開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

思考日記

「敵は誰だ、敵を殺せ」と文学者は言った

何を書いても自由というということだったら、あなたは何をブログに書くだろうか?小説というフィクションだったら、「罪と罰」や「1Q84」を持ち出すまでもなく人を殺すことも書いてOKである。ぼくのブログもフィクションであると一応断っておくことにしたい…

哲学が倦怠からあなたを救う

まともに哲学書を読み通したことがないのに、哲学をなぜ自分のそばに置いているかといえば、学生時代ぼくの周りで、といっても左翼小児病にかかった小さなサークルではということだが、ぼくだけが埴谷雄高を理解していると思われたからだ。みんな一様に難し…

文学の価値とは

村上春樹にとって「直子」という恋人の自死が、自分の生きる根幹を奪うほどの喪失をもたらしたことは容易に想像できる。闘いとはまず自分自身がまともに生きていけるようになるために、直子を生き返らせて対峙するために作家になることだった。その決意は作…

世界の後退とぼくの飛躍

世界と私という個人の対称性において、 世界は後退し私という主体は飛躍することの哲学を開始したい。 世界はデストピアに向けてますます後退し続ける一方で、 私は世界とは断絶し仏陀の微笑みに向けて飛躍する。 つまり宇宙の自己運動に忠実になる自由なる…

再び考える、文学とは何か。

ああ、思い出したぞ。自分の昔のブログを読み返していて、こんなにまで君に応答したのを忘れていたのが分かり、遅くなって、ごめん。文学って何かにもっと応えなくちゃいけなかったんだね。でも文学とは何かの全体に応えることは今でもできない。ただその一…

あなたは閉ざされているか

ぼくが「ペスト」を読んだのは、高校一年の夏休みだった。最初に「異邦人」を読んでしばらくして同じカミユのものが読みたくなり、単行本の「ペスト」を読んだ。上下二段組だったから文庫本でなかったのは確かだ。「異邦人」の舞台はアルジェリアでカミユは…

今直面していること

新型コロナウィルス感染について、今誰もが考えている。フランス、アメリカの大統領は今を戦争状態だと形容している。本物の戦争と新型コロナウィルスによる戦争との違いを簡単にいうとすると、前者の戦争は建物や都市、街の破壊によって被害が目に見えるの…

目の前のことに一生懸命であっていずれ死ぬ

生きてる目的や学習の動機やブログを続ける理由など、未来に何を求めるのがいいのかに悩む。自分を自分以外の何かに一致させることによって、生きてる証を得ようとする。例えば、自分と国とを一致させて国のために生きようとする人たちがいる。戦前は国体と…

小さな世界の幸福

ネットでは興味の赴くままにあまりにも多くの情報が入ってくる。今の自分にとって必要な量を超えて、ほとんど無制限に入ってくる。情報過多の状態は精神を不安定にすると思う。誰かも言っていたが、ネット環境では自信を無くしやすい。自分がどんどん小さく…

勉強していると1日が早い

赤裸々な心というと生々しいが、普段世間体やら役割を気にして隠されている心に、その壁を破って触れてみたいという欲望がどうしてもしばらくすると芽生えてくるようだ。ああ、ぼくと似たような考えを持っていると感じたり、どうしようもない性格に同情して…

豊かな人生のイメージ

1953年生まれの人間にはまだ、「豊かな人生のイメージ」がある。世界の文学、音楽、絵画の古典などから作られ、私の心の底に沈殿しているものだ。豊かさというとあくまで私の感性だが、ドストエフスキーではなくトルストイだし、カフカではなくゲーテであり…

計画は飽きる

今朝いつものように、英語の翻訳トレーニングの本を読んでいて、secondの意味についてのページに出くわした。「第二の」と言う意味の他に「二流の」や「代わりの」「補充の」などの意味があることがわかった。これまで第二の人生のsecond lifeでは面白くない…

気晴らしよりは孤独を選ぶ

明け透けに言ってしまうと、現実はつまらない。この頃は車で街を移動していてよく欧米人を目にする。中には観光客ではなさそうな風情の人も見かける。住んでいるのかもしれない。歩いていても違和感がない。ひと昔前だったら金沢も田舎根性から閉鎖的になり…

(記録)伝説の討論会

あの伝説の討論会の映像がテレビで報道されていた。あの時代は革命や死が討論という場にいかにも当然という感じで語られていた。みんな今の閉塞感にある人間からするとずっと自由で表情が明るく見える。(過激派のイメージには見えない) www.youtube.com

I was converted into your oriented.

