開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

ジョゼフ・コンラッドに向かう

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どうもここ数日、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるらしい。1年前に読みさしになっていた「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」をなんとか読み終え、世界の終わりの方に気になることを残したような気がしたが、それを突き詰めようと立ち止まることになるのがどうも嫌らしい。合わせて県立図書館から予約していた池田晶子の「魂とは何か」が近くの野々市図書館に届き、それを読むことにしたのでなおさら込み入ってきたが、とにかく三日前に読み終えた。さらに今度の読書会で取り組む短編をモーパッサンの「脂肪の塊」にしようと思い、今日読んでみた。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」はいつか再読することにし、池田晶子ヘーゲルが得意みたいだし本物なのでこれからも読んでいきたいと納得し、モーパッサンの「脂肪の塊」は確かに名作で小説鑑賞にはいいが自分との同一性が感じられず、読書会課題図書にはしないことにした。そうやって一つ一つ決めていかなければ先に進めないのだった、、、

そしてアクセルを踏むことで自分に新しい世界を見せてくれそうな小説が今ここにある。ジョゼフ・コンラッドの「ロード・ジム」である。どこで見つけたかというと「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」文庫本(下)の329ページだ。調べてみるとコンラッドはあのフィッツジェラルドが学ぼうとした作家だった。(フィッツジェラルド村上春樹が学ぼうとした作家なのは言うまでもないが)これはつながっていながら、ぼくにとっては未知の世界だ。玉川図書館に池澤夏樹個人編集版の「ロード・ジム」があり、池澤夏樹といえばお父さんが福永武彦で彼は「マチネ・ポエティック」の同人で、ぼくの文学趣味の源泉に通じている。

このような個人的?なつながりの中で、私が現象していくことがぼくには確かな歩みのように思える。