吉本さんは、権力を無化するための社会思想を、いわば幻のようなものとして構想し、生涯にわたって追究しなくてはならない、という大きな代償を払ったと思うのです。とても良心的で、潔癖で、野心的な試みだけれども、よしんばこの試みがうまくいったとしても、決して制度を作るものにはなりません。政党もできませんし、地域社会もできないし、NGOやNPOもできないし、要するに何もできないのです。ということは、この世の中でそれを作るのは、吉本さんのようにはちっとも考えない別の人たちだということになるわけで、結局、自民党が政治を握り、官僚が日本を動かし、株式会社が勝手に儲け、そして若者は商業的な文化に溺れているという、そういう現象と並行的な思想になるのです。そういう現象を、指を咥えて見ているしかない。これが団塊の世代の無力感です。
吉本思想の最大の擁護者と思われる橋爪大三郎氏にさえ、こうクールに指摘されている。これを踏まえて吉本隆明から学ぼうとする者は、彼の思想を受け継ぎ現実に生かすような契機を見出さなくてはならないと思う。