2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧
小説を面白そうだから時間つぶしに読むのとは違って、自分を精神的にタフにし、生きるエネルギーを来るべきときのために蓄積するように読むことが可能だろうか。「海辺のカフカ」の田村カフカ君はそのような読書を15歳で課せられた。 今日からぼくにとっての…
少しブログへの投稿を休んでいた。自分では書かないが他人のブログはいくつか読んでいた。書くという作業はおしゃべりより面倒くささが伴うので、ブログには書くことがさほど苦痛でない人や自分の立ち位置がしっかりして自分の情報に価値を見出している人が…
意識の中に「私」はいない。「私とは一人の他人である。」 そして、意識は、「内部」や「内容」をもたず、 それ自体が「絶対的内面性」である、 とサルトルは言う。 意識と「私」という自意識を区別している。意識をそれ自体として私から切り離して分析する…
ぼくが何かを書くとしたら、現在の場所を「故郷化」して世界内存在として自立する、それは資本主義的生との対決の場になる、というようなエッセイとなるだろうと以前ブログに書いた。「故郷化」については何の説明も加えなかったが、「故郷化」の故郷は、ぼ…
これはカフカをめぐる自分の中のつぶやきにすぎないので、誰かが読んでも何の参考にもならないことをお断りしておく。、、、などと偉そうなことを言って自分にとってしか意味のないことを書き付ける場というものをありがたく思う。来月ぼくの住んでいる野々…
年齢を重ねるごとにナイーヴな心情をかけ替えのないものとして 慈しむ気持ちが成長してきている それはあの時代に青春を過ごしたからこそであると 失われた時代を慈しむことと重なることになった 今はぼくより数年下の世代にはもとより通じないが 不思議なこ…
好きな作家や尊敬する思想家の本を自分に取り入れるようにして読むことが多いのだが、たまには思想的には真逆ではないものの違う思考をする作家のものも読む必要があるとして、小松左京の「日本沈没」を読んでみることにした。これまで累計400万部の大ベスト…
平野啓一郎には惹かれるものがあった。スローリーディングに関する新書を読んでいたからだ。作家の読み方を教えてくれるので当然正当性があると思って読んだ。細部というか、クライマックスを導くエピソードのような伏線に注意するといい、と言っていた。「…
このブログタイトルを「1953年生まれの自分史」から「定年後の文学人生」に更新した。変更でなく更新なのは、ブログと自分の内面が同期して深まりか広がりを増すように意図しているからだ。必ずしもそれは成長ではなく、はたまた上昇でもないからだ。とにか…
この作品に本屋大賞受賞とか、人気俳優による映画化という話題性から出会ったわけではなかった。野々市市の読書会で課題本に取り上げられて、メンバーから今その小説の映画が上映中だとメールをもらうという、きっかけがなかったらおそらくぼくの読書範囲に…
どこに行ったら君に逢えるのだろう。 いつか時代が過ぎて、過ぎゆきて どこにも君の面影を見つけられなくなった。 こんなにも変わってしまうなんて 楽観的なボクには想像できなかったよ。 敗北を重ねてみんな散っていったから 共通する求心力を失ってしまっ…