開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

気づき

哲学は人間の本質に住むことを教えてくれる

以前書いたブログ「サラリーマンは社畜か?」 でライバルとの競争から降りてからぼくの転落が始まったと書いたが、その結果は定年まで屈辱にいかに耐えるかという、自分との闘いになった。ライバルだった年下の彼は後になって2年間くらい、ぼくの上司になっ…

町を捨てて、書を読もう!

『書を捨てよ、町へ出よう』というキャッチコピーがあって、ある時期強いインパクトを持って呼びかけられたことがある。寺山修司の言葉で、同名の題の本があってそこにはその言葉がアンドレ・ジッドのものであることが記されているらしい。ぼくがFBで本のこ…

老人こそ目標が必要

来月で67歳になるから立派な老人の仲間に入るわけだが、老人といっても寿命が尽きるまでは長い。というよりも意外と長く続きそうな気がする。もういいから人生を打ち止めにして死んでもいいだろうというわけには行かない。自殺は許されていないと思っている…

強者と弱者とは

どんな人間も自分の中に強者と弱者を持っている。誰かだけが一方的に強者であることはなく、弱者の部分がどこかにあり、他方一方的に弱者であることもないと考える。独裁国家の権力者は一方的に強者と思われるかもしれないが、地球上には民主国家もあり、現…

Concentration is the best pleasure.

集中して我を忘れる時間が人間にとって最高の快楽じゃないかと思う。画家がキャンバスに向かっている時、作家が原稿用紙に文章を書いている時、アスリートが練習メニューをこなしている時、詩人がひらめきを待ち構えている時、参謀が戦略を練っている時、僧…

小説の主人公に自分を見る

昨日、小説を読むのが馬鹿らしくなったと投稿したが、振り返ってみると村上龍の小説に出てくる登場人物と自分に共通するところがなかったことが原因だったと思える。今日、三島由紀夫の「金閣寺」を読んでいて主人公の溝口少年と共通するところがあって、こ…

小説を読む馬鹿らしさ

ぼくは長編小説が好きでこれまでよく読んできた方だと自分では思っているが、今日「ふたりの村上」のなかの村上龍への批評文を読んでいて、急に馬鹿らしくなって読むのをやめた。読むのをやめてみると、これまで小説を読んできたこと自体が突然馬鹿らしく思…

老年期から「ほんとう」が始まる

以前のぼくのブログで「考えさせられたフレーズ」として抜き出していた引用を今考えるの3回目は、老年期に関してだ。 「老年期には、メリットとデメリットがある。そのデメリットは明確であり、、、だが、そのメリットは数多く存在する。なぜなら、過去がそ…

本のない生活

ここ数日でぼくの中に微かな変化が起きている感じがする。夢の芽生え始めているような甘味な雰囲気がどこかに感じられる。冬の辛さから解き放たれる時期を人生で初めて迎えようとする予感がする。もう我慢することがなくなって、物理的な快適さを味わうのに…

66歳の年の瀬に

65歳を過ぎてから年齢をあまり気にしなくなった。別に歳をとったという自覚はない。私と同年輩の中学からの友人は、早くも終活という言葉を口にしていた。私といえば終わりは全然見えなくて、これからどんどん自分が変わっていく予感がする。その変化の具合…

定年退職者の手記について

過去のぼくのブログにこのようなことが書かれている。今読み返してみて「すべての人間関係が希薄」だったという部分に少し注目してみたい気になった。 サラリーマンだった38年間は、他者の生き方をなぞって生きてきた。生きてきたとも言えないかもしれない、…

小説を小説だと思って読むな

小林秀雄のオーラの正体を鹿島茂が「ドーダの人、小林秀雄」で暴いてくれていても、ぼくは「小説を小説だと思って読むな」という指摘には真実を突いたものと信を置いている。小説を小説として読まない方法を発見したからあれだけの批評家になれたのだと思う…

読む書く聞く話す

読書を分析してどんな働きが実際行われているか、考え続けていた。ある読書家は、作者の心境を読むことだと述べていた。作者の心境に至るにはどんなふうに読めばいいかまでは分からないが、相手の心境が分かれば読んだことになる。それは一つの発見だった。…

つれづれに

確かに今は居場所がある。取り立てて居心地がいいわけではないが、伴侶と二人で暮らすには十分な場所がある。かつてはどこかに行かないと身が持たない気がしていたが、今は特に何処かへ出かける必要を感じない。本を読んでいると飢餓感が沸き起こってきて、…

ぼくは本を読むことしかしていない

今日書店に行って雑誌を立ち読みしていた。日本の隠れた哲学者を回顧する記事が掲載されていて、その中で主体の客体化という問題に目が止まった。ぼくらの学生時代に主体性論というのが思潮界の中心課題であった時期があった。よく「あんたの主体性はどこに…

