開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

小説を読む馬鹿らしさ

ぼくは長編小説が好きでこれまでよく読んできた方だと自分では思っているが、今日「ふたりの村上」のなかの村上龍への批評文を読んでいて、急に馬鹿らしくなって読むのをやめた。読むのをやめてみると、これまで小説を読んできたこと自体が突然馬鹿らしく思えてきた。一体どういうことだろう?小説が無駄で、これまでどんな必要性を感じていたのかと思え、くだらないテレビを見るのと変わらない気がしたほどだ。何か決定的なことに気づいてしまったかのような胸騒ぎがする。おそらく生きていくのに必要がなくなったのだ。あくまでぼくにとってのことではあるが、村上龍のような小説か、古典ではない現代小説なのか、もっと広げて文学全体が必要がなくなったのかわからないが、一挙に馬鹿らしくなった。小説よりは哲学や経済学や歴史の本を読むべきではないのか?この気づきが本物かどうか、しばらく様子を見ることにする。