開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

自分史

[青春回帰] I was like you

邦題が「そよ風の誘惑」で、オリビア・ニュートンジョンの「Have You Never Been Mellow」という曲を、昨夜Youtubeで偶然に聴いてその歌詞に惹かれた。どういうわけか、I was like youに心を動かされた。ぼくが英語学習の初心者なのもあるが、歌の意味が自分…

抽象的個人の成立

企業内のサラリーマンという属性では、一方的にコントロールされる方になってしまう。だからサラリーマンから自己を分離し、一旦抽象的な個人になる必要がある。組織内の人間関係から独立した抽象的な個人を壁の内側に創ることになる。その頃インターネット…

会社との間に壁をつくる

社長の言葉による攻撃に対してぼくがとった最初の対抗策は、自分と会社の間に壁をつくることだった。もうそれ以上言葉の進入を許さない強固な壁を作って防衛することを考えた。養老孟司は人生には3通りの生き方があり、壁の内側で生きるか、外側で生きるか…

企業という閉鎖社会

今から思うと、ぼくの人生の中で、38年間のサラリーマン時代は特殊な閉鎖社会に閉じ込められていたような感覚がする。経済的には現実世界と繋がっていたのだろうが、文化的で自由な環境からは断絶した、社長親族を中心とした村社会に繋がれていた気がする。…

就職したことの功罪

ぼくの個人的な体験として地元の会社に就職して、38年間働いたことの自己評価をしてみたい。今になってまだそんなことを考えるのか、過ぎ去った過去をいつまでも引きずるのか、呆れるばかりだと思われるに違いない。生きていくにはそうするしかなかった、よ…

岡野弘彦先生に私淑する

(この動画の17:43あたりで、先生の研究室に自治会系の学生が出入りしていたことが明かされている。)源氏物語から岡野弘彦氏を知り、国学院大学の名誉教授ということからこのサイトを知り、ぼくの青春との縁を感じた。

ぼくらの時代に阿川泰子がいた

今日の至極の一曲。あまりにも美人すぎて手が届かない感じが、虜にさせる。溶ろけてしまいそうな声をどうぞ。

自分史の中の音楽との出会い

美大時代にホロヴィッツのシューマン「クライスレリアーナ」に出会えたことの幸せを想う。 https://www.youtube.com/playlist?list=PL279166BC3DD1AF21

今は懐かしバブルの頃

こんな時代もあった、今から思うと奇跡のよう。 www.youtube.com

誰より好きなのに

つらい恋心を唄う。失敗した恋は残り続ける。どうして素直になれなかったのだろう。 www.youtube.com

My favorite JAZZ

今日は本を読む気になれなかったので、終日あの時代のJAZZを聴いていた。 open.spotify.com

金沢のジャズ喫茶

昔、金沢の竪町通りに「きゃすぺ」というジャズ喫茶があった。ぼくは高校生の頃から行っていて、サラリーマンになってしばらくして店はなくなっていたから、10年くらいは通っていたことになる。小さな店だったが、居心地は良かった。3年ほど前、吉祥寺にある…

懐かしのDavid Sanborn

今はSpotifyがあるので、昔聴いててすっかり忘れている曲を何かの拍子で思い出して、簡単に聴くことができる。今日、David SanbornというJazzアーティストの名前を思い出した。ぼくがまだ独身で孤独で寂しい夜をJazzを聴いて紛らわしていた頃、David Sanborn…

村上JAMは文化資本だ

コロナ禍の文化資本に、セールスフォースが加わっている。ぼくはこの企業のセールス担当者とサラリーマン時代にあったことがある。今から7年ほど前に、はるばる東京から金沢までセールスに来ていた。 www.youtube.com

自我がつくる内面世界

今日「大阪」を読んでいて、作者の柴崎友香の中学から高校時代の自分を回顧する場面が詳細に綴られているのを、やっぱり都会の女子だなと感じた。流石に作家の記憶は鮮明で具体的だった。漫画やテレビ漬けの小学校時代だったのはぼくと同じ環境と思えるが、…

心の空虚は埋めなければならない

昨日のブログで中学生の時から心の空虚が育ち始めたとかいたが、心の空虚は自分の成長に繋がることが確認できてよかった。自分の成長にも歴史があり、全ては繋がっていることが今なら俯瞰的に見れるので理解が可能になる。心の空虚で今思い出すのはそれが一…

