分に合ったもの」という基準で読んでいると墓穴を掘ることになるかもしれない。なぜかというと、他者に出会わないからだ。他者に出会わないと実は自分もよく分からないはずだ。

ぼくはこれまで自分の心の声というものに信を置いてきた。何か違う感じがしたら、それはそれ以上自分に近づけないようにしてきた。反対に、これは自分と似ていてちょうど同じことを感じていたと思えた小説や作家は、どんどん取り入れようと読んできた。簡単に本が手に入るから、自分の経験や感性を中心に擬似的な体験や考えを積んで行くことになる。そうやって自分を「人格的に」作って行くことをよしとしてきた。だがそれはあくまで擬似的で、実際体験して体に覚え込ませたことではない。そして現代ではあまりに擬似的なものに、取り囲まれ過ぎている。ほとんど自分もその環境に同一化していると思われる。だが、それでいいのだろうか?どこかで情報を遮断して、便利さの環境を意識的に壊してコントロールする必要があると思う。

何のために自分は生きているか

67歳の定年退職者が、何のために生きているかと自分に問うている。既に自分の幸福のためや家族の幸福のためと思っていない。だったら社会や国の公正な運営のために、何か自分の力を活かしたいということだろうか?青臭いどこか偽善的な匂いがすると言われようが、この歳になってもそう考えるのだから仕方がない。かといって何か具体的なボランティアのようなことをする気はない。そんなことを求められているとも感じていない。高校の時からの友人の一人は、アムネスティの活動をずっとしている。大学時代の先輩の一人は今も学生運動の延長で、ある政治党派のもとで「闘って」いる。自分をその社会的に意味のある活動に尽くそうとすることは彼らには解決済みのことで、もう自分に問うことはないのだろう。ぼくは、そういう意味の活動は自分の生きることに通じていない気がする。今の自分は仕事もしていない。お金を稼ぐという意味の仕事だけではなく、社会的に有用な価値を生み出す仕事もしていない。仕事は何もしていないが、何もしたくないかといえば向上心だけはある。今から能力が落ちぶれていくだけで、老いて行く自分を受け入れるだけが残された人生、というのは断固として御免である。好奇心だけはある。同じようなことを繰り返す自分を変えたいとも思う。

しかし、自分を変えたいと意欲するようになったのはいつ頃からだろうか。そうそう最近のような気がする。日頃接している情報に、明らかに真実を隠している意図を知ってしまったことが多分影響していると思う。ニーチェを持ち出すまでもなく、世界は力によって動いている。正義や真実が力となるには、多数の人間が覚醒しなければならない。これまでぼくが接してきて受け入れようとしてきた「思想」は、願いのような曖昧さがあったと思える。見たくないことや面倒なことを避けてきたように思う。あまりに複雑に見ようとしてきたかもしれない。真実はシンプルだ。自分は真実に直面して、逃げずにタフに生きたい。何のためか、真実に生きるためだ。

