開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

作家であると同時に市井の人

ぼくらの世代では、父親を通して擬似戦争体験がある。村上春樹は小説を書くために父の軍歴を調べて父親が背負った歴史に向かい合ってきた。以下、朝日新聞DIGITALから引用。

作家の村上春樹さん(70)が、父・千秋さんの中国大陸での従軍経験についてエッセーをつづり、10日発売の月刊総合誌文芸春秋」6月号に寄せている。村上さんが自身の父を語ることは、これまでほとんどなかった。その戦争体験は小説にも投影されている。

 「猫を棄(す)てる 父親について語るときに僕の語ること」と題した特別寄稿は、小学生だった村上さんが父と猫を捨てに行った思い出から始まる。帰宅すると猫はなぜか自宅に戻っていたと村上さんらしい軽やかな語りもあるが、父の戦争体験に及ぶと筆致が変わる。

 村上さんの父・千秋さんは1917年に京都の寺の次男として生まれ、在学中だった38年、20歳で第16師団輜重(しちょう)兵第16連隊に入営した。村上さんが小学生の頃、所属した部隊が中国で捕虜を処刑したと、一度だけ父から打ち明けられたことがあったという。「軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった」と書き、父から継承した「疑似体験」として受け止め、「どのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?」と続ける。

 作家となって以降、父との関係は「より屈折したもの」となり、「二十年以上まったく顔を合わせなかった」。千秋さんが2008年に亡くなる少し前に「和解のようなこと」を行ったと村上さんは書く。父の軍歴を調べるまでさらに5年ほどかかり、「自分の血筋を辿(たど)るようなかっこうで、僕は父親に関係するいろんな人に会い、彼についての話を少しずつ聞くようになった」という。

 17年の長編小説騎士団長殺し」では、父の回想をなぞるような戦争体験を、ある登場人物に語らせていた。ノモンハン事件を取り上げた「ねじまき鳥クロニクル」(94年)以降、戦争や暴力への対峙(たいじ)は、村上さんの作品において重要なテーマであり続けている。(中村真理子