開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

小松左京著「日本沈没」を読む

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好きな作家や尊敬する思想家の本を自分に取り入れるようにして読むことが多いのだが、たまには思想的には真逆ではないものの違う思考をする作家のものも読む必要があるとして、小松左京の「日本沈没」を読んでみることにした。これまで累計400万部の大ベストセラー本であるので、影響力のある小説ではある。SFに分類されるようだが真実から遠いわけではなく、3.11を経験し首都圏大地震も想定されている現在からすると、むしろ最悪をシュミレーションする科学的で想像的な思考実験のように受け止めるべきかもしれない。

登場人物は日本からの脱出を指揮しなければならないから当然現体制側のエリートたちになるが、海底探索や地震、気象予想などの学者や技術者も登場する。高校の授業に地学があったが、この学科が地球を科学的に分析しリアルな結果を出して現代人の自然認識を深めるものであることなど、受験科目でなかったこともあって全く思いもよらぬことであった。小説を読むことで地球が生きていることに気づかされるのだ。これも小説を読む効用の一つだと今更ながら思う。

地上のことしか見えないから普段関心が及ばないが、地下には地上の高さの数十倍(何と曖昧な言い方で申し訳ないが)の鉱物やマントル層があり、それはそれ自身の時間で動いているのである。マントルは気象予報のように低気圧と高気圧の相対的な動きとパターン的に類推することができるみたいなことも書かれてあった。日本海の地下にある海溝付近でマントルが動いて日本列島が沈没する想定らしかった。ぼくの科学的知識が乏しいので怪しい理解になって漠然としか書けないのだが、小説ではもちろんリアリズムを保つための専門的な知識に裏付けられている。(竹内均の監修下にあり)

不思議なのは原発の破壊状況は描かれておらず、わずかに海底に沈む前にシールドされた原水炉の放射能漏れを海底で調査することが申し訳程度に書かれてあっただけだった。原発に関する専門知識が弱かったのだろうか?SFであっても原発に関する専門的知識がなければ書けないのだろうと思われる。逆に専門的知識と想像力があれば、3.11の原発事故は小説によって防げたかもしれない。それだけの力が小説にあるとしたら、文学はもっと国民的な教養になるだろう。