開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

学生運動

方丈記講演会チラシをつくる

今台風14号が来ているが、石川県は全く影響を受けなかった。まん延防止法が今月まで延長になっているため、テニスは新規の受付ができなくなっているが、まん延防止前に予約済みであればできて、今日は野々市のテニスコートは4面とも使用していた。我々は中…

桐野夏生「バラカ」を読んで

桐野夏生さんも金沢市生まれである。これまで唯川恵さんと水橋文美江さんの小説を地元出身という理由から読んできたが、桐野夏生さんはそれ以前から同時代の学生運動がらみという、小説を読む理由で読んでいた。ここ二、三日「バラカ」を読んでいたが、それ…

会社との間に壁をつくる

社長の言葉による攻撃に対してぼくがとった最初の対抗策は、自分と会社の間に壁をつくることだった。もうそれ以上言葉の進入を許さない強固な壁を作って防衛することを考えた。養老孟司は人生には3通りの生き方があり、壁の内側で生きるか、外側で生きるか…

現代の「経済学批判」

マルクスと格闘した吉本隆明の、経済学に対する基本的な考え方が現れている講演記録を記載している、吉本思想を受け継ぐ山本哲士氏のページを見つけた。現在のところぼくの世界観の基盤としたい。(無断転載させていただく___つまり、ぼくの個人的なメモ…

何のために自分は生きているか

67歳の定年退職者が、何のために生きているかと自分に問うている。既に自分の幸福のためや家族の幸福のためと思っていない。だったら社会や国の公正な運営のために、何か自分の力を活かしたいということだろうか?青臭いどこか偽善的な匂いがすると言われよ…

どんな本を読んだらいいかを自分で決める

地元の文化協会加盟サークルは市の生涯学習課から活動費の援助を受けていて、ぼくたちの読書会も毎年活動の申請をしてお金を得ている。今年度はコロナ感染で計画していたイベントが中止となったので、予算がかなり残ることになり予算消化として、メンバー一…

居心地のいい場所を求めるのではなく

居心地のいい場所を求めるのではなく、ここを居心地よくすることを考える。どれくらい前だろうか、つい最近までのような気もするけど、いつも居心地のいい場所を求めて心は満たされることがなかった。東京には気の利いた場所がある気がしていたが、東京には…

用済みからの出発

60歳の定年後1年は延長して同じ会社で働いていたが、その後は完全に無職で今日まで来ている。61歳で社会からは用済みの身分で、特に趣味以外にすることはない毎日をだらだらと過ごしている。仕事を望んでいるのであれば無職の身は辛いものとなるが、仕事は自…

基本的な今後のぼくの生き方(続き)

今後の人生、つまり定年退職した二番目の人生の基本的な生活が独学だとしたが、読み書き能力のアップをもっと具体的にしなければ将来について展望できることにはならない。これまでも何を読むのかについては文学が中心だった。文学には主人公と彼を取り巻く…

基本的な今後のぼくの生き方

今のぼくにあるものの上に、どんな生活を描くかについて考えてみたい。これは人生設計だとかクオリティライフのための生活習慣だとか、自己実現の計画というものではない。一般に将来に向けて企画したり計画したりということの有効性をぼくは疑っている。計…

イメージとしての反体制

サラリーマンとして過ごす38年間を除き、高校生から大学生の間ずっと学生運動や反体制、反戦の活動に心惹かれるものがあった。1年間だけは当時自分の身近にいたマルクス主義の党派の人たちの集会やデモに参加していた。しかしいわゆるゼネストやバリケードを…

(公論)日韓問題

現在の日本韓国間不信の原因を歴史に学ぶ一資料として、以下のブログ記事を記録しておきたい。投稿者は、内海信彦という早稲田大学教授です。 www.facebook.com 「台湾を経営し、朝鮮を合邦し、満州に五族協和の天地をつくったことが帝国主義といわれるなら…

3年前の今日のブログから

62歳で会社を辞めてから第二の人生をどうスタートさせるかで、試行錯誤をしてきた。定年になったら悠々自適のイメージをサラリーマンだったら誰でも持っているようにぼくも持っていた。実をいうとぼくは会社を辞めたら起業するつもりで、63歳まで会社にいる…

(公論)「職業としての小説家」書評

村上春樹論として的確で素晴らしいと思ったので、Amazonの書評欄から記録の意味でぼくのこのブログに転記させていただきました。 身を賭して危ないエリアに降りてゆくことは、不健全で美しくも正しくもない? 長崎成明 2019年4月9日 長篇も短篇も1980年代半…

1969年の村上龍

以前に「69」を図書館から借りてきて読み始めた時に投稿していたが、読後の感想は投稿していなかった。これは政治的な学生運動が騒がれた時代にあって、高校生が反抗的に面白がることに情熱を燃やした悪漢小説で、村上龍の自伝小説でもあるということだった…

転換し始めた意識(総集編)

これまで書く動機を支えていた主体形成の始源への回想がしぼんでしまった。それは定年後の自分の否定から遡って原因を探るものだったが、現在を肯定してもいいのではないかと考え始めたことと軌を一にしている。またそれは学生運動から切れることはあっても…

杉浦康平と稲垣足穂を知る

会社を定年退職してしばらく経って第二の人生を模索していた頃のFBの記事を見つけた。高校時代を回顧することに虚しさを感じ始めて、美大に進んでから杉浦康平や稲垣足穂を知ったころにも熱い時間があったことを思い出している。今ならどれだけ時間を使って…

セクハラにかかわる地殻変動のような動き

小田実の全体小説「ベトナムから遠く離れて」を玉川図書館から借りてきて1日読んできて、第2章の初めの方で読み続けるかどうかを問わねばならなかった。おかまが主人公ではぼくには追体験は無理だった。戦争や学生運動が扱われていても主体に共感できなけ…

自分史3

高校3年の同級生 Aとは東京と金沢で進路が分かれて離れ離れとなったわけだが、金沢で最後のきちんとした別れ方をしなかったこともあってしばらくして手紙をもらうことになる。その日、自宅から歩いて通える美大から夕方帰宅する時に、なんとなく手紙が来る…

転換し始めた意識1

これまで書く動機を支えていたのは自分が主体性を作ろうとしていた思春期を回想して、その内実を再現することであった。定年後の再出発に当たってサラリーマンの定年からではなく、再確立された自己からスタートを期すということだった。それが今惰性に陥り…

K先生との別れ

自分がどういう風に生きてきたのか、何故そのようにしか生きられなかったのか、今原因をたどる想起に身を委ねていて、思い当たることを発見した。ああ、そうだったのかと今にして初めて合点がいくのは、過去のことではあっても前進なのではあるまいか? たし…

事実は認めるしかない

青年期、マルクス主義学生活動家と接触していた一年とその後の就職までの二、三年間をどう評価するかが、今になって自分に迫ってくる。自分は活動家であったのかは明確に否定できる。そばにいて共感はしていたが自ら政治的主張をする能力がなかった。しかし…

疎外感の時代 1

もう稼がなくてもなんとか生きていける定年退職者の身分になって、働いて生活していく人生が終わってみると人生が終わりに向かうには早すぎて、身軽になっている現在が漂っている場を作っている感じがする。定年後の生活イメージが定着しないのである。一つ…

自分の原点を高校時代に見る

自分の定年後の生活をイメージする時にまず出てくるのが「読書」である。何故「読書」がでてきたのかというのは、定年にならないと本が思いっきり読めないという思いがあるからだ。いわゆる読書三昧が許されるのは会社を離れてでないと無理だという実感があ…