これまでブログに書いてきたことが、どうやら間違っている気がしてきている。掲載する以上、読み手に向けて書くのは最低限のマナーではないのかと思ってきた。自分の心に生じたvoiceを出来るだけ正直に書いてみようというのが、これまでのぼくのブログ信条だ…

ストレスから逃れる小説

突き詰めると自分のことしか分からないし、言及すべきではない。自分の守備範囲でしか何事もいうべきではないと思っている。それを踏まえた上で、小説の必要性を言い当ててみたい。小説を読むことでぼくは解放された気分でいられる。所詮絵空事だという了解…

長編小説は捨てがたい

小説を読む楽しみを捨てたら何が始まるだろう? 定年後4年余りずっと長編小説を読んできた。「ジャン・クリストフ」の再読、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」、サルトルの「自由への道」、野間宏の「青年の環」、加賀乙彦の「永遠の都」、ジェイムス…

思想とはぼくにとって何か

定年退職してから一切働かないことにしているのは、働かなくてもなんとか衣食住には困らなくなったからであるが、ぼくの周りにはぼくより所得が上の友人がいて、彼らは働いている。彼らは生活のために働いているのではなく、暇が耐えられなくていわば精神的…

地方のサラリーマン生活の場合

ぼくの人生はこんなんだったと、いつになったら言えるのだろう? サラリーマン人生で大半は終わったけれど、自分の人生がサラリーマンだった時の生活がそのままそうだったとはとても思えない。今から思えば妻と一緒に生活を維持する闘いをしていたような気が…

ぼくは「相手の顔が見えないインターネット空間で鬱憤を晴らす人」か?

結果的・現象的にはそうかもしれない。ただ、ぼくが自由でいられる環境は「相手の顔が見えないインターネット空間」が仮想空間だからだ。虚構空間よりは生きている感じがして、小説のような想像空間よりは現実的なつながり感があるということだ。 ありのまま…

街の昼にただよう風に

、、、、ぼくは中学までは大人しいよくできた子だった。小学校では先生方に気に入られよく噂に上ることもあったらしい。(これは同じ小学校に勤めていた叔母から聞いたことだった)中学では繁華街から通って来る幾分不良の同級生の仲間には入らなかった。高…

死ぬ時この今の状態を後悔するだろうか?

おそらくまだ当分死なないと思っているが、今この時の状態がその死を前にした人生の満足度に影響するとしたら、今をどう過ごすかはとても重要な相貌を帯びてくる。ぼくが青春の時期を迎えていた頃を振り返る時、時代は最高に自由でイカしていたように思う。2…

明確化と集中

求めるものが曖昧だったら得るものも曖昧なままだ。曖昧な質問には的を得た答えには到達しない。ぼくが求める「界」にも曖昧なところがたくさんある気がする。それは実体じゃないのだから目に見えないし、意識しないと感じられない関係性でもあるのだから土…

自己認識

ぼくはおそらくロスジェネではないようだ。ロスジェネのように引きこもっているが、ロマンは生きていてその中にいると人間らしいと感じる。いくらオワコンと言われようが死霊のように生き続ける。ただし太宰のような噎せ返るようなロマンはいただけない、ク…

宮台真司VS田原総一朗

久しぶりに楽しく視聴した。宮台真司が田原総一朗に、「あんなくだらない議論ばかりして」と「朝生テレビ」を批判したのに、意外にも田原総一朗は激昂しなかったのは流石と思った。それで宮台真司もそれ以上けしかけることを自制したのも流石だった。(YouTu…

閉じこもって生きる

ほとんどランプの明かりだけがある四畳半くらいの 穴倉みたいなジャズ喫茶に日がな通って閉じこもっていた頃 ぼくの精神は宇宙空間の中にあったよう。 自我も主体もなくおそらくは禅の境地にあったと思う。 現実に生きている世界の方で死ぬ覚悟を決めて 幽霊…

失われた時はベルエポックだった

春の夜長にプルーストをとうとう読み始める。いくら読んでも読み終わることのないような小説は、パリのベルエポックに誘う。あの時代がいつまでも続くようにと願って読むと退屈はしないで、と言うのは眠くならないでということだが読み進められそうだ。

予感の正しさ

頭で色々考えても自分のしたいことに繋がらなければ、それで終わりだ。結局実行されずに終わる。自分がこれから死ぬまでに為すことは、今の心に小さくポっと生まれ出るような蠢きとか、憧れのような動きに左右されると思う。ここのところ、テニスをめぐって…

ぼくは吉本隆明の罵倒を信用しない

高名な左翼文化人として一般に定着している彼のイメージとは逆に、ぼくはこの人の彼に対する言葉に真を置きたい。以下、ネットで竹内芳郎氏を師と仰ぐ方のブログから引用する。 2011-05-14 16:15:14 2.1.4 吉本隆明への公開状(全文) テーマ:竹内芳郎…

友人を失ったかもしれない

文学、といっても小説のことをどう捉えるかで、ぼくと彼は違っていた。その違いはこれまで何ら問題とはならなかった。それがつい最近お互いがもう受け入れがたいほどまでに距離を置くことになるとは全く想像していなかった。最初は小さなほんとに趣味の違い…