開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

のみ込みの遅い男

村上春樹がどこかのエッセーの中で、自分は事態をのみ込むのが極端に遅い人間だということを述べていた。その時、自分が直面していた事態を理解するのに時間がかかり、本当は取り返しのつかない重大な局面にいるのにそれに気づけない状態が続く、そういう巡り合わせに遭うことが多いというようなことを語っていたと思う。ぼくがその文章を読んで感じたことがそうで、実際どう書かれていたかはもう思い出せない。ひょっとして村上春樹ほどの人が鈍感と取られかねない事態を招くはずがなく、単なるぼくの勘違いかもしれない。ただ翻訳という作業には、英語で書かれた「事件」を日本人の深い理解までに置き換えて書くことが求められ、それと事態ののみこみの遅さは関係しているように思える。

さて、ぼくののみこみの遅さは過去の自分の行為の結果がどういう因果関係にあったのか、今になって思い返されて深く恥じ入ったりすることがあるために、自覚されるのだった。おそらくぼくという人間は、小さい頃からずっと寂しさを感じ続けていて、自分の中かそばにもう一人の自分を作っておく必要があったのだろうと思う。二人の自分が一致するのに人より以上の時間がかかったと思える。寂しいからもう一人の自分といつも一緒にいると気が紛れたのだ。それは周りからは、自信に見えたかもしれない。ところが実際はあまりに孤独に閉ざされていた、というのが真実ってこと。そう思うと改めて自分は頑張ってきたのだろうと頼もしくもあり、悲しくもある。