どんな本を読んだらいいかを自分で決める

 地元の文化協会加盟サークルは市の生涯学習課から活動費の援助を受けていて、ぼくたちの読書会も毎年活動の申請をしてお金を得ている。今年度はコロナ感染で計画していたイベントが中止となったので、予算がかなり残ることになり予算消化として、メンバー一人当たり1000円の書籍代を分配することになった。それで今日例会があり、まとめて注文するから各自どんな本を買うか聞いてみた。ほとんどのメンバーが買おうとする本がなかった。つまり今読みたいと思って購入して手元に持っておきたい、というような本はないということであった。そうか、日常的に読みたい本が頭にある人はいないのか、と少し残念な気がした。何を読んだらいいか分からず、読む本は人から与えてもらうという受け身の人が多かった。残念なことに、ぼく以外に絶えず何を読むかに意識を向けている人はいないということだった。ひょっとして人には言えないような本をこっそり読んでいる人がいて、外には漏らさないという読書家がいるのかもしれないとも思ってみるが、その可能性は低いと思う。メンバーにマニアックな感じの人はいないからだ。ところで、ぼくはあまり口外したくない本を読んでいる、例えば三田誠広「早稲田1968」などがそれである。このブログの読者の中には知り合いが全くいないので、秘密なことも実は書いている。(ブログを書いていることも知らせていない)三田誠広は高校生の時に「マルクス研究会」を作って仲間とマルクスの本を読んでいる。この本には現実の政治党派名も出てくる。三田誠広の高校時代からの友人は、対立する2党派の片方に属し、おそらくもう一方の党派からテロを受けて高速道路で襲撃されて死亡している。その友人が一度マンションに泊めて欲しいと訪ねてきた時、奥さんが一緒に住んでいるので断り、共通の友人に頼んで車で泊まるホテルを探し回ったことがあったということだ。そういう厳しい時代を通り抜けてきた作家なのだが、小説自体は深刻ではなくナイーヴな感性で書かれており、楽観的ですらある。1968年の10.21国際反戦デーの夜に「新宿騒乱事件」というのがあり、その日三田誠広はデモには参加しなかったのだがテレビの報道を見て、いてもたってもいられず新宿駅方面へ徒歩で移動していてどこかの陸橋で、地響きのような音を聞いたという。それはデモ参加者や不満を持った群衆が駅の線路を爆走している音だった。その時彼は、これは革命運動ではなく、単なる暴動だと悟ったと書いていた。ぼくはその年はまだ15歳で中学2年生で、当然事件そのものを全く知らないし興味もなかった。ぼくが学生運動に関わるのは1972年からの1年間だけなのだが、その時の三田誠広の体験や直感にリアルさを感じるだけの経験はあったと思う。

微妙な変化を作り出す

自分の行動を変えるには意識を変えればいい。自分を作っているのはほとんど意識なので、意識を変えることに注意を向けて自分をコントロールするわけだ。ぼくは本を読むことが意識を作ってきたと思っている。もとより環境が人間を作るのだけれど、環境を一定に固定すると意識の方に重点が移る。だから本を読むことの中で、何を読むかは十分注意を払ってきた。つまり自分の心の中に入れる「情報」は食物と同じように考えてきた。ところが例外が生じることがある。何かの義務で自分の意に反して、義務から読む本も出てきてしまった。地元の読書会のメンバーでもあるので、メンバーが選んだ本は強制的に読むことになる。最近では唯川恵だ。この人の小説を三冊読んで流石に自分の意識が変わり、自分の趣味というか本の選択枠というものが一部崩れることになった。唯川恵を自分の趣味に入れるのを認めるのなら、三田誠広を認めてもいいじゃないかとなってきて、純文学に限ったり、純文学の中でもフォニイだと言って純粋さを保とうとする「倫理観」も崩れてきている。ここ数日で、柴崎友香「春の庭」と岡映里「境界の町で」そして三田誠広「早稲田1968」と立て続けて読んできた。その時の興味のおもむくままの乱読だ。そして乱読の味を覚えると、英語の勉強がどうでもよくなってきて何らかの形で保っていた英語情報にも接触しなくなった。勉強するという態度に怠けが生じてきた。乱読できるのは久しぶりの充実感があり、その他のことはどうでもよくなるのだ。柴崎友香と岡映里は他人のブログを読んで知った若い作家なのだが、自分が現代に生きている感じを味わわせてくれた。作家だから当たり前であるが彼女たちの個性は今の時代のもので、自分の全霊をかけて書いている情熱にしばしほだされた。三田誠広「早稲田1968」についてはぼく自身の「青春」も関係しているので、改めて読んで考えたことを書きたい。

