開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

自選記事

サラリーマンは社畜か?

社畜という言葉を知っていたが、それは自嘲する言葉であって本気で自分たちを社畜だと思っていた人間は稀だったと思う。特に地方の民間会社でそれなりに社歴のある会社では、社風が古くさい面が残っていてよく言えば家族的だったりする。ぼくは紹介された会…

世界の後退とぼくの飛躍

世界と私という個人の対称性において、 世界は後退し私という主体は飛躍することの哲学を開始したい。 世界はデストピアに向けてますます後退し続ける一方で、 私は世界とは断絶し仏陀の微笑みに向けて飛躍する。 つまり宇宙の自己運動に忠実になる自由なる…

思いがけない君の声

あの頃はまだぼくたちは別々の世界に住んでいた。 君はぼくが無理をして世間からずり落ちないようにしているのをそばで見ていて、 もっと自分らしくしていればいいのにと思っていた。 君は自分の欲しいものをあまり顧みなかった。 ぼくの着なくなったトレー…

愛されること

過去のブログでの引用から2回目は、ゲーテの言葉だ。この言葉に触れた時、あの人を彼女とし、自分をぼくだと考えた。ぼくが男だからそうなるのだが、女性がこの言葉に触れる時は、あの人が彼氏で自分はその女性になるだろう。英文ではどちらでも取れるよう…

定年後の路地裏散歩

文章を書く動機のひとつとして、心地よく時間が流れてから普通の時間に戻った時に、もう一度その時間を文章の中に取り戻したいという気の起こることが挙げられる。昨日の午後ふと思いついて、妻と二人で金沢の弥生地区の裏道を散歩(自宅のある野々市から金…

サルトル著「自由への道」第一部を読む

かつて有名であったが今どき絶対読まれないだろうという小説をぼくは好んで読むことにしている。野間宏著「青年の環」がそうだったし、ロマンロランの「ジャンクリストフ」がそうだったし、今回のサルトル著「自由への道」もそうだろう。とにかく今どきの人…

2015年9月のころの日記から

シルバーウィークの街中を見物してみようと、妻と二人でバスに乗って出かけた。半年ぶりで会うテニス仲間の友人とのランチ会が街中に出るきっかけだったが、ちょうど鴨居玲展を観るタイミングにもなった。 没後30年ということは1985年に亡くなられたことにな…