自分を知るための冒険

最近ブログに書いてきたことで、自分がどういう人間か真実が見えてきた気がしている。小学校までは自我が生まれていないので、両親や学校の先生やクラスのみんなと穏やかな一体感があって幸せだった気がしていた。ところが、実際は表面化しない妬みを持たれ…

孤独で誰からも無視されていた

もうどんなことを書いて傷ついても、その傷の中に沈潜して回復するだけのたっぷりした時間があるのだから、過去に苦しく孤独で誰からも無視されていたことがあっても平気で振り返ることができる。自分だけが周りから拒絶されて、寂しい穴の中に気が落ち込ん…

無口な人の人生

ぼくは普通に生活している中では、仕事以外で会話に出てくる言葉には興味が起こらないので自然に無口になっていた。どうして自分の人生がこうなのだろうという自己探求が、定年後の主なやることになっている。今日読んでいる小説の中の会話から、突然自分の…

サラリーマン中年で文学と再会

私のサラリーマン生活は24歳から62歳までで、38年間になる。大学は美術大学で3年次自主留年して5年間在籍した。地元に残り数社回ったが雇ってくれるところはなかった。結局祖父のコネからY社入社が決まりかけていたが、不況からY社の下請けの小さな会社に入…

自分が大事にされたこと

自分のことを書くことは真実に降りていくことだ。これから書くことは涼しい顔をして何事もなかったように日々を送っている自分を晒すことになる。こんな世間知らずのいい歳をした男が同じ時代にいてわざわざサンプルになるのを、偶然誰かがこれを読んで多少…

ぼくの文学的出発点

文学との出会いと自我崩壊の危機の時期は重なっている。自我崩壊の危機の時期は生涯3回ある。高校1年次に最初世界文学全集と出会い、10冊ほど読み進んだあと現実感覚がおかしくなって登校拒否の事態を招いたのが1回目。サラリーマン生活中盤で、社長から…

お前は軟派か硬派か?

ぼくは少年の頃、「赤松愛」に似ていると言われてとても恥ずかしかった記憶がある。中学に進むと長髪を切って坊主頭になった。

なりたいと思う男がいない

これまで「なりたいと思う男」はみんなどこか偉大で、憧れの存在だった。いつまでも憧れてばかりで少しも近づくことができなかった。サラリーマンの時、農家の農業法人社長に出会って、身の丈の自由さ、自立心に学ぶところがあったが、読書によってそのよう…

67歳のぼくが19歳のころを思い出す理由

今日ブログに自分の19歳のころを思い出して出来るだけあの頃の感情を再現しようと思った。それには具体的な自室という空間にタイムスリップするように、あの頃の部屋にいる感覚を五輪真弓の曲の力を借りて再現しようと試みた。もとより老いてゆく現在から青…

十九歳のころのぼくを包む少女

十九歳のころ、なんて世界は優しくぼくを包んでくれていたことか、奇跡のようだ。ぼくが十九歳の時、世界は1972年だった。テルアビブ乱射事件で岡本公三がぼくのイノセンスを破壊したが、それはまだ遠くの出来事で半分夢心地のままでいられた。その頃ぼくの…

第一の人生はどうだったか?

第二の人生というステージにきて、初めて第一の人生はどうだったかが分かる。深い認識というものはその時の世間的な規制から離れなければ得られないようにできている。私には親からの受け取る経済的資源はなかった。賃労働者になって会社の奴隷になるほかな…

My favorite year 1972

あの頃ぼくの中で色々なものに出会っていた。 クラシック音楽では、バッハのパルティータ。 JAZZでは、マッコイ・タイナー「Song for my lady」 1972年にはユーミン(荒井由実)がデビューしていた。 open.spotify.com モップスの「たどり着いたらいつも雨ふ…

空っぽだった25歳のころ

過去の記事「見捨てられていた25歳」の続編として書きました。 南佳孝の「South Of The Border」をspotifyで探して聴いている。ぼくが25歳で一人暮らしをアパートでしていたころを思い出していた。地元の50人くらいのほとんど社長家族や同族の会社に就職して…

物語装置としての「界」

以前このブログで「界」という概念について少し書いてきたが、今日はそれを自身の物語づくりの装置として位置付けてみたい。物語は自分史を書くこととほぼイコールなのだが、過去の自分の発見ばかりでなく自分の死に対する準備をも為す、ほとんど必須のもの…