開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

定年後人生

Aとの別れ

ぼくはこれまで誠実な気持ちでAを見ることが出来なかった。もう人生の秋を迎えようとする時期にいて、それは感謝の気持ちに変わっていてもおかしくはないはずだった。過去を振り返ることが生きがいのようになっていた頃、少しは気持ちの変化を感じ出していた…

応答の機会が増えること

会社を定年になってやめてすぐの頃と今との違いは、単純に人と接する機会が増えたことにある。人と接することで応答する機会や場が持てたことが今の自分を元気にしていると思う。今日は、先日読書会で文学散歩と称して、能登七尾方面のバス旅行をした時の写…

自己改造について

自分を変えることができるのは、他人の力や環境の制約や影響はあるものの、実行するのは自分である。実行するのは自分しかいない。当たり前のことだけど、意外と気づけなかった気がする。サラリーマンの時は自分を消して、顧客のためとか、家族のためが優先…

自己改造をもたらす人

自己改造をするには、自分を動かすわけだけれど、実は自分一人ではできない。どのように改造すればいいかヒントを与えてくれる「師」が必要だ。その「師」は自分で見つけなければならないし、「師」になって下さいとお願いすることは普通できない。こちらが…

自分を改造する69歳に

自分の心の奥底には深層心理が働く層があって、そこでは人間の原初的な、幾層にも人類の遺伝子が積み重なっていて、個人という単位でありながら類的存在でもあるような客観性が眠っている、、、というのは実証することはできないので単なる仮定にとどまるの…

山本哲士「哲学する日本」を読み始める

自分の今の気分とか精神状態を捉えようと書いてみる。そういうことをこれまで何度もやってきて、今の空虚を形あるものにしようとしてきた。予定していたことが実は勘違いで無いことに直前に気づいた。ぽっかり空いた時間が空虚を感じさせたのだ。これでも昔…

仲間とは拡大された内部

昨年から地元公民館読書会の協議会会長になって、明日令和4年度の総会がある。野々市市から文化振興助成金40,000円をもらっている以上、会則を作って適正に運営されているか収支決算の報告もしなくてはならない。今年度は講師の先生が源泉徴収してほしいと…

春の息吹き

「春は体から毒素を出すために、フキノトウを食べて。近くの道の脇にたくさんある。朝一番に採ると良い」____ぼくと同郷、同年の橋田由美子さんから。 www.chunichi.co.jp

愚痴三昧にならなかった

主に経済的事情と母親の面倒を見る必要から現在の生活環境を大きく変えることはほとんど不可能なので、現状のままこの地に住まい続けているのだが、少々無聊を託つのを抑えがたくなる。今、夕方で一日が終わろうとする時間帯ということもあるのかもしれない…

40年来の友人を失う

日記ではないのだから、特に今日あったことを書く必要はないはずなのだが、実際は定年後の生活の中で友人を失いそうな出来事は書くべきことのように思える。40年近く続いた家族ぐるみでのテニスづき合いが終わりそうなのである。サラリーマン時代はお互いに…

書くことで自立する

ぼくは3年間このブログを書き続けてきた。投稿数886になる。定年退職してからしばらく職探しもしたが、妻も定年退職してからは年金だけが収入の無職の生活になった。苦しかったのは退職して1年のあいだだった。居場所がなく、孤立感に付きまとわれていた。就…

引きこもり予備軍

ずっと閉じこもっていたいという欲求がつのってくる。穴があったら入りたいというのはきっと本能の一部だろう。本を読んでもそれで何かが身につくのかと考えたら、もっと意味のあることをしたいとも思う。小説は読んでいる最中は閉じこもっていられる。今は…

世界とぼくとの対面

いきなり突飛なことを言うかもしれないが、青春時がどの時代だったかでその人の価値観が決まってしまう気がぼくはしている。ぼくがサラリーマンの時に年下の社員と全く話が合わないと感じたのは、「世界」が彼らにはないと気づいた時だった。「世界」とは「…

午後のテレビを見てつぶやいてみた

この前ちょっとテレビで、フランスの大統領選挙で中道右派の女性候補のことが報道されていた。妻の方がその報道を最初の方から見ていて、フランスでは今のウクライナ情勢に対して必ずしもアメリカ側に立っていない、ウクライナとロシアの問題で当事者で解決…

楽しかった今日のこと

コートの後ろの方、フェンスから2メートルくらいにまだ雪が残っていて、風も寒い午前中に外でテニスをした。こんな日にテニスをするのはよっぽどテニスにとりつかれた人たちに違いない。4面あるわが町野々市のコートは全面うまっていた。私たちのメンバー…

