「ダンス・ダンス・ダンス」には80年代を生きるメッセージが書かれているとどこかに書かれてあったし、村上春樹と大江健三郎は同じ場所に立っていると文芸評論家に教えられていた。今日から「ダンス・ダンス・ダンス」を読み始めてその共通点に気づくのは自然なことだった。単行本が泉野図書館にあったので、単行本の40ページにそれはあってぼくの目を留めさせ、ブログにも書いて誰かの同意を得たくなった。
僕をいるかホテルに導いた、あの高級娼婦をしていた女の子に。何故ならキキは今僕にそれを求めているからだ(読者に・彼女は名前を必要としている。たとえそれがとりあえずの名前であったとしてもだ。彼女の名はキキという。片仮名のキキ。僕はその名前を後になって知ることになる。その事情は後で詳述するが、僕はこの段階で彼女にその名前を付与することにする。彼女はキキなのだ。少なくとも、ある奇妙な狭い世界の中で、彼女はそういう名前で呼ばれていた)。
このカッコ内で作家は直接読者に説明している、これは反則のようにぼくには思えたのだが、大江も同じことを「日常生活の冒険」でやっていたのだ。
読者に小説の舞台裏を軽々しく見せてもいいのだろうか?それも当の小説の中で、、、それだけに多くの村上ファンは親しみを覚えるのだろう、多分。