開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

2015年10月12日付の日記から

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 一泉同窓会というものに昨日参加した。午後6時開会であったが、午後遅めの昼食のあと暇だったので片町までバスに乗って行き、会場のANAクラウンプラザホテルまでぶらつくことにした。片町では先ごろオープンした片町きららを覗いてみることにした。 やはり若者でごった返していたが、私のようなオジサンも見かけた。H&Mでカジュアルなジャケットを探して、あったのを確認した。その後109の地下に北國書林があったはずと思って行ってみたが、すでに存在していなかった。もう一つの本屋うつのみやが柿の木畠にあるが、行ってみると相変わらず閑古鳥だった。日曜日にあんな状態では店を閉じた方がよいのではと思った。街中の知的な雰囲気を漂わせる装置として、本屋は都会では欠かせないものだが、金沢という規模や潜在客数では無理なのかもしれない。数年前まではそうでもなかったのに、郊外の県外同業者に客を奪われたのだろう。

さて、片町きららから会場まで歩くのに、日銀横の小道に入って裏道から行くことにした。裏道はさすがに人通りは少ないがカップルの旅行者と時々出会った。その中に私と同年代とおぼしきカップルが手をつないで歩いていた。文系の大学教授と奥さんの、友達夫婦に見えた二人とすれ違って少し嫉妬した。ジョンとヨーコまではいかないが、同じ穏健な思想を共有する自然な一体感が感じられた。 霧雨のような雨で傘はいらないくらいであったが、これくらいのしっとり空間が金沢に似つかわしい。もちろん混雑した表道ではなく裏道の方に金沢らしさと遭遇するチャンスがある。そういえば、ユーミンが「通の金沢」を案内する新幹線プロデューサーになっていたはずだが、どこを紹介してくれるのだろうか? 今はなきニッセイパルをたしかどこかでほめていた記憶があるが、若い頃の私もなんとなくあそこに入っていくのが好きだった。

金沢のブラ歩きの魅力は古い格式ある住宅にあるのではないか、長町、長土塀界隈の一般の家並みを歩いてそう思った。 同窓会の会場に入るとまた非常に混雑していた。一泉同窓会参加数は1000人を超えたらしい。テーブルまで案内してもらうとそこで、卒業以来初めて会う同級生1人と、2度目の同級生3人と、同じ期の「初対面」の3人に出会った。同級生と話すと時間というものがなくなる。自分の中の嫌いな過去が消え去り、「あの日」に帰って話すことができる。 ボクはあの頃何を想って君に話していただろう。友だちという関係はどのようなものなのだろう。今となっては取り戻しようもない、途方もない「豊かな無為」。ボクたちの時代には明確な目標というものがなかった。本当に弁護士や医者になろうと真剣に望まなかったように思う。何度目かの司法試験の受験後、塾講師となった同級生は地元で30年一人で頑張ってきた。その人生と自分の人生を比べることはしないが、同じようなものだと思って、幾分かは安堵した。