自分の目標を分身と考える

どうやら38年間地方の中小企業で働いていたサラリーマンだったことで、ぼくの残りの人生はおおかた決まってしまっていると思える。丸山真男の「現代政治の思想と行動」は最初の「超国家主義の論理と心理」を読んだだけで挫折してしまった。学術書の硬い論文…

二つの人生を生きる

定年退職後の毎日を読書とテニスと母親のケアで過ごしているが、空いた時間は自分の過去の回想に当てているというか、自然にそうなっている。今日思うのは、就職することの人生の総合評価についてになる。就職する前の学生時代と、退職後の年金生活は、就職…

自分の中の格付けを捨てる

パソコンにmp3などの音源データが溜まってくると、メモリーを食うのかブラウザの表示が遅くなったり、ブログを書いている時文字変換が遅くなったりしたので、思い切ってデータを削除した。3GBぐらい減って調子良くなった。ぼくの様々のこだわりも捨ててスッ…

人生のモヤモヤを解く

38年間のサラリーマン時代を強制収容所時代だったとこのブログに書いてきたが、そうでも思わないと救われない気がしたからだ。そのぼくの人生の半分以上を占める屈辱の昏い時代をこれまで無きものにしたいと直面するのを避けてきた。しかしいくら記憶を消そ…

一人ぼっちの充足の日々

自分史を書いてみようとしていた時期があった。今ここにいる自分はもう68年間も生きている。この自分とは長い付き合いだ。世間知らずの、自尊心が強くていつも一人でいる、目立とうとしないがいつの間にか周りから浮き上がってしまう、楽天家にして夢想家、…

永遠の女性なるもの

中二病ならぬ高二病について書いたことがあったが、今度は一挙に高齢化して永遠病とでも名付ける、心の状態について書いてみたい。中二病が持っている危うい心の閉鎖状況がぼくの場合、高校生の時や定年退職後の初期高齢者の今にもあるのではないかと思える…

新年にあたり

新年にあたり68歳の今現在、このように在ることにどのように感じているかを書いてみたい。今書いているこのブログ空間はすでに5年目に入ろうとしているが、自分を見つめる時間と場所を提供してくれていてありがたく感じている。ブログを書くという習慣が身に…

2022年の目標

定年退職者の手記 定年後をどう生きるかみたいな本がよく売れているらしい。自分もその渦中にいて、その本にあるように自分も残念ながら定年後居場所がないことを認めないわけにはいかなかった。それは敗北感がともなった。 スターバックスは「第三のプレイ…

数年後の自分

むかし、企業の間でコーポレート・アイデンティティというデザイン絡みの経営手法が流行ったことがある。国鉄や電電公社、専売公社などが民営化された時のロゴマークから新社名や経営理念までをトータルにリ・デザインするものだ。CIと略され、それぞれCI後J…

高校生が文学に出会うとどうなるか

ぼくは高校一年の時に継続して本を読み始めた。その時の感じは、今思い出そうとすると夢のような非現実感がある。睡眠時に見る夢とは違って、どちらかというと客観的だ。客観的という言葉は夢の場合に使わないと思うが、小説は作家が言葉で組み立てた世界な…

地域読書会の構造

読書会では同じような年代が集まりやすい。若者が主催している所には若者が集まり、年配の方だとやはり高齢者ばかりになっている。そこに地域という要素を加えて、同じ地域の公共的な繋がりに注目してみた。自治体の文化振興に関わる部署に読書会が所属する…

第二の人生じゃなく、第二の青春

定年後の人生はよく第二の人生といわれるが、第二の人生じゃなく第二の青春だと気づいた。もう一度人生を始めるのに青春から始められるからだ。肉体は生物学的に老人に近づいていくのだろうが、心は若く保てるし今以上に若返ることもできる。実際時間の使い…

初期高齢者の自閉症

今日は午前中に柳沢先生の万葉集講義を受けに行き、午後からは母を川北整形外科に連れて行って、その後買い物にスーパーに寄って実家まで送り届けた。ここの所火曜日は毎週その繰り返しになっている。夕方から夜までは自由な時間だ。自分の時間になると閉じ…

リタイア者だから源氏を読む

今では社会から用のない年金生活者の身になっているから、社会的な倫理観から自分を見ることはやめて、平安の王侯貴族のように意識では遊んでみようと源氏物語を今日で須磨の巻まで読んだ。源氏物語は読むまでと読んだ後の印象が、これまでのぼくの読書体験…

退屈な毎日から逃れる方法

毎日同じような生活パターンを送っていると退屈になる。何か小さな変化をつけてマンネリを防ぐのは生活の知恵だ。毎晩の食事の献立を考えるのは妻がやっているが、毎日のことでほとんど永遠に続くようなことだから大変だと思う。ぼくがごく稀にではあるが実…