文字は言葉の死である

言葉の芸術といえば文学と思っていたが、そもそも文学の文章は言葉の死んだものだということに、昨日あることから気づかされた。言葉は話されて誰かとコミュニケートされている時が生きている状態で、文章になって動かず固定化されてしまえば死んでいる状態…

なぜ「界」に注目するのか

そもそも「界」という概念がなぜぼくに重要なものとして思いついたのかに話を戻そう。定年退職していわゆる「第二の人生」を同輩と同じようにスタートして、ぼくの場合はサラリーマンとなる前の学生時代に還ってみることにした。もう一度そこから「生き直し…

文学とは何か

文学も学がついているので学問の一分野であるのだろうけれど、学者のように文学を分析してもおそらく文学が分かった気がしないと思う。すでに文学を文学的に理解したいという潜在的な気持ちがあるような気がする。ぼくがなぜ文学とは何かを問うかといえば、…

不本意にも目覚めた人間として生きる

「デミアンが神と悪魔について、神聖な公認の世界と、黙認された悪魔的な世界について言ったこと、それはまさしくそのまま僕の考え、僕自身の神話なのだ。つまり両方の世界、もしくは世界の両片____明るい世界と暗い世界という考え方にほかならないのだ…

「カフカコネクション」

平野啓一郎の「本の読み方」を再読していて、カフカの「橋」の読み方のページに大いに賛同できるくだりがあった。、、、カフカ文学とは、後世に書かれた注釈や研究書などを全て含めた現象の総体だ、というのである。どうだろうか。文学は作者と読者の共同作…

考える方法

昨日のブログの続きで、考える方法を50通り考えてみた。やってみて考えるのが楽しいことがわかった。 1. 自問自答する 2. 自己同一を見る 3. 自己との差異を見る 4. 相手の考えを推測する 5, 最後まで徹底する 6. リアルかどうかで他者を判断する 7. 起承転…

愛のある社会とは

現代社会では、企業の経営陣と商業的政治家によって運営されており、人びとは大衆操作によって操られている。人びとの目的は、もっと多く生産し、もっと多く消費することだ。それが生きる目的になってしまっている。いまや人間はロボットである。(中略)人…

私という現象

ぼくが65年間生きてきてそれを振り返る時、一切の感情から解き離れて一個の存在現象として見ることに興味がわく。親の庇護のもとに幼年時代を送り、戦後教育の中の学校教育で育ち、友達社会に馴染み異性との付き合いに馴染み、自我という内面に生き始める。…

考えるとはどういう行為か

「下手の考え休むに似たり」とはならない時、決して時間を浪費しているとは感じられず、むしろ充実感があるという経験をしている。どんな時か?空いた時間を何かをして過ごそうとするのではなく、どことなく物足りなさや人恋しく感じられるのを紛らわそうと…

軽井沢テニス会

書くことで自分が残るようになると信じている部分がある。今書こうとすることは遠い昔の自分からすれば裏切りになるようなことだ。ぼくは格差社会は階級闘争の結果もたらされるという理論を信じていて、階級の上の者には真実を見る目がないと思っていた。し…

私とは何か

意識の中に「私」はいない。「私とは一人の他人である。」 そして、意識は、「内部」や「内容」をもたず、 それ自体が「絶対的内面性」である、 とサルトルは言う。 意識と「私」という自意識を区別している。意識をそれ自体として私から切り離して分析する…

勝つことが大切だよ

いつも心の支えを得るために彷徨っていた。他人のゲームを生きることで食い扶持を得る環境に生きるには、その態度が必要だった。学生の間その環境は直接的ではなかったものの、無視するだけの余裕はあった。環境はその当時「状況」と言い換えられ、その中で…

竹内芳郎「サルトル哲学序説」より

もしも近代・現代の作家・思想家たちの例の終末観的な時間観念に積極的な意味があるとするならば、まさにこの点_____現在と未来との断絶の強調にある。 というのは、私たちはたいていの場合、未来を前もって決まった形として描き出し、それへの「期待」…

長い私語

今日は長いつぶやきになりそうだ。つぶやきは短いから、私語という硬い言葉にすればいくらでも長く書けそうな気がしてくる、だから言葉選びは大切なのだ。ぼくが書きたいという気分になる時は何かモヤモヤするものが発生する時が多いのだが、今日は昨夜から…

アンサンブル金沢のように

最近書くことと言ったら小説の世界のことではなくて2018年のこの今に生きている現実のことになってきているが、この前向きな意識の変化をそのまま延長していくとどうなるかに興味が湧いてきている。これからはますます老人に近づいていくので明るい未来はな…