開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

What time zone am I in now ?

今自分はどんな時に臨んでいるかを問うてみたい。どうしてかというと、今読んでいる本以外に読みたいと思う本がどんどん増えていって、読み終わらないうちに次の本に手を出してしまうことが目立って来たからだ。興味が拡散してしまって、どれもが中途半端になっている。パリ帝政下のボードレールやロマン派の作家や画家の活動に興味が湧くのと、英語の翻訳に関するエッセイと、世界の巨匠シリーズのブリューゲルの評伝と、ニューヨークを舞台にしたアメリカ小説のガイダンスなどが今ぼくの頭を占領している。これらを整理するために、今どういうことを一番求めようとしているかに即して学びたいと考えたわけだ。今吸収したいと感じていることの中心に何があるのかをつかみたい。

本を単純な分け方をすると、今までに買いためてあった本と、図書館から借りてきた本に別れる。何となく感じるのは興味の範囲をこれ以上広げたくないという思いだ。もっと言うと、これ以上図書館から本を借りずに、読まずに持っている本から片付けたらどうだという声がする。せっかくお金を出して買った本を読まずに置いておくのはもったいないという、生活者の感覚はもっともなものだ。

そもそも本を読んでどうなるという根本的な問いも生活者の立場からしたら、当然ありうる。ぼくの妻は「また本買ってきたんか」とよく言っていたものだ。そんな暇があったら働いたらどうだと言わんばかりだ。ここらでまともにその問いに答えを出そう。本を読んで何かためになることがあるのか?楽しめるや暇つぶしになるは、まともな答えじゃない。一番ぴったりするのは、自分の人生の意味を見つけられる、というものだ。しかし見つかる保証は何もない。ようやくそれらしい答えが浮かんできた。それは、自分が死ぬ時に「自分はどういう物語を生きたか」に答えるためにぼくは本を読む、ということだ。