開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

文学かぶれの少年

進学校に入ってから文学に出会って世界観が変わって、受験に興味がなくなってしまった。多分親は期待していたかもしれない。祖父は合格発表の日一緒についてきてくれて、合格を確認しての帰り道に繁華街によって鰻重をご馳走してくれた。孫の中でぼくは二番目に成績が良かった。一番は弟で、大学医学部、国家試験を経て医者になった。本当は受験に興味がなくなるなんて、以後親不孝の道を行くことが予想されても良かった。ただ小説がどんなものか、誰もぼくの周りで経験者がいなくて放任されていた。高校の学生課の先生だけは危険性を分かっていたのかも知れず、ぼくに「ジャン・クリストフ」を読むように勧めてくれた。でもジャン・クリストフも音楽家で芸術家であって、才能のないものが目指すべき道ではない。絵は小学校では少し褒められたことはあったが、才能というほどはっきりしたものがあったわけではなかった。あれは高2になっていたと思うが、テレビでゴダールの「勝手にしやがれ」を見て、確かジャンポール・ベルモンドが最初から最後までタバコと咥えていたのに憧れて、喫煙しだした。日曜日の午後親父に新聞を渡して、新聞がタバコ臭いのが分かってバレてしまったことがあった。流石に放任主義とはいかず、叱られたが生ぬるいものだった。もっと怒鳴っても良かった。親父は昔の家具のような木製ラジオ作りから大工の仕事を覚えて、ほとんど日曜日もなく働く職人だった。ぼくは曖昧に謝った気がする。そこで父と息子の真剣な交流というものはなかった。何か社会全体に冷めた、乾いた空気が蔓延していたような感じだった。