開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

優れたサルトル解説者

難解な哲学で知られるサルトル哲学を追体験できた研究者竹内芳郎を師と仰ぐ、ブロガーKazoh氏のサイトから引用させていただいた。ぼくとしては長年待ちわびた出会いであった。(以前、竹内芳郎吉本隆明批判で「吉本隆明への公開状」への共感としてこのサイトを知ってはいたが、サルトル哲学の見事な要約を読み取る力がなかった。)

【詐術の弁証法:人間関係の根源的な<相剋>性を自己変革に転化する論理】
 ただ、人間はみずからの意志の力で自己の存在仕方を根柢から変革することはとうてい不可能であって、この自己変革にもっとも有力なものは、皮肉なことにかえって己れを物のように化石化する他者の冷酷なメドゥーサのまなざしであり、このまなざしによって生まれた化石化された私をそれにもかかわらず素直に受容し、受容という私の自由な投企のなかにその化石化された私を解消せしめるのに成功したとき、ここに自己脱出・自己変革としての人間の真の自由が輝き出るのである。この操作は、人間関係の根源的な<相剋>性に目を覆って自他の自由を尊重し合うなどという欺瞞的な人格主義的モラルとは何の共通点もなく、むしろこの<相剋>をはっきりと見とどけ、それをかえって自由な自己変革の契機にまで転換させる詐術の弁証法であって、こういう操作は、人間関係のもっとも深い層まで見きわめていたドストィエフスキーの小説にはいくつも実例を見出すことができるし、また、精神分析の治療にあたって医者は無意識にもこれを実行しているのだ。

(なぜこの部分を引用させてもらったのかについては、「他者の冷酷なメドゥーサのまなざし」の強制がなければ人間は変われないと深く思い知らされたからです。)

 

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