相手を尊重して生きること

穏やかな午後の日常をリビングのソファーに寝そべって、何もない今を楽しんでいた。何もしなくていいし、何かやることがあればすればいいという、余裕の心境にあることに気づいた。もう何年もその感じを失っていたように思う。全く久しぶりにその感じに触れた時に懐かしい気がしたものだ。この前から源氏物語を読むようにしている。色々な現代語訳が出ていて、ぼくは谷崎潤一郎訳の源氏物語を買って夕顔の途中まで読んだ。現代語訳になっていても読むのに苦労する。そこでしばしばYoutube源氏物語セミナーや与謝野晶子訳の朗読のお世話になる。与謝野晶子訳の方が谷崎訳よりも分かりやすい。光源氏という男は桐壺帝という天皇の子でありながら色好みで、母桐壺と3歳で死別しているので生涯母の面影を追うことになる。昨日、三帖の空蝉のところを読んでいまいち分からなかったところを、与謝野晶子訳の朗読を聞いてよく分かった。夜、空蝉の寝室に忍び寄って直前に気づかれ逃げられた後に、源氏が間違って別の若い娘に近づいた時に「間違った」とは言わずに、その娘にも気を遣って恥をかかせなかったくだりがある。その身分の低い娘にも忍びの恋の相手として認めるのだった。これには感心した。当然騒がれては困る状況ではあるが、そんな状況でも「筋」を通すのだ。変なところに感心するような古典の読み方なのだが、それと最初に述べた余裕の心境とはどこかで結びついているような気がする。光源氏の生き方を知ってぼくの中にその心境が生まれた、という因果だと思える。

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ぼくはどんな人を愛しいと思うか?

このブログで何度も書いているが、唯川恵という金沢出身の直木賞作家について改めて触れたい。来月の19日に金沢市の隣の野々市市に来られてトークショーが催され、ぼくは主催者から事前に何か質問をするように「段取り」されている。多分会場で誰も質問しないだろうから、サクラとして初っ端質問してくれということなのだが、それを無下に断るほどの反骨は流石にない。ぼくにとっては直木賞作家と初めて口がきける機会になるのだから、何か気の利いた質問の一つでもして生の回答が得られれば長い人生に貴重なひと時になるかもしれない、と思う人間だ。

その気の利いた質問を捻り出すために、3作の小説を読んだ。先ずは読む必要がある。全作読めればいいがそれは無理として直木賞受賞作と、直木賞受賞作と真逆と思われる作品と最新の長編作を読んだ。気づくのはこれまでのぼくの馴染みの作家とは違って、作家自身の身に起きた問題を深く掘り下げたり、自分の個性を断続的(多面的)に一貫させるという構えでないということだ。つまり、大江健三郎村上春樹のような作家タイプではないということで、自分のことは後回しにして自分が分身のようにして入り込める他人を主人公に立てている。だから3作それぞれに主人公は全然違ったキャラクターになる。バブリーでわがままな女性と、施設出身で不幸を自ら引き寄せる女性と、偉業を成し遂げる努力の女性を、それぞれ一編の小説に描き切る作家なのだ。

もう一つ唯川恵を知る上での手がかりがある。それは講演会ではなくてトークショーだというところだ。トークの相手は文芸業界の中の人ではなくて、よくは知らないが地元でトーク番組をやったことのあるプロデューサーのような人のようだ。唯川恵は自分から話題を指定したりせず、注文を受けて考えるタイプらしい。小説も編集者の意向を受け入れて書く作家なのかもしれない。いわば想定する読者との距離が小さいのではないかと推測される。そのように相手の唯川恵を知って、さて何を聞いたらいいだろうか?

おそらく読者思いのある人で親切な人だろうから、読者としての悩みを解決してくれそうな質問がいいのではないか、と一先ず考えられる。だったら唯川恵の読者の一人であるぼくが、どんな悩みを聞いてみたらいいのかと、自分に聞いてみよう。

ぼくは、「肩ごしの恋人」と「雨心中」と「淳子のてっぺん」を読んだあなたの読者ですが、その中で作者として一番共感する主人公は誰ですか?一番寄り添いたいと思う人はどんな人でしょうか?

ぼくが聞きたかったのは、唯川恵の愛しいと思う人はどんな人かということだった。それはぼくが愛しいと思う人と一緒かどうかということみたいだ。